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マクロン大統領を生んだ選挙が残したもの 遠藤乾教授がフランスの「果て」で考えた

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フランス大統領選第1回投票直前のパリ・オペラ街で photo:Kunisue Norito

遠藤乾(北海道大学大学院法学研究科・公共政策大学院教授) パリ中心部、ルーブル美術館の中庭に用意された祝賀会場の大型スクリーンに5月7日夕、フランス大統領選決選投票の勝者エマニュエル・マクロン(39)の姿が映し出された。若者たちが国旗を手に、一斉に歓声を上げる。仏史上最年少大統領の誕生。反「欧州連合」(EU)や移民排斥を掲げた極右「国民戦線」(FN)党首マリーヌ・ルペン(48)は敗退した。 その様子を会場で見守りつつ、「この結果には大きな意味がある」との思いを新たにした。英国のEU離脱決定、米トランプ政権成立と、これだけポピュリズムの風が吹く中でマクロンは多様性を訴え、EUの重要性を主張し、それに人々がついてきたことを示すからだ。ただ、ルペンが前回から得票を大幅に上乗せしたのも事実。今後も、国際政治の中心課題であり続けるだろう。 私は選挙期間中、ルペンが拠点とする仏北部の旧炭鉱町エナンボモン、移民の多い北部ルーベ、製鉄工場の閉鎖で冷え込んだ後にFNが市政を握った町アイアンジュで調査を重ねた。その報告から、今回の選挙が欧州、世界に投げかける問題を考えてもらえればと思う。
遠藤乾・北海道大教授

明るい極右が握る街/エナンボモン

北仏リール近くに位置する人口2万7千ほどの小さな町エナンボモンに、世界中から30社に上るメディアが押しかけたという。無理もない。戦後70年ほど左派が握っていたこの町の市政を、2014年の地方選で国民戦線(FN)が掌握した。法的な住所をこの地に移したFN党首マリーヌ・ルペンは、前回の12年大統領選挙の第1回投票で、2大政党の候補を抑え、地区でトップに立った。汚職に手を染めた社会党市政の敵失にも助けられた形だが、もはやここはFNの町なのだ。

かつての炭鉱町が落ちぶれて、貧困がはびこり、極右が支配するようになった――。そんな物語に押し込めようとすると、たちまち裏切られる。もちろん、構造的な失業や格差などの問題は抱えているが、町なかでは新興ビジネスが育ちつつあり、中産階級もそれなりに残っており、うらぶれた感は薄い。古くからのポーランド系などの移民は定着し、南仏の諸都市などと比べて新しいムスリム(イスラム教徒)の移民は決して多くない。

3月に訪れた際に会ったFNの副市長クリストファ・ジュレックもポーランド系移民の3世だ。31歳と若く、親切で開放的。リール大の法学部時代、少し日本語もかじったようで、片言を話す。高校時代は社会党の青年組織にかかわったが、既成政党同士の党派闘争に飽き飽きし、07年FNに転じた。いまや、FN幹部の市長スティーヴ・ブリオワ(44)の片腕である。

国民戦線のエナンボモン副市長ジュレック Photo: Endo Ken

この3年の市政で、ムスリム移民関係の予算は削ったのか、監視を厳しくするよう方針を変えたのか、といった意地悪な質問をしても、明るい表情は変わらない。多少監視カメラと警官の数は増やしたが、予算を削った事実はなく、モスク建設は予定通り認可されたという。我々の市政は、人々の声を聴くことから始まり、イデオロギーでなく常識で動いている、と語る。

拍子抜けするくらい排外主義のにおいがしないのだ。

エナンボモンのボタ山 photo:Endo Ken

他方、移民はコントロールしなければという。また、イスラム急進主義がフランスの自由・平等・博愛といった価値と相いれないのだと批判的に言及していた。

EUに対しても離脱を口にするが、欧州自体に批判的なわけではない。超国家が支配する現状よりも、主権的な国家が緩やかに協力する形が好ましい、という。

この青年副市長が憎悪と無縁に見えたとすると、街中のカフェで会った老人は静かに――しかし明らかに怒っていた。現在70歳のジョゼ・エブラーは、かつてこの地区の共産党幹部だった。13年FNに転じ、いまはその熱心な運動家だ。

彼によれば、対独レジスタンス期から共産党が掲げていた(はずの)独立と愛国は、いまやFNでしか実現できない。グローバル化とEUはフランスの独立を侵食し、ドイツ主導の緊縮財政の下、特に若者の失業が蔓延(まんえん)する。かつての移民と違い、現在のムスリム移民はフランスのやり方に従わず、29%もの在仏ムスリムがシャリア(イスラム法)に従う。フランスが掲げてきた政教分離には程遠い。既成政党はこうした現状に甘んじており、FNによる変革が必要だということになる。強烈なナショナリズムだが、やはり排外主義の色は薄い。

