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インテルが1.7兆円で買収した自動運転技術 イスラエルがITエリート大国になった理由

World Now
「モービルアイ」「オルカム」を創立した「天才」アムノン・シャシュアが、イスラエル軍に18歳で入隊して間もない頃の写真=本人提供

「当時、自動車業界の誰もが『自動運転には、2台のカメラが必要』と信じて疑わなかった。人間や動物には二つの目があるからね。『一つで十分』と主張したのは私だけ。だからこそ、『ここにはチャンスがある』と思ったんだ」

車の自動運転技術で世界のトップを走る「モービルアイ」CEOのアムノン・シャシュア(58)は、エルサレムの本社オフィスでそう語った。

モービルアイ、オルカムCEOのアムノン・シャシュア Photo: Ota Hiroyuki

IT技術者のシャシュアと起業家のジブ・アビラム(59)が1999年に立ち上げた同社は昨年、イスラエルの企業史上最高額である153億ドルで米インテル社に買収された。モービルアイの開発した画像認識半導体チップ「EyeQ(アイキュー)」は、日産など多くの自動車会社が採用する。

「天才」コンビ、シャシュアとアビラム。彼らが生み出す「夢の発明」は、自動運転だけではない。2010年に共同創立したスタートアップ「オルカム」を訪れた私は、「マイアイ(私の目)20」という小さなデバイス付き眼鏡と、丸谷才一の文庫本を手渡された。言われるままに眼鏡をかけてページを指さすと、「マイアイ」が朗読を始める。丸谷独特の日本語文をよどみなく読み上げる性能の高さに、度肝を抜かれた。

マイアイ20は、米国で4500ドルで販売されるや、ヒット商品に。私が試した日本語版も近く発売予定だ。視覚障害者に加え、識字障害者や高齢で目が見えにくくなった人など、世界中で10億人のユーザーを見込むという。

シャシュアらが開発した読字サポートデバイス「マイアイ2.0」=5月、エルサレムで Photo: Ota Hiroyuki

過酷な状況が才能を伸ばす

彼らの才能はどのようにして育まれたのか。シャシュアはコンピューターと機械いじりが大好きな「オタク少年」だったが、そんな自分にイスラエル軍での経験が大きな影響をもたらしたという。

「私は戦車隊の司令官として50人の部下を率いて戦った。その経験が子どもっぽかった私に責任感と自信を与えてくれた」

イスラエルでは18歳から男性は3年、女性は2年の兵役義務がある。

「兵役の経験は、リスクの取り方も教えてくれた。戦闘では自分自身や部下の命という最も大切なものを、リスクにさらす。科学もビジネスも大きなリスクを取ることなしに、成功はあり得ない」

アビラムも、士官として歩兵部隊を指揮した。「人は過酷な状況でこそ、自らの長所に気づく。私は戦闘で他の人々がパニックに陥っている時も、冷静に考えられたし、長い行軍にも耐えられた。冷静さも忍耐力もビジネスには欠かせない。だから、私はエンジニアではなく経営者の道を選んだんだ」

シャシュアやアビラムが「才能」を発揮させる基礎となる「精神力」を、軍で鍛えられたとすれば、軍のサイバーセキュリティー部隊「8100」出身者のオメル・ケイラフ(39)は、情報技術自体も軍で学んだ世代だ。

ケイラフらが2年前に立ち上げた「イノビズ・テクノロジーズ」は、レーザーを使った自動運転技術がBMW社に採用されるなど、モービルアイを猛追する。社員150人の7割が「8100」出身者だ。

「イノビズ・テクノロジーズ」CEOのオメル・ケイラフ=5月、イスラエルで  Photo: Ota Hiroyuki

「『8100』の合言葉は『ハコール エフシャリ(すべてが可能だ)!』。どんなに困難な課題でも、限られたコストと時間で成果を出すよう求められる。課題を達成できなければ、国防の危機につながりかねない。常に緊張感が漂っていた」と、ケイラフは話す。

「スタートアップ大国」として世界の注目を集めるイスラエル。その設立者の多くが、軍の士官経験者や、サイバーセキュリティー部隊の出身者で占められる。自ら会社を立ち上げなくても、サイバー部隊の出身者はIT企業から引っ張りだこだ。

ケイラフは言う。「僕たちはシリコンバレーのように、今までになかった新しいビジネスを創造することは得意じゃない。だけど、自動運転のように『与えられた課題を全力で突破する』ことには抜きんでている。軍での経験が、そうした力を鍛えるのに役立っていると思う」

 鉄は熱いうちに打て!

