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「タトゥーはギャングの象徴」だった国で起き始めた、変化の兆し

ニューヨークタイムズ 世界の話題
Ruth Pineda, 43, shows off her tattoo at a studio in Tegucigalpa, Honduras, Aug. 28, 2019. For decades, tattoos weren't just unfashionable in the religiously conservative country, they were taboo with a malevolent history as an identifying feature of deadly gangs. But in recent years, tattoos have become more commonplace, aided by their ubiquitous exposure in global pop culture. (Daniele Volpe/The New York Times)
テグシガルパのスタジオでタトゥーを見せるルス・ピネダ=2019年8月28日、Daniele Volpe/©2019 The New York Times

中米ホンジュラスの首都テグシガルパ――。ルス・ピネダは、タンクトップの肩ひもをわきの下に留めて、背中を鏡に映した。新しいタトゥー(入れ墨)が描かれていた。ハート形で、中に3頭のイルカが夕焼けの海に跳びはねていた。

「この大きなイルカは私、つまり母で、小さなイルカ2頭は息子たちです」とピネダ。

3時間のセッション(施術)でタトゥーは完成した。皮膚に絵が彫り込まれる間、彼女は感動と同じくらいの信じられない気持ちを覚えた。タトゥーへの思いは20年近くになる。だが、そんなことはできっこないと感じていた。そんな彼女にとって初めてのタトゥー、43歳の教師の意思表示だった。

宗教的に保守的なホンジュラスでは、ここ数十年、タトゥーははやらなかっただけでなく、タブーだった。タトゥーは、「MS―13」として知れわたる極悪なギャング団「Mara Salvatrucha(マラ・サルバトルッチャ)」や「Barrio 18(バリオ 18)」あるいは「18th Street」(訳注=いずれも「18番街」の意)の印として、悪徳の歴史とともにあった。多くの国民が北(のメキシコや米国など)へ移住しようと逃げ出したのは、国内で暴力事件が横行していたためだが、その暴力事件もこれら二つのギャング団が主因だった。

それぞれのギャングに刻まれたタトゥーの符号や象徴の図柄が、組織内の地位や犯行の証しだった。そのほかにもギャングに関連したタトゥーに、グアダルーペの聖母像、クモの巣、スリー・ドット(三つの点)、有刺鉄線、陰陽のシンボルなどがあった。

2000年代の初め、国内が無法状態になる中、当時の大統領リカルド・マドゥーロは犯罪行為を厳しく処罰する立法措置を講じ、どのような形であれギャングの「違法な結社」を禁止することにした。タトゥーは、「MS―13」や「バリオ 18」といった組織に所属している証拠として警察の取り締まりの標的になった。

監視の目と収監を避けるため、ギャングたちはタトゥーをやめ、たとえ入れるにしても目立たない部位に隠した。

ところが、ここ数年タトゥーがもっと身近になってきている。社会の恥部から一般市民の腹部へ――それに腕、足、背中も――、タトゥーがゆっくりと移っている。世界に広がっているポップカルチャー界ではタトゥーが当たり前になっており、その影響もある。

「今は状況が変化している」と教師のピネダは言った。「人びとはどんどんタトゥーを入れている」

Gerardo Hernandez, left, and Juan Carlos Pulito tattoo clients at Hernandez
テグシガルパ市内のスタジオで客にタトゥーを施術するアーティストたち=2019年8月28日、Daniele Volpe/©2019 The New York Times

最近、首都のテグシガルパでは、好みの本の登場人物や精巧な草書体で描かれた引用句、あるいは動物がいたずらっぽく肌にはっているような絵柄など、穏健なボディーアートを入れている人をよく見かける。

「一つのファッションとして、自分もタトゥーを入れてみようとする傾向が出てきた」と言ったのは、テグシガルパの女性タトゥーアーティストの草分けの一人、メイ・ラン・クアンだ。

サッカー選手や歌手といった国民によく知られている人たちが、テレビや雑誌で自分のタトゥーを見せ始めた。外国人訪問客もタトゥー文化を持ち込んだ。テグシガルパで人気だったリアリティー番組「Miami Ink(マイアミインク)」(訳注=米国のTV番組でフロリダ州マイアミビーチのタトゥーショップを舞台にしたリアリティーショー)も、市民に大きな印象を残した。

クアンも「あの番組は、多くの人たちの気持ちを開放的にした」と言った。

Mei Lan Quan, 31, one of the first female tattoo artists in Tegucigalpa, Honduras, shows off her tattoos in the Honduran capital, Aug. 29, 2019. For decades, tattoos weren
自分のタトゥーを見せてくれたテグシガルパのタトゥーアーティスト、メイ・ラン・クアン=2019年8月29日、Daniele Volpe/©2019 The New York Times

