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ロシアのプーチン大統領を権力者にした黒幕、想像の人物描いた小説がフランスで注目 

Bestsellers 世界の書店から 更新日: 公開日:
『Le Mage du Kremlin(クレムリンの魔術師)』
『Le Mage du Kremlin(クレムリンの魔術師)』=山本正樹撮影

プーチン氏に「演出家」がいた?

フランスのこの冬は寒い。公共施設でも企業でも家庭でも、暖房は19度までに制限され、みなセーターやひざかけを重ねてしのいでいる。パリなど大都市のモニュメントの美しいライトアップや広告も早めに消され、電気消費を少しでも抑える努力がなされている。

ウクライナ情勢を受けて、ロシアの天然ガス供給がストップしてしまったことが大きな原因の一つ。国内では原子力発電所の多くが修理中という事情もある。

気温が下がり、暖房による電気消費量が跳ね上がる場合は、時間と場所を限って電気供給を止める可能性もあるというのだから、事態は深刻だ。

しかし、それこそ電気も水もない生活を厳冬下で強いられているウクライナの人たちを思えばなんのその。節約を合言葉にこの冬を乗り切るしかない。

そんな中、春に刊行されて以来、売り上げを伸ばし続けてきたのが、本書『Le Mage du Kremlin(クレムリンの魔術師)』である。

賞を狙った作品ではなかっただろうが、秋にアカデミー・フランセーズ賞を授与され、最も権威ある文学賞、ゴンクール賞でも最終候補に残った力作である。

世界中のだれもが、ウクライナ侵攻の手綱をいっこうにゆるめようとしないプーチン大統領の頭の中をこっそりのぞいてみたいと思っているはず。

この小説は、ロシアにおける権力のあり方を俯瞰(ふかん)するまたとない機会を読者に提供してくれる。

作者ジュリアーノ・ダ・エンポリはフランス生まれでスイスとイタリアの国籍も併せ持つジャーナリスト。イタリアで政治顧問を務めた経験もあり、政治に関わるエッセーを多数発表してきた。フィクションに取り組んだのは本書が初めてだ。

「クレムリンの魔術師」と言われた男、ヴァディム・バラノフが主人公。実在の人物にインスピレーションを受けているものの、あくまで著者の想像のたまものである。共産主義を嫌い文学を愛した祖父に反発するかのようにソ連邦に忠実に勤め上げた官僚の父を持つ。

演劇を志していたが、マフィアと結びついたオリガルヒ(新興財閥)が跋扈(ばっこ)する混沌たる1990年代、テレビ番組のプロデューサーとして活躍するようになる。

オリガルヒのひとりでテレビ局を牛耳るベレゾフスキーは、エリツィン大統領の後継にプーチンを据えようと画策し、プーチンにヴァディムを紹介する。以後、ヴァディムはプーチンの陰の「演出家」としてプーチンを権力の頂点に押し上げ、権力の集中化の実現に貢献する。

ヴァディムの視線を通して、彼が「ツァー」と呼ぶプーチンの実像に迫ってゆく著者の筆力はみごとである。「ツァー」は、エリツィンのような民衆にすり寄る水平方向の権力ではなく、垂直方向の権力を目指した。

ロシアにとって西欧のまね事は無意味とし、民衆が今に引きずる労働、闘い、耐乏といった価値観をうまくすくいとって、強い統率力で民衆に大国としての誇りを取り戻させる。

政治劇は、ゲームとしてとらえる限りは面白い。しかし、しょせんヴァディムは、権力の中枢に長居できるほど固い鎧(よろい)に覆われた魂の持ち主ではなかったようだ……。

国家を脅かすオリガルヒや権力に盾突く者の粛清、チェチェン紛争、ウクライナの内戦、ソチ冬季オリンピックなど、実際の出来事を軸に「ツァー」がそれぞれの局面でどう考えどう決断を下すか、読者は主人公と共に権力の迷宮をさまようことになる。

同時に、西欧的なアプローチが力を持たないロシアという国の特異性に、かすかな戦慄(せんりつ)を覚えずにはいられないだろう。

フランスのベストセラー(フィクション部門)

2022年12月1日付 L’Express誌より
『 』内の書名は邦題(出版社)

 Vivre vite
Brigitte Giraud ブリジット・ジロー
ゴンクール賞受賞作。事故で逝った夫の死を細部にわたり回想、反芻(はんすう)する。

 Fils de personne
Jean-François Pasques ジャンフランソワ・パスク
自ら捜査官だった著者が描く、出生の秘密をめぐる奥行きある刑事物。

 Le Mage du Kremlin
Giuliano Da Empoli ジュリアーノ・ダ・エンポリ
『クレムリンの魔術師』(白水社)
プーチンを政治の表舞台に押し出した男。ロシア政治のカラクリを描く。

 13 à table !
Collectif 共著
貧困者層への食事配布に貢献するため毎年発刊される作家13人の短編集。

 Blanc
Sylvain Tesson シルヴァン・テソン
冒険作家が4年間にわたり山岳ガイドとともにスキーでアルプスを行く。

 Angélique
Guillaume Musso ギヨーム・ミュッソ
仏随一のベストセラー作家。元警察官と母の死の謎を追う女性の物語。

 Captive (t.1)
Sarah Rivens サラ・リヴェンス
ソーシャルメディアで発表され若者に大人気を博したシリーズ小説。

 Gardiens des cités perdues (t. IX)
Shannon Messenger シャノン・メッセンジャー
別世界の超能力を備えたソフィーが主人公の米作家によるファンタジー第9巻。

 Captive (t.1.5) Perfectly Wrong
Sarah Rivens 
サラ・リヴェンス
犯罪組織の陰で愛憎絡み合う、男たちと「とらわれの女」をめぐる物語。

10 La Constance du prédateur
Maxime Chattam マクシム・シャタム
奇怪な大量殺人事件の犯人の心理の謎に迫るスリラー小説。