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街中で撮られた私の写真、自宅に届いた 監視カメラ大国イギリスの今

Behind the News ニュースの深層 更新日: 公開日:
監視カメラがあることを告げる表示が、ロンドンには街のいたるところにある=ロンドン、和気真也撮影

ロンドンの自宅に、一通の封書が届いた。中身は駐停車違反通知。朝、子どもを学校に送った際に、校門前で一時停車した場所がいけなかった。反省しつつ驚いた。通知書には証拠写真が、車を降りた子どもの姿とともに載っていた。

後日、校門前に立った。子どもの安全を見守ってくれる心強い監視カメラがあった。「罰金対象」として映った情けなさと切なさ、そして、ちょっぴり怖さを感じた。

英国は監視カメラ大国として知られる。英報道によれば、ロンドンだけで40万台を超えるとされる。1990年代に防犯目的で政府が推進し、2005年のロンドン同時多発テロを機にさらに拡大した。テロや凶悪犯罪が絶えない社会で市民の理解を得てきた。

ロンドンの街中で監視カメラがあることを告げる表示=2020年11月、和気真也撮影

その監視カメラ社会はいま、人工知能(AI)によりさらに「進化」しようとしている。顔の特徴から人を見分ける「顔認証」技術の登場だ。ただ、待ったをかける判決が昨夏、注目を集めた。英西部ウェールズ地方に住む大学職員のエド・ブリッジスさん(38)は17年12月、カーディフの商店街にクリスマスプレゼントを買いに出た。警察のバンが1台、路上に止まっていた。車体の腹に「顔認証」とある。説明は他になく、「自分の顔がスキャンされたのか」と気味悪く思った。

翌年3月、カーディフで平和デモに参加した彼は、通りの向かいに同じバンを見つけ、今度はゾッとした。「顔認証技術は、私を含む参加者に向けられていた。市民の安全と権利を守るべき警察による、威圧と感じた」

人権団体に相談し、警察の顔認証技術の利用はプライバシー権の侵害で違法だと裁判に訴えた。19年9月の一審判決は敗訴。しかし、20年8月、日本の高裁にあたる英控訴院が判断を覆し、ブリッジスさんが勝訴した。

地下鉄の駅にはたくさんの監視カメラがとりつけられている=2020年8月、ロンドン、和気真也撮影

英国に顔認証利用に特化した法律はまだない。警察は、監視カメラの設置ルールとデータの扱いを定めたデータ保護法などに照らし、適正だったと主張したが、判決は顔認証を使うシーンなどのルールがあいまいだと指摘。肝となる「顔の照合リスト」を誰がどう作るかで、警察に過度の裁量が与えられていることを問題視した。技術そのものの捜査での有用性には理解を示したうえで、警察の野放図な利用は許されないというわけだ。

ブリッジスさんは、警察がAIのような新たな捜査技術を持つことに全て反対というわけではない。「ただ、常に市民のプライバシー権とのバランスが求められる。自分のデータをどこまでコントロールし、どこから警察に委ねるか。根本的な問題なのに、現状は法的整備が不十分だ」

■BLM契機に顕在化した米国

警察による顔認証利用への懸念は昨年、米国でも相次いだ。ここでの契機は、黒人差別に抗議する「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命は大切だ)」運動だった。

米大手IT企業のIBMは昨年6月、米議会下院に宛てた手紙の中で、顔認証システムの一般提供をやめると表明。アービンド・クリシュナ最高経営責任者(CEO)は「テクノロジーは透明性を高め、警察が社会を守るのにも役立てられるが、差別や人種による不公平を助長してはならない」と述べ、開発企業の立場から法整備の必要性を訴えた。

奴隷解放記念日(ジューンティーンス)に行進するニューヨーク市民=2020年6月19日、ニューヨーク、藤原学思撮影

同様の趣旨でアマゾンも、自社の顔認証システムを警察が使うことを1年間中止し、マイクロソフトも一時的な取りやめに踏み切った。米ミネソタ州で白人警官が黒人男性を死なせた事件が起きた直後の判断だった。

顔認証は黒人を見分ける精度が低いという研究結果もある。警察の差別的な捜査姿勢と相まって、誤認逮捕などを招きかねない。BLMデモの参加者の監視につながるのではないか。そんな指摘が出ていた。

■企業対応、手探り

英ウェールズの警察当局は「(判決の指摘部分に)対応することで運用は可能」との立場で、利用を諦める気はなさそうだ。英国では市民にも、顔認証の防犯目的利用への期待がある。AIやデータを専門にするロンドンのエイダ・ラブレス研究所が19年9月に出した調査結果によると、顔認証の用途として回答者約4100人の支持が最も高かったのは「警察による犯罪捜査」の70%で、「スマートフォンのロック解除機能(54%)」や「空港でのパスポートの代わり(50%)」を上回った。一方で調査では、「スーパーの客の動向把握(7%)」や「学校での生徒の態度監視(6%)」は敬遠されることもわかった。

ロンドン警視庁は昨年、顔認証カメラの本格運用を発表した。採用するのは、日本で開発をリードするNECのシステム。使用場所はネットで周知され、結果も公表される。コロナ禍の影響で、最後の運用は昨年2月、繁華街のオックスフォード・サーカスだった。開示資料によると、約8600人の顔が認識処理され、約7300人分の「リスト」と照合された結果、システムによる警告は8件。うち7件は間違いで、残る1件が検挙につながった。

顔認証利用の議論は、日本では煮詰まっていない。

NECは18年、AIや顔認証技術と人権の間で生じる課題に対応する専門部署「デジタルトラスト推進本部」を設立した。法令が未整備な国が多いことや、技術への社会の受け止め方が変化することを前提に、必要な社内研修や顧客への提案を考える。

欧米でプライバシーへの懸念を契機に規制をめぐる議論が広がる現状について、本部長の野口誠さんは「新しい技術を社会が受け入れるのに、必要なプロセスだと思う」と話す。議論が成熟した先に、この技術が課題解決に生かせる社会が見えてくると考えるからだ。「正解はなく、悩みながらというのが正直なところです」