目の前で起きているのは、FNの脱悪魔化(悪者扱いされた状態からの正常化、大衆化)かもしれない。FNはごく普通の政党として、すでにこの町の政治風景に溶け込んでいた。

大統領選第1回投票の4月23日、エナンボモンを1カ月ぶりに訪れた。ルペンは、開票結果をこの本拠地で見守っていた。結果は、マクロンには及ばなかったものの、2位で決選進出を決めた。

夜8時、その速報がテレビで流れたとき、会場は歓喜に包まれた。長年の支持者と思われる中年女性は、「この瞬間を待ち続けた」と私の目の前で泣き崩れた。あとで話を聞くと、「プレザン」(Present)という極右紙のジャーナリストだという。「マリーヌでないとこの国を立て直せない」と力説していた。

小一時間ほど待つと、マリーヌ本人が現れ、周囲の熱は最高潮に達した。「我々は勝つ」「マリーヌを大統領に」「自分たちは自分たちの国にいる」とコールが続いた。

傷んだ地方都市 ルーベ

エナンボモンから北へ車で45分、ベルギー国境近くのルーベに入ると、街の雰囲気はがらりと変わる。

繊維業で栄え、フランスのマンチェスターと言われた輝かしい過去の栄光を優雅な市庁舎が物語る一方、ここは全仏で最も貧しい町のひとつである。45%もの住民が貧困ラインを下回るなか、犯罪率は全仏平均をはるかに上回る。歩いていておびえるようなことはないが、かばんを握る手がやや硬くなる。

もう一つの特徴は、北仏でも随一といわれる移民とその2世、3世の多さだ。町の中心地で、一見して明らかにムスリムの服装をしている人の割合が増える。

ここで、市役所で長らく移民の統合に携わった女性と話し込んだ。40代後半だろうか。仮にマダム・シューとしておこう。左派政権時代には幹部だったが、いまは求められればアドバイスをする程度で、目立たぬように勤務しているという。したがって匿名が条件だった。

彼女によれば、ルーベは、産業革命以来ずっと移民を受け入れてきた。19世紀の栄華は、目と鼻の先のベルギーから流入した労働者によって支えられたところが大きい。その劣悪な労働・居住環境は、19世紀末には紛争の種となったが、産業家の意識とともに、少しずつ改善が進んでいった。

移民統合の失敗

第2次世界大戦後、状況が改善したベルギーに労働者が帰り、かわりに主にアルジェリア系の移民が入ってきた。市政が左派によって握られる中、経営のトップはリールかパリに移ってしまい、従来の労使協調の推進役を失ったルーベは、再び移民労働者にとって過酷な環境を放置した。

90年代には移民統合の失敗が明瞭に意識された。2世、3世が職にありつけず、ギャング団のようなグループが跋扈(ばっこ)し、治安も悪化した。21世紀に入ると、そこからイスラム急進主義に吸い寄せられ、フランスの諸価値を受け付けない集団が現れる。それに対処する政策資源は、貧しいルーベの市当局にはもはや十分には残されていなかった。パリやリヨンのような大都市にある批判的教養層の存在も希薄だった。移民統合への社会資本は相当に掘り崩されていたのである。

そんな状況の下でも、努力は続けられている。公的資金を入れて学校の放課後や休暇時に若者に市民教育を実施し、批判的考察ができるような映画を見せたり、健全な心身の発育を促すスポーツに誘ったり、といった具合である。それでも結果は限られている。右派の新市政は企業誘致とコスト削減の方に焦点を合わせており、展望は明るいとは言えない。

15年の地方選挙では、決選投票で右派が勝利したが、1回目の投票では極右のFNがトップを占めた。

地方は傷んでいる。

高炉の火が消える アイアンジュ 

それはまるで海底に打ち捨てられた戦艦の残骸のようだった。

フランス北東部モーゼル県のアイアンジュは、ルクセンブルクとドイツ、ベルギーとの国境近くに位置する、人口1万5千ほどの小さな町である。ここで、11年を最後にフロランジュ製鉄工場の高炉から火が消えた。それとともに、この地方を照らしていた灯も消えた。代わりについたのは、FNの松明(たいまつ)である。

