ドイツのベルリンにあるZeroliq(ゼロリク)という名のバー。名前は「リキュールがゼロ」という意味ですが、それもそのはず、ここは「バーなのにお酒が提供されない」お店です。今年の3月、まさにドイツがコロナ禍に見舞われている最中にスタートを切ったこのバーはドイツで近年「お酒を飲まない生き方」をする人々から熱い支持を得ています。
少し前までは「お酒を飲まない」というと、何か「特別な事情」があるかのように思われていました。例えば妊娠中であるとか、アルコール依存症のため飲まないようにしているとか、病気を抱えているなど。上記のような「特別な理由」がない限り、またはイスラム教であるなど宗教上の理由がない限りは社交の場で「お酒は飲みません」と言っても、結局は周囲が本人に「お酒を飲ませようとする」雰囲気が確かにありました。日本の一部の若者のような「イッキ」こそあまり見られませんでしたが、「なんだかんだとお酒を飲ませようとする」ような風潮はあったわけです。
【お酒を飲まない生き方】がブームになりつつあるドイツ
ところが近年はこれまでとは違った傾向が見られます。Bundeszentrale für gesundheitliche Aufklärung(連邦保健省の健康教育連邦中央機関)が25歳以下の若者を調査したところ、2004年には43パーセント以上が定期的にアルコールを飲んでいましたが、現在は若者の3人に一人しか定期的にアルコールを飲んでいないことが分かりました。若者のアルコール離れが進んでいるというわけです。
運動や食事を通して健康に気をつけている人、プロの演奏家など常にベストコンディションであることを求められる人、仕事のパフォーマンスを上げたい人などを中心にドイツでは「酔い」というものとサヨナラする動きが目立っています。
ただ「お酒は飲まないけれどバーの雰囲気は好き」と感じている人は思いのほか多いのです。そのため冒頭で紹介したZeroliqでは店内の壁の色を黒にしたり照明を落として「お酒を飲む場の雰囲気」を演出しています。そんななかでアルコールの入っていないカクテルやロゼ・ワイン、そしてもちろんアルコールフリーのビールも提供しています。
アルコール・ゼロのドイツのビール その歴史
実はアルコールフリーのビールという「発想」じたいはかなり昔からあります。1895年にドイツの特許庁でアルコールフリーのビールの製造法について特許をとった人が確認されています。ただアイディアはあったものの、長い間、アルコールフリーのビールの大規模な製造にはいたりませんでした。
旧東ドイツでは1972年に東ベルリンのEngelhardt醸造所が「運転手用のビール」としてアルコールフリーのビールを製造し、これが旧東ドイツでAubi(アウビー、運転手用のビールを意味するAutofahrerbierを省略したもの)として知られていました。
しかし上記の「運転手用のビール」という名称からも分かるように、長いあいだアルコールの入っていないビールは「あくまでも『普通のビール』が飲めない時の代わりのもの」という扱いであり「積極的にこれを飲みたい」と思わせるものではなかったようです。
アルコールフリーのビールが「仕方なく飲むもの」から「積極的に求めるもの」へ
ところが2018年の夏にドイツ北東部にあるStörtebeker醸造所が「アルコールフリーのPale Ale」(ペールエール)を発売したところ、予想に反して数日で完売となったのです。同醸造所はその年の年末までに計画していたよりも5倍のPale Aleを作ることになりました。19世紀にこの醸造所ができて以来、一番勢いのあるヒット商品になったとのことです。
Deutscher Brauer-Bund(ドイツ醸造者連盟)によると過去10年間でドイツのアルコール・ゼロのビールの製造量はそれまでの「倍」になりました。規模の小さい醸造所も製造をしており、ドイツでは現在約500種類ものアルコールフリービールが作られています。
ミュンヘン工科大学の教授で醸造の技術の専門家であるThomas Becker氏はシュピーゲル誌(8月14日号)で「ドイツのアルコールフリーのビールの醸造には二つの傾向が見られる」と語っています。一つは味を「少しでも従来の(アルコールが入っている)ビールに近づけようとする考え方」、そしてもう一つは「アルコールフリーならではの『新しい味』を追求するという考え方」です。アルコールゼロのビールの需要が高まっている今、教授は後者を目指すべきだとし、「アルコールは三叉神経を刺激するため人間は飲酒を心地よいと感じます。でも糸唐辛子や生姜、メンソールも心地よさを感じさせるものなので、これらを今後ビールに取り入れ独自の味にしていくのが課題」だと語りました。
試行錯誤を重ね様々なノンアルドリンクが
アルコールフリーはビールに限ったことではありません。飲食店を長年経営してきたJörg Geiger氏の作ったPriSeccoがドイツのAF(アルコールフリー)支持者の間で話題になっています。PriSeccoはドイツ語のPrickelt wie Sekt ohne Alkohol(和訳: アルコール・ゼロなのにスパークリングワインのようにスリリング)の頭文字をとった省略です。ドイツではアペリチーフとしてSekt(スパークリングワイン)や林檎ジュースを飲みますが、この食前酒のような「炭酸の入ったスリリングさ」を追求するなかでGeiger氏はレッドベリーを使ったPriSeccoを作り始め、現在は車葉草や様々な種類の薬味やハーブを使い現在40種類の味を生み出しています。共通しているのは「甘すぎないこと」「炭酸が入っていること」そして「アルコールフリーであること」です。
味に深みを出すために焙焼された牡蠣殻を使用したり、渋めのフレーバーを出すために熟していない林檎や柏葉を使用したりと同氏は「アルコールフリー・ドリンクの味の追求」に余念がありません。当初はあくまでも自分の店の客に飲んでもらうために始めましたが、現在は販売も手掛けており年間100万本以上が売れているとのことです。
世界的なブーム【夜遊びもクリアな思考で】
「お酒を飲まない生き方」のブームの発端となったのは2018年に発売されたアメリカの作家Ruby Warrington氏の本“Sober Curious“で、現在ニューヨークやロンドンなどでも「飲まない生き方」が静かなブームとなっています。「遊びたいけれど次の日に二日酔いになるのは嫌」「いつでもクリアな思考でいたい」と考える人は昔より確実に増えました。
実は筆者もお酒を飲むとなんだかんだで自分の普段のペースが崩れるので、どちらかというと「あまり飲みたくない派」です。ただドイツというとビールのイメージが強く、日本には「ドイツ人はお酒に強い」というイメージもあるため、筆者が「普段からあまり飲まない」と言うと驚かれることも多いです。筆者の場合「体質的にお酒は強いけれどあまり飲むのが好きではない」ので、今後このAF(アルコールフリー)のブームがもっと浸透すれば断り方が楽になるかな、なんて期待していたりもします。
このAF(アルコールフリー)の動きはコロナ禍とは無関係のところでスタートしていますが、人はアルコールを飲むとどうしても気が大きくなり新型コロナウイルスの感染につながりかねない行為をしがちなので、偶然ではありますが「お酒を飲まない生き方」は今の時代に合った生き方なのかもしれません。