多くの若者は兵役後に大学に進学するが、ケイラフは入隊直後から大学で情報科学を学び、その後軍務に就いた。イスラエルは才能教育が盛んで、成績優秀な子どもには小学校から特別授業がある。そんな中でも特に優秀な生徒を軍が吸い上げていく。

識字デバイス『マイアイ2.0』を装着するジブ・アビラム Photo: Tsuchida Eliya

軍のエリートエンジニア育成コース「タルピオット」の元総責任者、アミール・シュラヘット(42)によれば、軍が本格的な技術者育成に乗り出したきっかけは、イスラエル軍が緒戦で大敗した1973年の第4次中東戦争だった。国防への危機感が高まる中、ヘブライ大学の研究者らが、若い才能を抜擢(ばってき)し、軍事技術開発に従事させるよう進言したのだ。

「ノーベル賞受賞者らのキャリアを徹底調査した結果、受賞理由となった研究の大半は20歳代に着想されていた。『優秀な才能は早期に専門教育を受けさせ、軍務に生かすべきだ』という結論に達したんだ」。シュラヘットはそう話す。

「周囲は敵だらけ」という緊張感の中、理系の優秀な若者たちの才能を軍部が積極的にすくい上げて鍛え上げ、国防に生かす。退役した若者らはその経験を生かしてIT企業の中核を担い、経済面でも国力を高めていく――。そんな構図が浮かび上がる。ただし、その成果は幾多の同胞と、それをはるかに上回るアラブの人々の犠牲の上に築かれたものだ。

イスラエルの政治・科学哲学者ヨセフ・アガシ(91)は「イスラエル軍は旧日本軍や旧ドイツ軍のような『上意下達』の硬直した組織ではなく、作戦前に指揮官が部下からの批判に耳を傾ける義務がある。それはユダヤ社会の『他人を尊重しつつ、徹底的に議論する』という伝統に連なるものだ」と指摘する。

一方で、アガシはこう警告する。「軍は『道具』に過ぎないが、それを使うイスラエルの政治は対話の伝統を失い、愚かで、袋小路に迷い込んでいる。それに、アラブ系住民や宗教家なども含めれば、今や若者の約4割は兵役に就いていないと推定される。兵役を巡る国民の間の亀裂は、内乱に結びつく恐れさえある」

 アインシュタインと軍隊、学校

 アインシュタインは、ドイツ南部ミュンヘンで育ったユダヤ人だった。科学哲学者のヨセフ・アガシは、「アインシュタインの『他人の理論・主張を最大限尊重し、理解した上で批判をする』という研究姿勢は、ユダヤ文化の良き伝統を受け継ぐものだ」と話す。

アインシュタインは終生、規律や権威に従うのを良しとしなかったが、特に軍隊とドイツの学校が大嫌いだった。幼少時、軍事パレードを見ると泣き出し、両親に「僕はあんなあわれな人間にはなりたくない」と話したという。

中学・高校に相当するギムナジウムでの授業も「意味のない命令を繰り返し実行し、訓練するという軍の方式によく似たやり方だ」と反発していた。15歳でドイツを去り、後に市民権も放棄したのは、ギムナジウムと兵役を嫌ったことが大きな理由とされる。

一方で、スイスの工科大学に入るために1年間学んだアーラウのギムナジウムは、生徒の自発性に基づく自由な学習・研究を基本に据えており、アインシュタインを魅了した。彼独自の研究スタイルである「頭の中でのイメージ操作による思考実験」も、この頃に始まった。

無口で人付き合いが苦手だった性格も明るくなり、多くの友人ができたという。

(参考文献:ウォルター・アイザックソン「アインシュタイン その生涯と宇宙」)