勝負するのは、野球の試合の戦評だ。初任地の和歌山支局で高校野球を担当して以来。地方大会では一日3試合、ルール本を片手に必死でスコアブックをつけ、戦評を書いた。事件取材で走りまわる方が性に合う私は大の苦手だったが、記者と人類のプライドをかけての戦いだ。負けるわけにはいかない。20年ぶりにスコアのつけ方を復習した。
お題は2016年日本シリーズの広島対日本ハムの第2戦九回表。参照するのは選手の打席順と成績だけだ。開発を主に担った修士2年の村上聡一朗(25)がAIにデータを入れると文章が画面に出力された。その間、たったの0.08秒。
<AI> 無死から中田、レアードの連続安打でX塁とする。後続倒れ無得点
これに対し、私は47秒かけて以下の戦評を書き上げた。
<記者> 先頭打者中田、続くレアードの連続安打。田中、大谷が空振り三振でチャンスを生かし切れず試合終了
打者成績だけを学習データとして使うため、走者数や打点数など予測できない情報は出てこないとはいえ、私が1本書く間に、AIは500本以上の戦評を書けるってこと?
村上が、AIでイニング速報を自動作成する研究に取り組んだのは約2年前。打者成績からどんな出来事があったかを予測させるため、人が書いた速報と打者成績をペアにしたデータを読み込ませ、両者の関係を機械学習させる。重要な出来事に注目し、連続する安打はまとめて連続安打と表現できるようにするなど、2万件の記事を使って訓練し、「人間と同程度」(村上)の速報を作れるようになった。
でも、待てよ。記者が書く戦評には「腕の故障を克服して」といった、取材に裏打ちされた評価が入る。AIにそんな文章、書けないでしょう?
そう尋ねると、指導教員で同大准教授の高村大也(42)は「データの情報源さえ明確なら可能です。いずれ、選手の体調などの情報も入れた個性的な戦評やサッカーの実況中継にも取り組みたい」
AIがリアルタイムで戦評を書いてくれれば、もっと球児のドラマを取材できる。そっちのほうが断然楽しい。なんだか未来の新人記者がうらやましくなってきた。(倉重奈苗)
AI時代に生まれる新しい仕事
どんな資質や技能を身につければ、AI時代を生き抜けるのか。MIT教授のエリック・ブリニョルフソンは、記憶やマニュアル重視の仕事、繰り返しの単純作業がなくなるかわりに、創造力や人と人とのつながりを重視した仕事の重要性が増すとみる。
期待できる新ビジネスのひとつが、専門家と企業や消費者をむすぶマッチングビジネスだ。米国の医療ベンチャー、アイオラヘルスは、自宅から通院する患者と医師や看護師とをつなぐ「ヘルスコーチ」という職種をつくった。処方薬をきちんと飲んでいるか、食事療法を守っているか……。メールや電話、時には自宅を訪ねて患者を励まし、見守るコーチ役だ。「コーチ職という新たな雇用が生まれ、全体の医療コストも下がった」とブリニョルフソンは評価する。
AIを活用し、既存の仕事の質を高めることもできる。日本のベンチャー、フロンテオが開発したAIは、膨大なデータから法律家の経験や感覚を「学習」し、人間の数千倍の速さで訴訟に必要な証拠を見つけ出す。AIは弁護士の判断を支え、共に働く「相棒」になる。
リクルートホールディングスでAI研究を統括する石山洸は、AI時代に必要とされる仕事は「データを集める」「アルゴリズムを開発する」「AIを自分のサービスと接続する」の3職種に分類されると指摘。同社では、AI時代を見据えた職業訓練に着手しているという。
技術の進歩は、雇用環境を変える。それは産業革命以来の大きなうねりでもある。ただ、変化のスピードは増している。AIの進歩を考えれば、就職してから年をとって退職するまで、同じ仕事、同じ専門でいられるかはわからない。
スタンフォード大教授で未来学者のポール・サフォーは、「大学で教える時は、学生が幅広いスキルを持ちながら、同時に1カ所を深く掘り下げる『T型人間』になるよう心がけている」と言う。「専門分野が時代に合わなくなっても、別の領域に移れるはずだ」
IT化など、1990年代以降に先進国で起きた技術進化は、高度な頭脳労働に従事する人や資産を持つ人を豊かにする一方、失った雇用に見合う雇用をつくり出せず、社会の二極化を生んだ。
生産力が高まってもその恩恵が普通の働き手に届かない。20年以上つづくこの状況を「グレート・デカップリング(巨大な分断)」と言い表したブリニョルフソンは、「AIによる生産性の向上が、幅広い階層の所得増につながる仕組みをつくることが、経済全体にとって非常に大切だ」と話した。(田中郁也、倉重奈苗)
AIが取ってかわる仕事、残る仕事
野村総合研究所と英オックスフォード大准教授のマイケル・オズボーンらは2015年、日本の労働人口の49%が、10~20年後にはAIやロボットなどに置き換えられるようになる可能性が高い、という調査結果を発表した。国内の601種類の職業を分析し、「AIなどに代替される可能性が高い100種の職業」「可能性が低い100種の職業」というかたちで公表した(左の表は抜粋)。