火が消えたフロランジュ製鉄工場の高炉 Photo: Endo Ken

20年ほど続いた社会党の市政を奪ったのは、この地方出身のFN幹部ファビアン・アンジェルマン(38)。いまやマリーヌ・ルペンの側近でもあるが、もともとはトロツキスト系団体の活動家だった。この市長にパリから招聘(しょうへい)された広報部長ジョナタン・シャンピオン。まだ29歳のFN活動家である。彼に話を聞いた。

シャンピオンはパリの下町で社会党支持の家庭に育ち、前々回と前回の大統領選では社会党候補に票を投じている。14年までには同党に完全に幻滅し、主張が最も妥当と思えたFNに入党し、運動にかかわっていたところ、現市長の目に留まった。もう家族とは政治の話は一切しないという。

彼にとって鍵となるのは「システム」だ。既成政党はグローバル化・自由化を放置し、ドイツ・モデルのEU支配を許し、移民を無制限に受け入れ、そこにお金を使い、決してフランス人を優先しない、鼻持ちならない既得権益層に映っている。主要政策は、どの既存の政党も変わらない。それは強固な支配構造、すなわち「システム」を形成しており、打破すべき対象となる。

「裏切り」の連鎖

大統領選挙の際に、行き過ぎた自由化とドイツ主導の緊縮財政にストップをかけ、フロランジュ製鉄工場を再開させるとほのめかした当時の大統領オランドは、結局、緊縮経済を続けただけでなく、工場を立て直せなかった。シャンピオンによれば、こうした「裏切り」の連鎖を止め、フランス人を大事にしなければならない。そのためには、EUから離脱し、必要に応じて行う主権国家同士の協力に切り替えるべきだ。移民は制限し、とくにフランスの価値を順守しないムスリムには帰国してもらわねばならない。その分、フランス人の福祉に資源を振り向けることになる。

この頃までに、私はややFNの主張を聞き飽きていたのかもしれない。そこで、現政権への反対を超えて、ローカルな経済を上向かせる自前の具体策は何かと問うた。すると、経済振興は政府の仕事だとし、市役所にできることは限られるという答え。何でもできるとしたら何をするのかと、さらに食い下がると、大企業から税を取り、それを再分配するという。EUから権限を取り戻し、自由になった国家と地方が直接にやり取りすることで、協力しながら必要な政策資源を投下できるようにし、共に発展していくイメージのようだ。

政策的に詰められているのか心もとないとしても、失業や停滞の懸念はリアルである。そうした懸念とFNの伸長が見事にマッチングしている。

これは、地理学者クリストフ・ギュリーが『周辺のフランス──いかにして庶民階級を犠牲にしてきたか』(2015)で述べていることとほぼ軌を一にする。グローバル化に伴う工場移転、移民流入、失業、雇用不安、所得停滞などの現象は、パリやリヨンのようなメトロポールではなく、人口の60%を占める周辺部でひしひしと体感されている。いま起きているのは、その意味で合理的な反乱である。この新手の社会的亀裂を見捨て、忘却してきたことが、現在の政治的なリスクにつながっている。

遠藤乾×国末憲人(GLOBE編集長)

遠藤乾教授(左)と国末憲人GLOBE編集長 Photo: Yamamoto Kazuo

遠藤 今回の選挙には大きな命運がかかっていました。英国のEU離脱、トランプ政権誕生ときて、世論調査でルペンがトップを走るというリアルな文脈があった。そのままルペンが当選したら、EUはもちろん、国際協調というものが決定的なダメージを受けたでしょう。それを何とか土俵際で防いだのです。

国末 そのあたりの危機感が、どうやら市民に共有されていませんね。結局何も起きなかったことで「元々大したことなかった」との意識が支配的です。

遠藤 マクロンについて多くの人があら探しをするのも、その延長でしょう。違う結果だったらどうなっていたかが忘れられている。

国末 今回の主役はやはりルペンですね。

遠藤 ルペンが台頭した背景には、社会に蓄積した停滞感、不安感があります。「自分たちは忘れられている」といった意識も強い。つまり、経済社会的な不平等感と文化的な承認欲求があり、ルペンはその双方を利用したのです。

国末 確かに、物質的な要求だけではありません。「これでいいのか」という屈辱感。そこをルペンが問題にしていた。

国末 極左のメランションもあわや決選進出かというほど支持を伸ばし、20%近く得票しました。ロシアのプーチン政権との連携など非現実的な主張にもかかわらずです。

遠藤 不平等を強調したことで、極右を支持できない若者を引き付けたと思います。本来は社会党支持なのに既成政党に不信感を抱く人々です。

国末 米民主党のサンダース旋風と共通しますね。インテリや学生が支持者の中心で、何らかの不満を表明したい人々。最後はマクロンだとしても、すんなりとは当選させたくない。違う動きを示して、単なる1票でなく色のついた1票を投じたい。

