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育たないなら土から造り替える ブラジルで起きた農業生産3倍増の「奇跡」

World Now
大豆が刈り取られた後に植えられたトウモロコシの苗。輪作が、土の豊かさにも貢献するという=ブラジル・マットグロッソ州、西村宏冶撮影

不毛の地を造り替えた「革命」

真っ赤なさび色の土に、ひざ下ほどしかないトウモロコシが植わっていた。隣の畑の背丈ほどあるものとは大違いだ。

首都ブラジリアから車で1時間。訪れたのは、ブラジル農牧研究公社(EMBRAPA)セラード研究所(CPAC)の試験畑だ。

「二つの畑の違いはリンです。これを投入しないと育たないのです。化学肥料がブラジルに広がっていない時代、人々はセラードはまったく農業に向いていないと考えていたのです」。研究員のトマズ・レインさん(56)が言った。

ブラジル農牧研究公社(EMBRAPA)セラード研究所(CPAC)のトマズ・レイン研究員

この地の風化が進んだ赤土は「オキシソル」と呼ばれ、養分が少ない。アマゾンの密林と違って生えている木や草も少ないから、焼き払った灰を土に戻しても農業に十分な養分が得られなかった。

1970年代、ブラジル政府はセラード開発に乗り出す。人口が50年の5000万人台から70年の9000万人台へと急増し、食糧増産を迫られていた。

日本などの協力も得て土の調査、作物の選定、品種改良などを進め、様々な肥料を使って土を造り替えた。そこで中心的な役割を果たしたのが、CPACだ。

結果的に、ブラジルの農業生産は70年からの30年で3倍になった。CPACの研究部門のトップ、マルセロ・カルヴァルホさん(54)は「セラードでの農業を可能にしたことは『革命』でした」と振り返り、こう続けた。「ですが、問題は終わっていません。私たちは『第2の革命』に挑んでいます」

CPACはいま、農林業や畜産を組み合わせ、土の力を最大限に引き出す手法の開発に取り組んでいる。せっかく造り替えた土も、肥料を入れるだけでは衰えてしまうからだ。

突然、不作になった畑

翌日、その現実を見ることができた。ブラジリアから西に約700キロ離れたマットグロッソ州南部。CPACと共同研究をしている民間研究機関、マットグロッソ財団の試験畑を訪ねた。

「ここが問題の出てきた畑です」。研究員のファビオ・オノさん(36)が案内してくれた畑の土は、見るからに硬く、作物が育ちにくそうだった。

収量が落ちた畑について説明するファビオ・オノさん。土の表面は固く締まっていた=ブラジル・マットグロッソ州

財団がこの畑で試験を始めたのは2008~09年のシーズン。従来の農家のやり方で、大豆だけを作り続けた。

もともとこの試験畑は、地元の農家が使っていた畑だ。20年にわたって様々な肥料が投入され、土は造り替えられていた。

その畑で試験を始め、変化が起きたのは7年目だった。大豆の収穫後にほかの作物を植えていた畑に比べ、収穫量が急減したのだ。「土の中の有機物が少ないことが影響したようです」とオノさんは言った。

長い目でみれば、化学肥料や薬品を使うだけでなく、トウモロコシや牧草と輪作するなど、自然の力も借りて土の状態を保つ工夫が欠かせないという。

このためにブラジルで広がっているのは、土に前の作物の残骸を残したままにし、土を耕さない「不耕起」農業だ。さらに、大豆の後にトウモロコシを植える輪作も増えてきている。おかげで、ブラジルは、大豆に加えてトウモロコシも輸出するまでになった。

地平線まで畑が続く

ただ、こうしたことができるのは、財力のある農家だ。不耕起農業が広がったのは、農家にとって追加的な手間や費用が少なかったからでもある。土を大事にしようと言っても、それが手間のかかるものだと、普及は簡単ではない。

「使える土」が森林伐採を加速

土を造り替えることが招いた問題には森林伐採もある。土が「使える」となると、原生林が次々に切り開かれた。すでにセラードの半分以上は切り開かれてしまったという指摘もある。

セラードの土が「不毛」だというのは、あくまで人間の都合だ。実際にはその土が原生林を育み、水源や、生物多様性の維持に貢献していた。

ブラジル政府は、セラード開発では植生の一部を残すように義務づけている。大手の企業も、森を守ることには敏感だ。農家向け肥料販売大手フィアグリュのジェファーソン・トーマス肥料マネジャーは「違法伐採など、法律に違反した農家には資材を販売していません」と強調する。