調査結果によると、一般事務員や受付係、建設作業員など、ルールに従って作業することが求められる職業はAIなどで置き換えられる可能性が高い。一方で、教師や保育士、観光バスガイドのように他人との協調が求められる職業や、映画監督やミュージシャンなど、芸術に関わる職業は、置き換えられる可能性が低いとされた。
〈なくなる仕事〉
一般事務員、受付係、警備員、建設作業員、自動車組立工、スーパー店員、測量士、タクシー運転者、宅配便配達員、ホテル客室係
〈残る仕事〉
医師(外科医・内科医など)、映画監督、観光バスガイド、小・中学校教員、スポーツインストラクター、ソムリエ、美容師、保育士、幼稚園教員、ミュージシャン、理学療法士
では人間は何を学べばいいのか
人工知能(AI)と共に暮らす未来、コンピューターに使われる人間ではなく、使いこなす人間を育てなければ――。そんな危機感から、英国イングランドでは2014年、日本の幼稚園年長にあたる5~6歳児から、新科目「コンピューティング」を必修にした。
小さな子どもに、コンピューターの何を教えるのか。「先進校」の一つとされるロンドン郊外の公立校、タウンリー・グラマースクールを訪ねた。
教室前方の白いスクリーンに、フィットネスクラブの一室が映し出された。タンクトップにジャージー姿の女性がファレル・ウィリアムスのヒット曲「ハッピー」に合わせてノリノリで踊る。小学3年生のコンピューティングの授業は、YouTubeの動画が教材だった。
「このダンスを五つか六つの動きに分解しましょう」と、担当教師のトレバー・ブラッグが呼びかける。「体を揺らす!」「お尻と手を振る!」。元気よく答える子どもたち。この授業のどこが「コンピューティング」なの?
ブラッグの説明はこうだ。「現実を細かい要素に分解して、言葉で詳しく記述する。これが、コンピュータープログラムを書くための『論理的思考』の基礎なのです」
教員支援団体「コンピューティング・アット・スクール」のサイモン・ハンフリーズは「以前の情報通信教育は、ワープロや表計算ソフトの使い方だけを教えていた。AIを使いこなすには、コンピューターの動き方、動かし方を根本から学ぶ必要がある」と説明する。
今後AIが進化すれば、現存する仕事の多くが数十年後には消える可能性がある。かつて教育の中心だった暗記や分析は、進化を続けるAIにはかなわない。英下院の科学技術委員会は昨秋、AIに関する報告書で「新しいテクノロジーの波を乗り切るには、教育システムを変える必要がある」と指摘した。
英国科学技術芸術基金(NESTA)の政策調査部長、スティアン・ウェストレイクは「プログラミングの技術も重要だが、それ以上に大切なのは、人間にしかない創造性や、他人と協調して働く力を育むことだ」と強調する。
ただ、創造性や協調性をどうすれば養えるかは、定かではない。
イングランド南部の私立の中高一貫校キャンフォード・スクールで昨年10月、「知能とは何か」をテーマに特別授業が行われた。AI研究者やロボット学者、詩人、ピアニストらが講師に招かれ、生徒たちと議論を交わした。校長のベン・ベッシーは「AIの発達で、『考える』という人類の根源的な力が弱まる恐れがある。AIの言いなりで動く『奴隷』にならないように、多様な人間や考え方とであい、批判的に考察する機会を子どもたちに与えたい」と話す。
いっぽう、子どもたちの創造性を伸ばすために、むしろAIの助けを借りるべきだ、という意見もある。
「子どもたちから創造性を奪っているのは現在の試験制度です」と、ユニバーシティー・カレッジ・ロンドン教授のローズ・ラッキンは言う。「一発勝負の試験のために、不毛な暗記を余儀なくされている」。個々の生徒のふだんの授業での取り組みを、AIを使って記録・分析できれば、試験とは違う新たな評価システムをつくれる。個人データの管理など倫理的な課題はあるが、「技術的には可能だ」とラッキンは言う。
英国の教育事業大手ピアソンも「AI活用派」だ。IBMのAI「ワトソン」を使い、19年までに、まず大学生向けの教材開発を目指す。同社の広報部長、トム・スタイナーは「AIを教師役にすれば1対1の個別教育を数百万人に提供できる。AIと会話する中で、わからないことを質問し、ヒントをもらえる。学生のやる気も引き出せる」と言う。さながら、「AI家庭教師」だ。
日本でも、AI時代の教育は議論になっている。20年度から始まる新しい学習指導要領に向けて中央教育審議会が昨年末に示した答申では、人工知能の進化を念頭に「主体的・対話的で深い学び」を強調した。昨年3月、囲碁AIが世界最強棋士の一人に勝ったことで、「囲碁愛好家が多い国会議員の間でも危機感が高まった」(文部科学省関係者)という。(左古将規)