遠藤 その意味では、ルペン支持者の方が真摯(しんし)かもしれません。本気で怒っているのだなあとわかります。

国末 それに比べ、メランション支持者は本当に社会を変えたいのかどうか。

遠藤 変えたいと思っているのは支持者でなく、むしろ彼らを観察するメディアや研究者の側ではないですか。観察者が現状に飽き飽きして、ちゃぶ台返しを期待する。そこに一番の問題がある。デモクラシーは本来、急激な進歩や改良が望めない制度です。より少ない悪を選択するのがせいぜい。飛躍的に良くなることを望むと、判断を間違いかねません。

国末 つまり、民主主義は結構退屈だということですね。ポピュリズム支持の世論の背景には、平凡な日常に退屈して刺激を求める意識があります。硬直した社会を変革する引き金になるとも期待する。でも、EU離脱やトランプ政権を招いて「変化があった」と喜べるかどうか。

遠藤 フランス社会が変革を望むのでなく、その社会を観察する人たちが変化のないことにがっかりしているのでは。「マクロンみたいなのが当選しちゃって」という声の根もそこにある。

マクロンは「欧州のど真ん中」

国末 マクロン批判は根強く、元大統領のサルコジと一緒、という人もいます。庶民の気持ちがわかっていない、と。

遠藤 マクロンはあまりにど真ん中過ぎるがゆえに、その価値が理解されないのではないですか。彼らは、米国的な過度の個人主義もロシア流の権威主義もいやで、労働市場の修正と市民としての尊厳維持の両方を実現しようとする。競争も平等も大事だと考える。それが欧州として当然だと見なす人たちです。面白いものが出てきたと思います。

国末 普通の政治家は、EUが必要だと思っても、批判を恐れて口にしないのですが。

遠藤 EUの重要性に彼は確信を抱いていますね。それはキリスト教左派の価値観に基づいています。個人と社会が対立するのでなく、共同体の中でこそ個人が開花する。そのためには欧州という枠組みが不可欠だ。そう考えています。

国末 それを堂々と主張しますね。

遠藤 誰でも説き伏せられる自信からでしょう。目の前に火星人が来ても説得できると思ってるんじゃないですか。

国末 自信だけはサルコジと似ているなあ。

グローバル化は反転しない

遠藤 そもそも、グローバル化は近代化と同じで、極右や極左が言うほど簡単には反転しないと思うのです。トランプ政権を見ても、言ったことが実現できていない。

1日あたり500兆円の資金が移動する世界で、一国ができることは限られます。グローバル化に背を向けても、貧窮化の道を歩むだけ。となると、今の構図の枠内ですべきことをすべきだが、ほとんど何もしていない。例えば、企業誘致を狙って法人税の減税合戦をお互いにしていたら、どの国も税金を取れなくなってしまう。必要なのは国際協調です。国際協調が強化されないと、国内問題も解決できない。つまり、問題が多いとはいえ、欧州の枠組みを強めることが理性的な「解」なのです。EU重視、独仏協調でグローバル時代のフランスの国内問題に対処しようとするマクロンの政策の成否は、世界史的な意味を持つと思います。

フランスで、国内格差は広がっています。しわ寄せが地方や若年層にきている。一般的にも、先進国の労働者はこの1世代ぐらいのグローバル化で負け組に位置しています。そこに手当てをしない限り、民主主義の回路を使った反乱が起き、選挙や国民投票でポピュリズムが台頭するでしょう。

国末 英国はそれでEU離脱というルビコン川を渡ってしまいました。

遠藤 川岸まで行って戻ろうね、というはずだったのに、ひょいっと渡っちゃった。だから政治は危険なのです。変化を望むのはいいけど、とてつもなく変な変化もあるわけじゃないですか。そこまで考えないと。

国末 英国は川を渡って、仕方ないから後ろを振り向かずに突っ走っている。フランスも今回同じ状態に陥る恐れがあったと思います。

遠藤 なのに、ポピュリズムに対して外部からひそかに喝采している人は多いですね。不満がたまっているからだ、などと逆にマクロンを問題視する。そんな場合じゃないのだけれど。この先もっとひどいのが来るかも。

国末 今回トランプがダメだとわかって目が覚めませんかね。逆に、ポピュリスト政権がうまくいくとロシアのプーチンみたいな権威主義になって、もう笑ってもいられない。

遠藤 もしかすると、10年後に僕らは「トランプなんてまだましだったよな」なんて話をしているかもしれませんね。ファシズムとか、とてつもない権威主義とかが幅を利かせる社会で、声を押し殺して、ひそひそと。