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アメリカの日本酒ブームを牽引する起業家たち(後編)「Sequoia Sake」

サンフランシスコ 美味しいフード&ライフスタイル 更新日: 公開日:
「Sequoia Sake 」の共同オーナー、のりこさん

「Sequoia Sake 」(セコイヤ・サケ)の共同オーナー、のりこさんに初めて会ったのは6年前。まさに酒蔵をオープンする直前で、「主人と脱サラをして酒蔵を始めるの」という発言は衝撃だった。私の昭和的な考え方で、酒蔵といえば、代々蔵元を継ぐ「〇〇代目」のイメージだったからだ。アメリカで個人酒蔵は作れるのだろうか?水は?酒米は? しかも2人だけで始めるスタートアップ酒蔵ーーでも、いかにもサンフランシスコらしい。

それから2年、私の心配はよそに「セコイヤ」のアーティスティックな酒瓶ラベルはベイエリアの多くの和食レストランや酒ストアで見かけるようになった。今では、アメリカンの高級レストランのメニューにまで進出し、セコイヤ酒はおしゃれなワイングラスに注がれている。初のサンフランシスコ産の「マイクロブリューワリー」(少量生産の酒蔵)は地産地消文化が根付いている地元の飲食業界で絶賛されている。そして去年、日本で開催された「Sake Competition 2019」の海外部門で見事優勝を果たした。この快挙までの歩みを聞いてみた。

「Sake Competition 2019」の海外部門で見事優勝を果たした

子育てが終わり、50代を目前に始めた大挑戦

アメリカ人のご主人、ジェイクさんとのりこさんはそれまでシリコンバレーのIT企業に勤めていた。高収入と安定生活。外部から見れば憧れのライフスタイル。どうしてそれを蹴ってまで、全く違う職種、「酒蔵」を起業しようと思ったのだろう。

「50代を目前にふと立ち止まったんです。子育てが終わり、親としての責任を成した後、『自分たちは本当に何がやりたいのか』?と」。「コンピュータの前ではなく、何か五感を使った仕事がしたいと考えました。例えば手で触れたり…モノづくりだったり、調理だったり……」ただ漠然と思いを巡らせていた。「人に雇われるのではなく、自分たちだけのビジネスがしたい」。2人の気持ちが重なった。

ご夫婦は、サンフランシスコに移住する前は日本に10年間住んでいた。ジェイクさんはその間に日本食にハマり、日本酒が大好きになった。しかし、アメリカに来てからは美味しい生酒は飲めない。「だったら自分達で造ってみよう」。行動は早い。家のガレージで見様見真似で醸造を始めてみると、「わりと面白かった」。

忙しそうに動き回るお二人。 阿吽の呼吸と手際の良さはご夫婦ならでは。

お二人の酒造りに熱が入り出した頃、アメリカには10軒くらいの日本酒のマイクロビュリューワリーが存在していた。「もっと美味しいお酒を作りたい。他の人たちはどのように醸造しているのだろう」。2人はアメリカ国内のマイクロブリューワリーを訪ねる旅にでた。

その時の体験と人との出会が2人の意識を高めていった。やがて「酒造りが私たちのビジネスになる」と確信を持てるようになった。そうと決まれば行動は早い。2人はわずか半年で最初の酒を醸造した。 サンフランシスコの倉庫街に場所を借り、ご夫婦の他、もうひとりのパートナーが内装、機材を揃え醸造に取りかかれるよう準備した。そして2016年、サンフランシスコに初の酒蔵が誕生した。

いつも笑顔で仲の良いジェイクさんとのりこさんご夫婦

「夫婦でなければ乗り切れなかった」

酒造りに明け暮れる毎日が始まった。投資家は募らず2人だけのビジネス。成功しても失敗しても誰も口を出すものはいない。言い換えれば何が起こっても生活の負担、あるいは利益になる。「これが最後のチャレンジだと覚悟してた。でもやはりリスク(今の生活基準を失う)は怖かったので、2足の草鞋を履いていました」。のりこさんは最初の2年、酒造りに挑みながらも昼間は引き続きIT企業に勤めていた。