自分のためにタトゥーを入れることで、市民たちはタトゥー本来の創造的な表現形式を取り戻すという正常化の後押しをしている。しかもタトゥーをアピールする人たちが増えている。タトゥーアーティストたちはそう話している。

クアンは「Elephanta Tattoo(エレファンタ・タトゥー)」というアーティスト名で知られているが、最初の店を開いたのは11年だった。当時、客は週にせいぜい5、6人だった。今では、一番忙しい土曜日には6、7人の客に施術している。

客の好みはどうか。彼女によると、男性はオオカミ、トラ、ワシの絵柄、女性は無限大のシンボル(∞)や矢、花、格言、日付を好む傾向にあるという。

「Fonty(フォンティー)」というアーティスト名で知られるフアン・カルロス・プリードによると、以前はほとんどの初心者が小さなものから始めた。だが最近では、より大胆になってきて、いきなり前腕やふくらはぎや手など、よく見える部分に大きなタトゥーを描いてくれという初心者も出てきているという。

「これまでに比べ、人びとはより大きな図柄を入れたがっている」と彼は言った。

プリードは38歳。ニカラグアからホンジュラスに来て2年半になる。彼自身も両腕のほとんどにタトゥーが入っている。ホンジュラスに来た当初は、タトゥーを見せるようなことは、めったにしなかった。彼自身、ギャングの支配地区に住んでいたため、タトゥーを隠すのは犯罪行為と関係するからだと気づいていた。

しかし、今ではその腕を隠さずに堂々と歩き回っても気にならない。

「人びとは芸術的なタトゥーとギャングに絡んだタトゥーを区別するようになった」とプリードは話した。

Jesus Martinez, 27, who has a tattoo of his mother
テグシガルパ市内のピザ店で働くヘスス・マルティネスの右前腕には母の顔が彫られている=2019年8月29日、Daniele Volpe/©2019 The New York Times

ある人たちにとって、タトゥーは移民として国を出た家族との「きずな」になっている。

ヘスス・マルティネス(27)はテグシガルパの小さなピザ店の料理人。右腕内側の前腕、手首からひじにかけて、モデルだった頃の母の顔写真のタトゥーを入れている。

「母を人に紹介する方法さ」とマルティネス。母は、彼が2歳の時に米国に去り、12歳になるまで一度も会うことができなかった。いまは毎日ショートメッセージで交信している。今も米国暮らしだが、彼がタトゥーを入れた時にはビデオ通話で会話した。

彼によると、その腕を見た人は彼をまじまじと見るという。タトゥーの汚名が完全に拭い去られていないからだ。だからといって、彼は半そでシャツの着用をやめはしない。

彼の同僚のアリソン・ラゴス(21)は、タトゥーを入れている人は危険だという偏見はもはや抱いていないと言った。

彼女は「ここで働く前は、タトゥーをしている人はちょっと怖いと思っていた」と話した。

タトゥーに対する見方はこのように変わってきているが、タトゥーを見せびらかすようなことをすれば、今でも警官や店の警備員に問題視される。

プリードも警官に呼び止められ、タトゥーについて質問されたことがあると明かした。クアンも同じようないさかいを経験した多くの人を知っていると言った。

「社会はまだ道半ばだ」とクアンは話した。

ホンジュラスの人気ミュージシャン、ラムセス・バリエントスは16年、スーパーマーケットで買い物をしていたところ警備員に付け回されて「嫌がらせと差別をうけた」と表明し、地元紙のトップ記事になった。

彼はフェイスブックに「我々は、いまだにタトゥーをしている人びとがひんしゅくを買う国に生きている」とつづった。

今も残る社会的な不信感に加え、キリスト教徒、特に年長者の間では、タトゥーを一つの「罪」とみなす人が少なくない。

「神の目からすれば、タトゥーを入れるのは適切ではない」と保健省で働く福音派の信者グレンダ・スアソ(49)は断言した。

だが、彼女ですらタトゥーの魅力から逃れられるわけではない。

「私自身、心の中では葛藤がある」とスアソは言った。携帯電話を取り出して18年8月に亡くなった愛犬「パッキー」の写真を何枚も引き出して見せた。コッカースパニエルで、15年も一緒に生きてきたという。

「生後45日の時からずっとパッキーと一緒だった。彼女の足跡のタトゥーを入れたいと考え続けている」。彼女はそう打ち明けた。(抄訳)

(Alexandra E. Petri)©2019 The New York Times

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