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ボブ・ディランのウィスキーはいかが?

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
自ら製品づくりに携わったウイスキー「Heaven’s Door」の販売促進用の写真に納まるボブ・ディラン=撮影日不明、John Shearer via The New York Times/©2018 The New York Times

米国の酒造業界の情報媒体に予期せぬ名前が登場したのは、2015年も後半になってのことだった。

ミュージシャンのあのボブ・ディランだ。「bootleg whiskey」(訳注1)という名称での商標出願が、本人の名前で出ていることを報じていた。

これに気づいた人の中に、マーク・ブシャラ(52)がいた。物心がついたときからのディランのファンで、ウイスキー醸造の実業家でもある。ちょうど自分のバーボンウイスキーのブランド「Angels Envy」(訳注2)を15千万㌦で売却したところだった。すぐに、数週間をかけ、「ボブ・ディランのウイスキー」というコンセプトが持つ可能性について「とりつかれたように検討した」と語る。

そして、連絡をとることにした。ディランの代理人は、相手が何者なのか、入念に調べたようだ。少し時間がかかったが、なんとか本人と電話で話すことができた。数量限定のウイスキーをいくつか一緒につくることを持ちかけた。

ただ、問題が一つあるとブシャラは見ていた。「bootleg」という名前だ。確かにディラン的にはピッタリなのだろうが、トップクラスのウイスキーブランドとしてはいかがなものかと考えていた。その後、ノーベル文学賞まで受賞(訳注3)した人物が、応じてくれる自信はなかったが、球は投げてみた。

「正直言って、少し悲観的だった」とブシャラは打ち明ける。

でも、最終的にはうまくいった。ブシャラとディランは、一緒に開発したウイスキーを185月に発売するところまでこぎつけた。ブランド名は「Heavens Door」(訳注4)。「ストレート・ライ」「ストレート・バーボン」「ダブル・バレル」の3種類のウイスキーで構成されたコレクションになっている。

ボブ・ディランのブランド「Heaven’s Door」のもとに登場する3種類のウイスキー。左から「ストレート・バーボン」「ダブル・バレル」「ストレート・ライ」=2018年4月23日、Lyndon French/©2018 The New York Times。ボトルに浮かぶカラスや車輪のシルエットのデザインは、ディランの鉄工アートに由来している

米国では、セレブにちなんだ酒類ブランドがブームのようになっており、ディランもこれに加わったことになる。予期せぬことをしては、周りを当惑させて半世紀。そこに、新たな1ページが加わったとも言える。

ディランは、名前を使う権限を与えているだけの名目的な存在ではない。このブランドの事業体であるHeavens Door Spirits社の経営に全面的に関わっており、ブシャラによると、同社はすでに3500万㌦の資金を投資家から集めている。

「どの一つをとっても、それぞれの物語があるような米国産のウイスキーコレクションを2人でつくってみたかった」。ディランは発売にあたって、ニューヨーク・タイムズにコメントを寄せた。「もう何十年もあちこちを旅して、最高のウイスキーに出合ってきた。このウイスキーも、最高なんだ」

セレブの酒のマーケティングは、それぞれのセレブのイメージと深く結びついている。17年に英酒造メーカー「ディアジオ」に10億㌦とも言われる額で売却されたジョージ・クルーニーのテキーラ「カーサミーゴス」を飲めば、この俳優の魅力の一端もあわせて楽しめる気がしてくる。あのラッパー、ジェイ・Zのように盛り上がりたい? それなら、1850㌦のシャンパン「アルマン・ド・ブリニャック」を開けてみよう。

「言ってみれば、夢や幻を見させてくれる『妖精の粉』のようなもの」。米ブランド関連企業の会長マイケル・ストーン(Heavens Doorの事業には関わっていない)は、セレブと酒の関係をこう説明する。「つかの間でもよい。セレブの生き方に近づける妖精の粉が求められているということだろう」

Heavens Doorは、ディランの人間性を幅広く引き出そうとする作品でもある。ルネサンス期の万能型の教養人という側面。それに、夜更かし人間という側面も。前者は、ボトルのデザインが示している。ディランは鉄を素材にした美術品づくりにも取り組んでおり、今回はそれが生かされた。ボトルに浮かぶカラスや車輪のシルエットのデザインは、ディランの鉄工アートに由来しており、バーボンウイスキーの故郷を連想させる。