「夫婦でなければ乗り切れなかった」とポツリ。初めてトライする事はわからない事だらけ。「落ち込む時も嬉しい時も一つの目標をもってやってきた」。絶対的な信頼やお互いの理解、時には喧嘩も、長年連れ添った夫婦だからこその“チームワーク”だ。

セコイアのアイディアはジェイクさんのご家族、ラベルデザインはジェイクさんが施した

サンフランシスコ初の地産地消のクラフト酒

「セコイヤ」の主力ラインは生、原酒、濁りの三本柱。原材料はカリフォルニア米のカルローズとシャスタ山からの水をフィルターを使い試行錯誤で小ロットを繰り返したが、趣味から始めた醸造家1年生。ビジネスは最初からうまくいったわけではなかったようだ。原料と味の安定を確保するのには時間がかかった。「完璧を求めれば限りなく時間がかかる。でも完璧なんてない。味は好みで決まりはない」。伝統より地元の人が喜んでくれる酒を。それが「セコイヤ」の強みとなった。

赤ワイン樽やバーボンウィスキー樽で熟成した酒は遊び心満載

「アメリカは人種も好みも多種多様。酒にも多様性を持たせたい」。最近お二人は、新種造りに精を出す余裕もできた。アメリカならではの酒造りを楽しんでいるようだ。中にはカリフォルニアっぽい赤ワイン樽で熟成させた「Red Wine Barrel-aged Sake」やバーボンウィスキー樽で寝かせた「Bourbon Barrel-aged sake」、人気上昇中のスパークリング酒までバラエティー。日本酒初心者から探究心旺盛な上級者までがワクワクする内容だ。

アメリカ人が家庭で日本酒を飲む生活習慣を作りたい

「アメリカ人にもっと日本酒を身近に、家庭でも味わってほしい」とアメリカ人の好みを追求する「セコイヤ」。その基盤となっているのは、毎週末のオープン蔵だ。試飲会やツアー、特別イベントで触れ合う客とのコミュニケーションから新しいアイディアが生まれる。

毎週土曜日は蔵をオープンし試飲ツアーやイベントを行っている
毎週土曜日は蔵をオープンし試飲ツアーやイベントを行っている

「アメリカ人が気軽に買って家で飲む生活習慣を作りたい」。その想いは少しずつ現実になっている。かつて日本食レストランでしか飲む機会が無かった日本酒は今、アメリカ人による酒蔵が増え、アメリカ人の酒ソムリエが、英語で酒の魅力を世界に伝える役割も果たしている。そして、米系スーパーやディスカウントストアまで日本酒は確実に販路を広げている。

のりこさんご夫婦は去年、日本で開催された「Sake Competition 2019」の海外部門に出品。「Coastal Ginjo」は優勝、「Coastal Genshu」は3位受賞を果たした。舞台には晴れ晴れとしたご主人のジェイクさん、そして美しい娘さんの着物姿があった。

「自分たちのビジネス」を成長させたお二人の喜びとはどんなものなのだろうか。

「やり甲斐があります。でも収入はIT企業のサラリーマンの時の方がずっよかったですよ」とのりこさんは笑う。もう2足の草鞋は履いていない。当時は皆目分からなかったビジネスの行方が、今はしっかり形となっている。

仕込みに戻ったのりこさんの姿に天井からバックライトが当たり美しく見えた。その真剣な表情には「自分らしさ」を貫きビジネスを成功させた自信が伺えた。将来の希望や夢は?と聞くと、「そんなこと考えた事ないです。このビジネスを始めた時から一度も」。今を輝く起業家の言葉だと受け取った。

女性起業家として真剣に仕事に取り組む姿がカッコ良い

日本で低迷する日本酒市場を躍進させるのは、海外の酒ファンの潜在力ではないだろうか。酒ブームを第一線で盛り上げる企業家達が救世主となりそうだ。