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南米ベネズエラからパリへ 時空を超えて紡がれる家族3代の肖像、運命の軌跡の物語

Bestsellers 世界の書店から 更新日: 公開日:
ミゲル・ボンヌフォワの『Le rêve du jaguar(ジャガーの夢)』
ミゲル・ボンヌフォワの『Le rêve du jaguar(ジャガーの夢)』=関口聡撮影

昨年秋の3大文学賞を振り返ってみると、ゴンクール賞にアルジェリア出身のカメル・ダウド。ルノドー賞にルワンダ人の母を持つブルンジ生まれのガエル・ファイ。そしてフェミナ賞とアカデミー・フランセーズ賞をダブル受賞したミゲル・ボンヌフォワは、ベネズエラ人の母とチリ人の父を持つ。なんとも層の厚いフランス文学界だ。

移民を目の敵にする極右政党がますます勢いを増す政治状況の中、文学界の「今」は、むしろ他国の文化や民族の生命力が流れ込んで、その土壌をいっそう豊かに、実り多いものにしているように思える。

中でもミゲル・ボンヌフォワの『Le rêve du jaguar(ジャガーの夢)』は、貧困や圧政の中にありながら、憑(つ)かれたように目的に向かって邁進(まいしん)してゆく人間たちの燃え立つような生命力が横溢(おういつ)する作品だ。

舞台はベネズエラ湾につながる巨大な塩湖マラカイボ湖の周辺。そこを出発点にパリに至る3世代にわたった家族の肖像が、史実と神話が交歓し合う叙事詩のように、高揚感の高い文体で描かれる。

生まれて3日目、教会の階段に捨てられていたアントニオの章で物語は幕を開ける。赤ん坊はそばで物乞いをしていた女に拾われ、貧困の中を生き延びる。自分で手巻きしたたばこを一本ずつ売りながら。油田の発見がもたらした好機に群がる人々の中で黙々と力仕事をしながら。雑多な人が集まるがゆえに大繁盛する娼家(しょうか)の小僧としてこき使われながら。

愚痴など一切こぼさず、過酷な運命を受け入れ、しかしブーゲンビリアやマンゴーや長い髪の娼婦たちが振りまく甘い香りに包まれて、少年は青年となる。そしてまるでおとぎ話のように、奇想天外な運命をたどって外科医となり、一時は圧政下で逮捕され拷問にさらされるが、晩年には大学を創設し、土地の人たちの敬意を一身に集める名士として生涯を終える。

次の章はその妻となるアナ・マリアの物語。マラカイボが生んだ初の女医。産婦人科医として女性たちのために生涯を捧げ、時に危険を冒して違法の中絶も手がけた人。こう書くと、単なる成功譚(たん)のようだが、そうではない。独裁や革命が繰り返される不安定な国にあって、稀有(けう)な運命を切り開いた医者夫婦のまわりには、いつもどこか奇怪で神話的な人物が跋扈(ばっこ)し、南米が誇る大作家ガルシア・マルケスの世界を彷彿(ほうふつ)とさせる、強烈な魔力を放つ逸話が無数にちりばめられている。

3章では夫婦の間に生まれた娘ベネズエラ、4章ではその息子クリストバルの物語が展開する。ベネズエラはパリに憧れ、マラカイボのしがらみを断ち切って海の向こうの異国へ飛び立って行く。フランスでクリストバルが産声を上げた日、その祖父アントニオは、自分の名を冠することになった道の命名祝典に立ち会う。その道は、生後間もない彼が捨てられていた教会の道だった。

成長したクリストバルは、いや応なしに吸い寄せられるようにして、母の故郷であるベネズエラに向かって、今度は反対方向に海を越える。そして、自分の祖父母たちの生きた軌跡を追う。著者の姿がこの青年に重なるのは言うまでもない。

原初の世界につながる神秘的な力に突き動かされて人は移動し、県境を越え、国境を越える。そこから物語が紡がれてゆく。物語は繰り返され、しかし決して同じではない。幾万の人につながる思いで、読後、静かな歓喜に満たされた。(敬称略)

フランスのベストセラー(フィクション部門)

11月28日付L’Express誌より。

  1. Houris

    Kamel Daoud カメル・ダウド

    アルジェリア出身の著者が今もタブー視される同国内戦の実情をえぐるゴンクール賞受賞作。

  2. Jacaranda

    Gaël Faye ガエル・ファイ

    音楽家でもある作者が母の故郷ルワンダの苦悩に満ちた歴史をさかのぼるルノドー賞受賞作。

  3. 13 à table!

    Collectif 共著

    年末恒例、貧困者に無料で食事を提供するNGOが作家たちに依頼した短編集。

  4. Le rêve du jaguar

    Miguel Bonnefoy ミゲル・ボンヌフォワ

    ベネズエラの母方の家系の記憶をたぐりながら編み上げられた幻想的な物語。

  5. Post mortem

    Olivier Tournut オリヴィエ・トゥルニュ

    残酷な殺人事件の裏に広がるアート贋作(がんさく)密売網。2025年のパリ警視庁推理小説賞を受賞。

  6. Tata

    Valérie Perrin ヴァレリー・ペラン

    おばの死の通知が届く。そのおばは、3年前に埋葬されていたはず。姪が謎を追う。

  7. Les Guerriers de l’hiver

    Olivier Norek オリヴィエ・ノレック

    1939年冬、ソ連の侵攻に抗う小国フィンランド。歴史に埋もれた戦いを描く。

  8. Prime time 

    Maxime Chattamマクシム・チャタム

    著名ニュースキャスターが生放送番組で人質に取られる。人気作家のスリラーもの。

  9. Secret Santa

    Sophie Jomain  ソフィ・ジョマン

    クリスマスを待ちながら1日1章、ページを切り開いて読むコンセプトの小説。

  10. La femme de ménage voit tout

    Freida McFaddenフレイダ・マックファデン

    医者でもある 米作家によるスリラー小説。家政婦ものシリーズの最新作。