夜更かし人間という側面は、古典的な映画の一コマのような販売促進用の写真に表れている。暗いカクテルラウンジのようなところで、タキシード姿のディランが照明を浴びて浮かび上がる。片手には、ウイスキーグラス。しかし、視線はいずこかを見つめるだけで、76歳(訳注:18524日で77歳)の男の孤高さが漂う。

近年のスタンダード盤のアルバムのように、そこには洗練されていながらも、埃にもまみれる米国の歌手としてのディラン像が強調されている。そして、その日を終えるにはバーボンを一杯傾けるという人物像が重なって浮かんでくる。

「ディランの個性は、ウイスキーととても相性がいい」とブシャラは言う。「素晴らしい独自性。正真正銘の米国人。自分のやりたいことを存分にやる――これが、超高級なウイスキーとピッタリあうんだ」

ボブ・ディランと「Heaven’s Door」を一緒に開発したマーク・ブシャラ(左)と右腕のライアン・ペリー=2018年4月23日、Lyndon French/©2018 The New York Times

折しも、こうした手づくりウイスキーの市場は、爆発的とも言える活況を見せている。業界団体の米国蒸留酒協議会によると、カクテルブームもあって米国産ウイスキーの売り上げはこの5年間で52%も増え、17年には34億㌦にもなった。

もっとも、ディランの音楽をよく知る人には、ウイスキーが持つ意味もよく分かっている。一本の糸のように、その世界をつないでいるからだ。古くは、1963年の初期のアウトテイク「Moonshiner(邦題:ムーンシャイナー)」(訳注5)にまでさかのぼることができる。70年のアルバム「Self Portrait(邦題:セルフ・ポートレイト)」に収録されたディラン版の「Copper Kettle(邦題:コパー・ケトル)」では、ウイスキーの蒸留工程が詳細に歌い込まれている(歌詞「Get you a copper kettle, get you a copper coil/ Fill it with newmade corn mash and never more youll toil……」)。

ブシャラによると、ディランとは45回、直接会って、ウイスキーづくりの協議を重ねた。場所はすべてロサンゼルスにあるディランの鉄のアート工房だった。他にも、電話で何度も話し合った。そんな積み重ねで、相手がとても繊細な好みをウイスキーに持っていることが分かった。

意思疎通をうまく図ることにも苦労した。ディランの発言の真意について、ブシャラは右腕のライアン・ペリーとともに議論を繰り返した。謎めいた言葉。一瞬の表情の輝き。「しばらくじっと見つめるだけということも、ときにはあった。それが、否定なのか肯定なのか、よく分からないんだ」とブシャラは振り返る。

2人がよく思い出すのは、ダブル・バレルの試作品を味見してもらったときのことだ。何かが欠けていると言われた。「木でできたものの中にいるような感じがほしい」というコメントだった。

その真意をどう解くか。2人で激論した。「木でできたもの」って何だ。教会? 鉄道の車両? 納屋? そこで、まず臭覚の世界を徹底して論議することにした。具体的には、グラスにある酒の匂いだ。ウイスキーを寝かす樽(たる)。その木のあぶり方でどう変わってくるか……。

数カ月後、2人は新しい試作品を見てもらった。「納屋特有のかび臭くて、それでいてどこか甘い、あの匂いを込めてみた」と説明すると、肯定的なコメントが返ってきた。

「あの斜めに構えたディランのコメントが、最後にどんな樽を使うかということまで真剣に考えることにつながった」とペリーは語る。

Heavens Doorの最初の製品は、米コロラド州の蒸留所とともに開発した。飲んでみて、これまでにはないような独自の感触をどう醸し出すか。みんなで試行錯誤を繰り返した。例えば、ストレート・ライ。あえて、フランス北東部ボージュ県産のオーク材を使った葉巻形の樽で寝かして仕上げることにした。

ディランがもともと考えていたブランド名を生かす計画も進んでいる。「Bootleg Series」という限定版のウイスキーを、毎年シリーズで売りに出す。こちらは、セラミックのボトルに、ディランの油絵や水彩画があしらわれている。2019年に発売される初物は年もののウイスキーで、価格は1300㌦になる予定だ(Heavens Doorの標準価格は1本50~80㌦)。

