1. HOME
  2. World Now
  3. 「退廃の酒」だったジンが、劇的によみがえるまで

「退廃の酒」だったジンが、劇的によみがえるまで

ニューヨークタイムズ 世界の話題
シップスミス社のロンドンの試飲バー=2018年12月13日、Ben Quinton/©2018 The New York Times。少量ながら優れたジンを造る方針で2009年に創業、今のジンブームの口火を切った

ジンは、16世紀に蒸留されるようになった。欧州の薬局が製造し、万能薬として売り出した。ジュニパーベリー(セイヨウネズの実)を浸した薬酒として尊ばれる一方で、公の秩序を乱す退廃的な酒としてけなされもした。そして季節を問わず、数多くのカクテルとして愛飲されてきた。

それが今、洗練されたロンドン・ドライ・ジンの本場英国で、新たに観光客向けの販売ルートができるほどのブームになっている。これには、意欲的なボトリングとブランド化が大きく貢献している。
この10年、英国でのジンの売り上げは増え続けてきた。英業界筋によると、2018年の売上高は秋期までに20億ポンド近くにも上り、前年同期の12.6億ポンドを大きく上回った。ピンク色やフレーバーつきのジンが人気で、蒸留酒としてはこの国ではウォッカに次いで多く飲まれ、ウイスキーを抜くほどになっている。英国家統計局も、インフレ率をはじく基本品目の一つとしてジンを13年ぶりに復活させている。

新しいジンブランドの多くは、ジュニパーベリーの香りを受け継いでいる。しかし、伝統の味と香りを離れたものも出ている。自然な植物原料を使って蒸留され、アルコール度が37.5%以上あることなどを条件とする欧州での規則を満たしさえすればよいからだ。
こうした流れから副産物も生まれている。ジンの風味がするマーマレード、ジンの香りがするキャンドル……。裏返せば、国内市場は飽和状態になりつつあり、英国の製造業者は海外に活路を求めるようになってきた。

■ブームの誕生

幼なじみの英国人サム・ゴールズワージーとフェアファクス・ホールは、2000年代の初めに米国の飲料業界で働いていた。折しも地ビール醸造所やクラフト蒸留所が雨後のタケノコのようにできていた。
2人は07年に、ウェスト・ロンドンでジンの蒸留所を開くことにした。ところが、たちまち250年以上も前にさかのぼる官僚的な諸規制の壁に突き当たった。

1751年の役人たちは、「退廃酒」の弊害に頭を痛めていた。ジンは俗に「mother's ruin(訳注=「母親の破滅」の意)」と呼ばれるようになったほど飲酒中毒が多く、社会問題になっていた。このため、自家製造や小規模な生産を禁じ、1800リットル以上の規模でしかジンの蒸留を認めない規則を設けた。
こうした規制を緩めるよう、2人は英政府に働きかけた。(訳注=少量生産で優れたジンを造ろうと)2人が中心となって設立したシップスミス社に、ジンの製造許可が下りたのは09年だった。これが突破口となり、英国では小規模なジンの蒸留所の設立が相次ぐようになった。

国家統計局によると、09年に113だった蒸留所は、18年には419にまで増えた。
蒸留所は、観光の人気スポットにもなった。シップスミスには、年間2万5千人が訪れる。利き酒を楽しみ、製品も買ってくれるので、売り上げ増に少なからず貢献している。
「20年前の英国には多分なかった食文化の一つだ」と英ワイン蒸留酒業界団体の会長マイルス・ビールは指摘する。「酒を飲む量は減ったが、どんな酒を飲んでいるのかを知ろうとする志向が高まり、そのためにはお金も払うようになった」

