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新型コロナで分断されるドイツ社会

ニッポンあれやこれや ~“日独ハーフ”サンドラの視点~ 
政府が行う新型コロナウイルス感染防止のための制限措置に反対して国会前で開かれたデモの参加者を拘束する警察官=2020年5月16日、ベルリン、ロイター

「制限は民主主義に違反する」という見方

現在ドイツでは制限措置が徐々に緩和され、多くの人が外出をしています。ただし、その際の感染を防ぐために、道端でも店の中でも人との距離を2メートルほど(厳密には1.5メートル以上)あけることを求める「接触制限」が設けられています。4月下旬からは、公共交通機関を利用する際や買い物の際のマスク着用が法律で義務付けられています。こういった制限を伴う生活の中で人々は不満を募らせ、現在ドイツでは「制限は人権侵害だ」という声が大きくなっています。5月16日にはバイエルン州ミュンヘン市をはじめ「新型コロナウイルスにまつわる規制」に抗議するデモがドイツ各地で行われました。

実はこうしたデモは今に始まったことではなく、Berlin-MitteのRosa-Luxemburg-Platz(ローザ・ルクセンブルク広場) では3月末より毎週土曜日午後にデモが行われていました。ドイツ語でHygiene-Demo(直訳「衛生デモ」)と呼ばれるものですが、ここでいう衛生とは「手を洗う」などの衛生を指すのではなく、政府に「ドイツ基本法を守れ」と訴えるものです。コロナ禍のなかでも、結社の自由、宗教活動の自由、移動の自由などを求め抗議しているわけです。デモの際のプラカードには「民主主義を守れ」「強制ではなく、自由を求める」などと書かれています。

ウイルスという性質上、ドイツでは人と会う際に前述のような制限(「社会的距離を保つこと」や「マスクの着用」)が設けられています。また感染防止の観点から大勢の人が集まる宗教活動にも制限がかけられ、国境をまたぐ旅行も制限されています。仕事に関しても、ドイツでは現在800平方メートル以下の店舗においては営業の再開が認められましたが、それより大きい店を抱えている人は再開の目処が立っていません。当事者は不満を募らせ、一刻も早い仕事の再開を政府に求めています。

当初のデモは芸術家や活動家によるものでしたが、問題は、最近になってネオナチも含む右寄りの思想の人もデモに加わっていることです。「政府の方針に反対するデモ」ということでネオナチがいわば便乗して加わった形ですが、そのことによりデモがあたかもネオナチによるデモであるかのような報道も一部で見られ国民の怒りをかっています。筆者の知人女性もミュンヘンでデモに参加しましたが、デモに参加したことを家族に話したところ、「あんなネオナチの集まりみたいなところに参加するなんて」と言われたそうで怒っていました。

デモ参加者の中には、前述通りネオナチなどの右寄りの思想の人もいるものの、「コロナばかりに集中するのではなく、持病を持っている人も時間をかけて診察してほしい」と声を上げる人や、「フランスに住んでいる孫に会いたい」という理由からデモに参加している高齢者もおり、デモに参加する人の背景も多様です。

ドイツ各地で相次ぐ申し立て

デモだけではなく、過去数週間の間にドイツ各地の行政裁判所では市民からの申し立てが相次いでいます。シュピーゲル誌(5月2日号)によると、ヘッセン州に住むある弁護士の男性は「小学校4年生になる自分の娘が登校しなければいけないのは『平等な扱い』という基本的権利に違反している」として同州の行政裁判所に申し立てをしました。同州が「感染拡大を防ぐために生徒全員を登校させるのではなく、進学に影響のある学年である小学校4年生の子供のみを登校させ、ほかの学年の子は自宅待機にする」としていたからです。行政裁判所は「小学校4年生だからという理由で、ほかの学年の児童よりも感染の危険にさらされる正当な理由はない」として、父親の訴えを認めました。

またドレスデンの行政裁判所は、ガザ地区出身で難民申請中の女性からの「妊娠中でリスクがあるにもかかわらず、施設で集団生活を強いられるのは、新型コロナウイルスにまつわる衛生基準に違反する」という申し立てを認め、女性が難民施設以外の場所で生活をすることを許可しました。先日は、ドイツの連邦憲法裁判所がニーダーザクセン州にあるイスラム教徒の協会による「ラマダン中、金曜日の祈りのためにイスラム教徒同士で集まりたい」という申し立てを認めたことも話題になりました。

ドイツ社会のCorona-Graben(コロナによる分断)が問題に

現在ドイツではウイルス学者のChristian Drosten氏が連日メディアに登場していますが、同氏に対する応援の声が多い一方で、彼に怒りの感情を向ける市民も少なくありません。「彼は大袈裟」「接触制限はDrosten氏のせい」という怒りに満ちた声が上がるなか、先日ガーディアン誌は同氏の元に殺人予告が届いたことを報じました。それでもDrosten氏はドイツ市民がLaisser-Faire(自由放任主義)のもと自由に行動していることによって、新型コロナウイルスが再びドイツで蔓延しかねない、と警鐘を鳴らし続けています。

市民の間でもソーシャルディスタンスにまつわるトラブルが相次いでいます。バイエルン州のある町のスーパーマーケットではレジの人が客にソーシャルディスタンスをとるように求めたところ客にキュウリを投げつけられ警察が出動する騒ぎとなりました。

前述通り着用が義務付けられているマスクに関しても、いまだにドイツでは着用に拒否感を示す人が多く、「マスクをしないで出歩く人」と「マスクをしてほしい人」の間でケンカが相次いでいます。

新型コロナウイルスの危険を理解し、「気をつけるに越したことない」と考える市民 VS 一刻も早く自由を求める市民の間の「分断」は日に日に増すばかりです。自由を求める人たちの間では、政府による制限についてStasimentalität(旧東ドイツの国家公安局のように人民を管理・監視するメンタリティーのこと)という言葉まで飛び交っているほどです。もともとは仲の良かった近所の人や、友達同士の間でも「コロナに対する考え方が違う」ことから仲違いをしたりと、今ドイツの社会はまさにコロナによって分断(ドイツ語 Corona-Graben)されています。

本来、人類の敵はウイルスであり人間ではなかったはずなのですが、コロナ禍が長引くにつれ多くの人がストレスを募らせていることが事態の収拾を難しくしています。今後、状況が改善することを祈るばかりです。