ブラジルの自然をめぐっては、市民団体の活動も活発だ。グリーンピースや世界自然保護基金(WWF)といった自然保護団体はまずはアマゾン、そしてセラードの伐採について厳しい批判をしてきた。2017年には、これ以上のセラードの転換を止めるべきだという「マニフェスト」を発表。マクドナルドやウォルマートといった名だたる食品企業が支援を表明している。

大豆生産販売大手アマッジの広報責任者、ダニエル・エスコバルさん(42)は「違法伐採に手を貸すようなことがあれば、いまでは商品を売れません。それが市場の意志だからです」と言った。

違法伐採の監視システムについて説明するアマッジのダニエル・エスコバル。

アマッジは人工衛星の画像を使い、違法伐採の畑からは大豆などを買いつけないようにチェックしている。実際にシステムを見せてもらうと、違法な畑が赤く浮かび上がった。つまり、違法伐採はいまも続いているのだ。

切り開いた土地を大切に

農業生産のために森を切り開いてしまうサイクルは、止めようがないように見える。しかし、ブラジル最大の大豆生産を誇るマットグロッソ州の州都、クイアバで会ったエコノミストのダニエル・ラトラッカ・フェレイラさん(33)は「実は、これ以上、セラードを伐採をしなくても農業生産を増やすことは可能なんです」と言った。

マットグロッソ州南部の畑では3月下旬、残っていた大豆を刈り取る作業が続いていた

焦点は「放牧地」だ。すでに切り開かれた土地の中には、管理が悪く、飼える牛の数が極端に少ない放牧地がある。そこで、こうした放牧地を手入れし、土地あたりの牛の数を増やせば、空いた土地を大豆などの生産に使えるという。「放牧地の中には、農地として使える可能性のある土地が、かなりあるのです」

「手入れした放牧地」とはどんなものなのか。実例を、家畜向けの栄養剤などを手がける企業ニュトリプラの試験農場で見ることができた。

ニュトリプラの試験農場で放牧される牛たち。肥料を使って牧草を管理している


同州南部のロンドノポリスから、車でおよそ1時間。丘の上に広がる農場の一角に肉牛が放たれていた。

それまでに通ってきた放牧地に比べると、牧草が密に、かつ勢いよく生えている。土に肥料を加えているからだ。放牧地は細かく区切られ、牛たちは牧草を食べ尽くす前に隣の区画に移されていく。再び牧草が生えるのを待つためだ。

案内してくれたパウロ・オザキさん(33)は「ブラジルでは1ヘクタールあたりに牛2~3頭の放牧が平均的ですが、ここでは50頭ほど飼っています」。つまり、切り開いた放牧地の土を丁寧に管理し、生産性を上げているのだ。

とはいえ、こうした手法は手間も費用もかかる。簡単に導入できるとは思えない。それでも、開発責任者のラニエ・レイチさん(36)はこう指摘した。「5~10年のうちに、畜産農家は放牧地に手を入れ、生産性を高めなければ事業を続けられなくなるでしょう。荒れてしまった放牧地を元に戻すのには大きなコストがかかりますし、新たな放牧地を切り開くビジネスは、もう持続可能ではないからです」

放牧場を案内してくれたライネ・レイチとパウロ・オザキ

地域全体を守れるか

では、資本力のない農家はどうすればいいのか。州で持続可能な農業の推進などを担うフェルナンド・サンパイオさん(43)は「貧しい農家をどう支援していくかは、難しい課題です。大手企業に問題はなくても、その周りで貧しい人たちが違法伐採に手を染めているのが現実なのです」と言った。

州は2015年、持続可能な農業を進めるための「PCI」という取り組みを打ち出した。PはProduzir(つくる)で生産を増やそうという意味、CはConservar(守る)で、植生を守ろうという意味だ。

そしてIはIncluir(巻き込む)。セラードの開発は、入植してきた資本力のある農家を中心に行われた。先住民族などの小規模農家には、借金や投資もままならず、貧しいままのところも多い。こうした人たちも巻き込んでいくのだという。

だが、小規模農家の資金をどう手当するか、技術の移転をどう進めるかなど、課題は山積みだ。

サンパイオさんは市民団体などとも協力し、小さな農家を支援するための試行錯誤を続けている。「いくら大手の食品企業が『持続可能な調達網をつくっています』と言っても、その同じ地域に持続可能でない農業をする貧しい人たちがいたのでは、本当の意味での持続可能だとは言えません。大事なことは、ある企業だけでなく、地域全体が持続可能になることなのです」