■「過去」の思わぬ恩恵

配管業を営むイアン・パディックは、ロンドンにある自社の建物を13年に改修した。そのとき、昔はそこがパン屋で、ジンを密造していたことを知った。
そのパン屋の子孫を見つけ出した。ジンのレシピはもらえなかったが、いくつかの材料については教えてくれた。これに推測を交えてひねりだしたのが、「Old Bakery Gin(老舗パン屋のジン)」だ。今では、ハロッズやフォートナム&メイソンといったロンドンの老舗高級百貨店で売られるようにもなった。
この成功談は、新世代のジン愛好家を刺激してやまない多くの実話の一つに過ぎない。買う方も、そんな来歴への関心が高いようだ。フォートナム&メイソンの買い付け担当オスカー・ドッドは、「お客さんはよく商品の由来や素材について知りたがる」と話す。
「何か新しくて、面白そうなものを求めているからだ。とくに、ジンは知人に教えてあげるために買うことが多く、情報を載せて社会に出回る通貨のような働きをしている」
とはいえ、こうした新しいジンを広めることは、パディックのように近年になって参入した者にはかなりのチャレンジになる。
「他ではなく、自分の製品を選んでもらうというブランドの信用性を得ることは、相次ぐ新顔の登場で間違いなく難しくなっている」

■基本厳守の大手

19世紀初頭創業のロンドンの大手ビーフィーターは、基本を厳守することにしている。スロージン(訳注=セイヨウスモモやレモンを漬け込んでいる)や、スノーグローブ(訳注=装飾を兼ねた球体型の容器)を利用したジンボトルまで現れるようになり、消費者はいずれ新製品にうんざりするかもしれない。そんなときに、ジンをベースにしたカクテルで自社ものが確実に使われるようにしておくことを重視して、ドッシリと構えている。
「ジンは、もともと多くの用途に向くようにできている」とビーフィーターの蒸留責任者デズモンド・ペインは説明する。「ストレートで飲む人は、ごく一部に過ぎない。ジンは本来の融通性を保ち、さまざまな方法で生かされるべきだ」
業界の発展をビーフィーターも歓迎し、ごく限られた範囲で新しいブレンドを造っている。しかし、9リットルケース290万個もの年間売り上げがある主力商品からあまりにかけ離れたものを製造することに、ペインは慎重だ。
いくつか出ている実験的とも言えるジンについて、ペインはこう批判する。「一つの方向性に特化し過ぎてしまうと、いろいろなカクテルに使うことができるというジンのよさが消えてしまう」

■伝統と最先端の同居

先のシップスミスのゴールズワージーは、いつかはこのジン・ブームも下火になると割り切っている。「それを隠そうとする気なんてまったくない。現在の急激な広がりには、ジンの本質を損ねてしまいかねない危うさがある」と言う。
ゴールズワージーらの英製造業者は、国内市場を超えて新たな顧客を開拓しようとしている。ときには、大手酒類企業にのみ込まれてしまう業者だってある。市場調査会社ユーロモニターによると、世界のジンの売上高は、07年の105億ドルが17年には155億ドルに膨らんでおり、大手も利益を上げる機会を虎視眈々(こしたんたん)とうかがっているからだ。
シップスミス自体も、16年に大手のビームサントリー(本社・米シカゴ)(訳注=サントリーホールディングスの関連企業)に買収された。同社は、日本やスペインのジンの製造業者も傘下に加えている。ゴードンやタンカレーといったジンの人気ブランドを持つ大手のディアジオ(本社ロンドン)も、日本から着想を得たボトルを品ぞろえの一つにしている。

一方で、世界の他の地域からは、小さな業者が新たに参入し始めている。
ドラゴンズブラッド(竜血)・ジンは、中国・内モンゴル自治区で創業したばかり。特注の蒸留装置で製造している。ペッドラーズ・ジンは上海を本拠とし、最近、国際的な流通ルートの開拓に乗り出すようになった。英業界団体ザ・ジン・ギルドの役員ニコラス・クックによると、新しいクラフトジンの蒸留所は、豪州やリヒテンシュタイン、米国など世界中で次々とオープンしている。

ジンの素晴らしいところは、「立派な大人であることもできれば、流行の最先端を追う若者にもなれることだ」とクックは語る。
上海でのジン蒸留の立ち上げを手伝ったジョセフ・ジャッドは、ペッドラーズ・ジンの販路拡大はまずアジアを重視する戦略になると話す。それでも、この酒の欧州のルーツを大切にしたいと強調する。
「中国産の原料だけでジンを造り、英国の伝統をまったく無視することはできない」とジャッド。「ジンである以上は、どう造るかとともに、その歴史にもやはり一目を置かざるを得ない」と言う。(抄訳)

(Amie Tsang)©2019 The New York Times

ニューヨーク・タイムズ紙が編集する週末版英字新聞の購読はこちらから