「星降る街角」という歌をご存じだろうか。1970年代に発売された、「敏いとうとハッピー&ブルー」というグループのムード歌謡だ。中高年の男性らがカラオケで歌う定番曲の一つで、「♪星の降る夜は~あなたとふたりで~お~どろうよ~」という歌詞は、多くの人々の耳に残っているのではないだろうか。
台湾発のコラムのはずが、いきなり昭和の懐メロの話題かよ、と突っ込みが入るかもしれない。でも、実はこの曲が、台湾に暮らす先住民に熱く支持され、「アミ・チャチャ(阿美恰恰)」というダンスとして定着しているのだ。「アミ」は先住民のアミ族(阿美族)、「チャチャ」はダンスのチャチャチャを指す。
毎年7月前後、アミ族の人々が多く暮らす花蓮県の集落は、「豊年祭」と呼ばれる収穫祭の季節を迎える。そのハレの場に、軽快なダンス音楽にアレンジされた「星降る街角」が流れ、人々が楽しそうに踊る。その様子が、動画サイトにも数多く投稿されている。いったい、どんな背景があるのだろう?
私が「アミ・チャチャ」を初めて目にしたのは台北だった。パーティー会場に招待された先住民の人々が披露し、あれ、聞いたことあるぞ、日本の曲だよなあ、と感じたのが取材の始まりだ。
調べると、花蓮出身のアミ族のバンドが演奏しているらしい。ボーカルの巴大雄さん(42)に連絡すると、「この曲は感染力があるんだ」と語る。「アミ族のリズム感にピッタリ。聞いた瞬間、都会に出たアミ族の若者でも故郷の集落に帰った気がして、踊り出したくなるんだ」
ただ、演奏を始めたのは、巴大雄さんたちが最初ではなかった。10年以上前に花蓮で開かれた集落合同の豊年祭で踊りが披露され、彼らも聞いた途端に「感染」し、演奏を始めたのだという。
なら、花蓮に行ってみよう。台北から特急列車に乗って2時間余り。東海岸の花蓮県は、都市開発が進む西海岸とは対照的に、巨石が切り立つ渓谷や、水平線から朝日が昇る海岸で知られる自然豊かな観光地だ。今年2月、マグニチュード6・0の強い地震が起きて、ビルが崩壊し、17人が亡くなる災害が起きたばかり。日本でも大きく報道されたので、ご存じの方もいるかもしれない。
その花蓮は、アミ族を中心に先住民が多く暮らす地域だ。人口約32万人のうち、先住民は約9万人を占める。花蓮県政府を訪ねると、先住民に関わる地域振興や文化保存を担当する蔡鼎紘さん(55)が取材に応じてくれた。蔡さんは父親がアミ族だという。
詳しい記録は残っていないものの、蔡さんによると、毎年、合同の豊年祭を開くとき、各集落で踊られているダンスの中から選抜で代表曲を決めるのだという。「アミ・チャチャ」は2005年の代表曲になっていた。
少なくとも2000年以降の代表曲の中で、日本や海外の曲が選ばれた例はなく、珍しい例だという。「かつて一部の集落で踊られていたものが、代表曲に選ばれ、合同祭で披露され、一気に広まったのでしょう」と蔡さんはみる。
当初、どこの集落で踊られていたのかは分からないという。ただ、蔡さんは、2005年よりずっと以前から、元曲を聞いた記憶がある。蔡さんの父親は83歳。第2次世界大戦が終わる1945年まで、台湾は日本の植民地統治下にあり、父親は日本語教育を受けていた。父親の世代以上の先住民の人々は、戦後になっても日本の歌謡曲を好んで聞いていて、集落にも流れていたという。蔡さんは、「皆が親しんでいた曲が、自然に踊りになったのでしょう」と推測する。
花蓮で改めて踊りを見学したいと思ったものの、豊年祭の時期はもう少し先だ。代わりに、「花蓮阿美文化村」(吉安郷仁安村)を訪ねた。アミ族の踊りや歌を観光客向けに披露している施設だ。普段の演目には取り入れていないものの、特別に「アミ・チャチャ」を披露してくれた。
曲には、アミ語の歌詞もついている。美しい女性たちが腕や腰を振って踊る姿に、男性たちが憧れを抱く様子を描いた恋の歌だ。
鮮やかな民族衣装をまとった踊り手の一人、杜欣怡さん(30)は、元々の曲が日本の歌であることを、この日、取材を受けるまで知らなかった。「お祭りや、結婚式のとき、みんなで踊っていて、集落の『国歌』のようなものだと思っていました。日本の歌だったなんて」と驚く。世代をまたいで、定着した表れだろう。
今年も夏になると、花蓮の各集落で豊年祭が開かれる。「アミ・チャチャ」を踊る人々もいるだろう。集落合同の祭は今年は7月20~22日に開かれる。観光客も見学可能だ。
太平洋に面した花蓮の海岸は、散歩道が整備されている。砂浜で夜空を見上げると、まさに星が降るようにまたたいて見える。偶然だが、日本のあの懐メロは、この地にふさわしい曲かもしれない。
台湾の先住民
台湾には、中国語やその方言を母語とする中華系の人々のほかに、太平洋の島々や東南アジアなどにルーツがあるとみられる先住民が暮らす。台湾の人口約2300万人のうち、約55万人を占める。アミ族のほか、タイヤル族、パイワン族など現在16民族が認定され、それぞれ独自の文化や言語を持つ。台湾では先住民のことを、元々この島に暮らしてきた主権者という意味を込めて「原住民」と呼んでいる。
今回の台湾メシ
ガチョウ肉と地鶏の盛り合わせ。うまみが詰まって、歯ごたえがある。3~4人前で480台湾ドル(約1700円)。専門食堂「鵝肉先生」(花蓮市中山路259号)にて。