ディランの着想が商業目的で使われると、程度の差こそあれ、抗議の声が上がるのが常だった。例えば、14年にアメリカンフットボールのスーパーボウルで流れた2本のテレビコマーシャル。一つは、米チョバニ社のヨーグルトのCMで、「I Want You(邦題:アイ・ウォント・ユー)」の曲が流れてくる。もう一つは、自動車メーカーのクライスラーのCM。こちらは、米自動車産業の伝統を愛国的にたたえる本人が登場する。これに対して、ファンからは、「裏切り者」との声すら聞こえた。

ディランがCMを嫌がったということはこれまでもなかったし、長い目で見てその評価に傷がつくようなこともなかった。1994年には、しにせの会計事務所「クーパース・アンド・ライブランド」の宣伝でフォークシンガーのリッチー・ヘブンスが、「The Times They Are AChangin’(邦題:時代は変る)」を歌うことを許している。ディランの代名詞とも言える曲だ。

その10年後、ディランは米女性ファッションブランド「ヴィクトリアズ・シークレット」のCMに出て冷笑された(天使の翼を付けた売れっ子モデルに、自分の黒いカウボーイハットを投げて渡すという映像で出てくる)。以来、アップル、キャデラック、ペプシ、IBM、グーグルといった各社のスポットCMにも登場している。

さらに、現在制作中のテレビドラマでは、自分の曲をひとまとめにした範囲でどれでも使えるようにするという新しいタイプのライセンス契約にも応じている。

ディランにインタビューしたこともあるベテランの音楽ジャーナリスト、ビル・フラナガンは、ディランを歌手のハンク・ウィリアムズ、ジョニー・キャッシュになぞらえる。いずれも、こうした営利の世界との関わりをいとわなかった大先輩たちだ。

そこに、時代に挑むというディラン独自の資質が加わる。

「ディランは、自分をどこかに閉じ込めてしまうようなものには常に反発してきた」とフラナガンは話す。「フォークの王様、カウンターカルチャーの守護神、反商業主義の左派の象徴」。そんな言い方が広まるたびに、ディランはそれを打ち消しに出たと言うのだ。

では、Heavens Doorが、実際にどこまで商品として競争力を発揮できるかとなると、また別の問題になる。ブシャラは、Angels Envyの創業者の一人だった。2011年に立ちあげ、品質と斬新さが広く認められるようになった4年後に酒類大手のバカルディ社に売却した。ところが、ウイスキーのブランドは、こうした売却・買収で整理されるどころか増え続けている。ニールセン社の市場調査によると、米国では現在、2万以上の銘柄の蒸留酒が売られており、ウイスキーに関して言えば、17年は13年より27%も多くの銘柄が見られるようになったとしている。

当然、消費者の目も厳しくなる。だから、ブシャラはディランと最初に会ったときに、成功のカギを握るのは、ディランのイメージより製品の質だとクギを刺した。

ところが、その数カ月後にとんでもないことが起きた。ディランのノーベル文学賞受賞が発表された(訳注3)のだった。しかも、受諾が確認されるまで、数週間もかかった。一時は辞退の臆測も流れ、「製品売り込みの宣伝にはとんでもない悪夢になる」とブシャラが頭を抱えた時期もあった。

でも、みんなの期待に逆らうことこそが、ディランのブランドであることに気づいた。このノーベル賞受賞の曲折を踏まえて、「ディランのウイスキー」をブシャラはこう総括してみせた。

「ディランがウイスキーを出すことに驚いているのは、本人をよく知らない人だと思う。よく知る人は、誰も考えつかないようなことをやってくれるのを期待して待っているんだ」(抄訳)

Ben Sisario) ©2018 The New York Times

 

訳注1=ディランは、入手困難な曲や未発表曲などを収録したアルバムシリーズ「Bootleg〈ブートレグ=海賊盤〉」を出している。「bootleg whiskey」の名称はこれに由来すると見られ、「海賊版のウイスキー」という意味にもなる

訳注2=「エンジェルズ・エンヴィ」(天使の羨望〈せんぼう〉)

訳注3201610月、受賞発表。同年12月の授賞式に本人は欠席し、受賞スピーチが代読された。本人の受賞記念講演は176月、ネットを通じての異例の発表となった

訳注41970年代のディランの曲「Knockin’ on Heavens Door」(邦題:天国への扉)にちなんだと言われる

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訳注5=歌詞「……I ’ve spent all my money/ On whiskey and beer……And if whiskey dont kill me/ Then I dont know what will……」