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タイのスラムに住んで28年、コロナ禍のスラムで布製マスクを作って考えたこと

ミパドが行く! 更新日: 公開日:
クロントイ・スラムで作ったマスクを配った 移民労働者のカンボジア人 30人の家族が暮らしていた

新型コロナ感染拡大で仕事を失う

スラムはまさに「三密」。「密集、密閉、密接」に加え、貧困と居住環境の悪さ、衛生知識の欠如、差別等が複雑に重なり、感染の恐れの最も高い地域だ。スラムはバンコク市内だけで2000ヶ所あり、約200万人が暮らす。

世界的な新型コロナウイルスの影響で、私たちが支援するスラムの縫製所が作っていたバックやアクセサリー、保育園等の制服の注文は減少。2月末には完全に注文が途絶え、休業に追い込まれた。縫製所の30年の歴史で初めての経験だ。

女性たちが作っていたクロントイ・スラムのブランド「フィームー」のバック

仕事と収入と感染防止のマスク支援

2月に入り、バンコクでもマスクの品切れが続き、入手が困難になった。そこで、縫製所で働く5人の女性たちの縫製の技術を生かしてマスク作りができないかと考えた。感染拡大を防ぎながら、彼女たちの仕事と収入を確保することができる。マスクの内部にはガ―ゼを入れ、上部には特殊な針金を使うなど品質にはこだわった。スラムのど真ん中にある小さな縫製所で、ミシンを使って1枚1枚丁寧に仕上げたものを、支援団体や個人、企業に購入してもらって、スラムの住民らに配る仕組みだ。布製なので洗って使うことができる。

布製の洗えるマスクを作るスラムの女性たち。クロントイ・スラムのシャンティ国際ボランティア会が支援する縫製所

縫製所で働くパヨーンさん(52)は、夫と孫3人の5人でスラムに暮す。夫は港の荷役の仕事をしていたが、感染拡大で輸出入の仕事が減り収入は1日300バーツ(約1,000円)以下へと半減した。週に2日仕事があればいいほうだという。9才、3才、1才半の3人の孫の親である娘は離婚して音信不通となり、パヨーンさんに預けたまま。一家の生活は、月7000バーツほどになるパヨーンさんのマスク作りの収入に大きく依存している。

クロントイ・スラムのパヨーンさんの自宅前で9才の孫娘

パヨーンさんは、縫製の仕事に就いて20年。技術は熟練のレベルだが、マスク作りは初めての経験だ。材料が不足し、布やマスク専用のゴムの購入が難しい。下着用のゴムで代用してみたが、ゴムが強くて耳が痛くなってしまうなど失敗を重ねながら工夫してきた。

一枚のマスクの意味

医療の専門ではない私たちのマスク作りだったが、感染防止と衛生には細心の注意を払った。また、マスクが感染防止に役立つかどうかは、世界保健機構(WHO)や欧米などを中心に世界的に意見が分かれていたし、衛生知識が足りないスラムの人々が洗濯をしないで毎日マスクを使ったらどうなるのか、といった課題にも直面した。

スラムで作るマスク 内部にはガーゼも入っていて縫製は折り紙付きの丁寧さと品質を誇る

そのため、スラムの支援をする地元のNGO団体と協力して、スラムの住民たちにマスクを配布する時は可能な限り消毒用のアルコールのボトルと一緒に配布し、感染予防の知識の啓発活動にも努めた。そうしている間に、バンコクでもマスクの着用と手洗い、消毒、検温、ソーシャルディスタンス、さらに地域の消毒と広がっていった。

クロントイ・スラムの市場で売られる 質はともかく数はあるマスクと消毒用のアルコール  それでも住民には高価

バンコク市内では、マスクの質はともかく、スラムの市場や薬局、近くのスーパーでも品切れすることなくマスクが販売されているようにはなった。市内を走るBTS(高架鉄道)は、マスクなしでは乗車禁止。非常事態宣言下で営業が許可されている食料品を扱うスーパー、コンビニも検温とマスク、アルコール消毒なしには入店が出来ない。店内も外もソーシャルディスタンス。それはスラムの市場や八百屋やコンビニにも広がっている。

タイ人は「集団行動が苦手」とよく言われる。だが、今回のコロナの問題に関しては、タイの人々の意識の高さと柔軟性、そして「やる時はやる」という姿に感心した。背景には、タイ政府の初動のつまづきに対する危機感があったのかもしれないが、政府の対応も次第に迅速かつ的確になり、医師や専門家の正確な情報発信をインターネット、スマホを中心としたソーシャルメディアとマスメディアが支え、自発的に感染予防のために動いていると思う。

マスクをしている人を見ると、感染予防意識があることがわかり、心理的安心感もある。社会全体で「感染しない」「感染させない」気持ちが目に見え、マスクが感染防止のシンボル的存在にも見えてきた。

スラムにあるコンビニのソーシャルディスタンスと検温 マスクがないと入店できない

「感染を防ぐマスク作りが誇り」

4月13日現在、タイで感染が確認されたのが2,551人、死者は38人。4月になってクロントイ・スラムの中でも既に感染が確認され、住民にとってコロナの感染が一気に自分たちの問題となった。

スラムの路地裏は人がやっとすれ違うこのとの出来るような狭さで、ソーシャルディスタンスなどそもそも取ることが難しい。住居は6畳ほどの部屋に3人、5人で暮らすような「密集度」で、最高気温が35度を超えるような今、家に閉じこもることが困難になっている。一度感染拡大がスラムで始まったらどうなるのかの恐怖が常にある。

クロントイ・スラムの狭い路地裏 子どもたちが溢れる 学校が閉まり行き場所を失った

パヨーンさんと一緒にマスク作りに取り組んでくれたソムチャイさん(54)は、4年前に夫を亡くし、子どもと孫の7人でスラムに暮らす。「医師や看護師ではない私たちが人の命を守るマスクを作って社会のために貢献できるのは嬉しい。何よりの誇りです」と話してくれた。この言葉は、マスク作りをするスラムの女性たちの5人全員の共通した思いだ。

これまで3,000枚をスラムの住民を中心に配った。マスク作りの仕事が無くなりかけた4月に入ってからは、在タイの日本人会から5,200枚の注文支援が入り、今もマスク作りを継続している。

コロナ禍がどこへ行くのか先は見えないが、感染を防ぎながらスラムの女性たちの暮らしと心を支えるマスクを作りつつ、元通りの日々が1日も早く戻ることを祈っている。