『三銃士』の悪女、本当の姿は? エピソード掘り下げて再構築 ルノドー賞受賞作
妖艶(ようえん)な悪女というのは、古くから物語に欠かせない存在だ。冒険活劇小説の古典、アレクサンドル・デュマの『三銃士』(1844年)に登場するミレディは、その最たるもの。彼女はリシュリュー卿の女スパイとして活躍し、男たちを手玉に取って、時に人を殺(あや)めることも辞さなかった。最後は主人公ダルタニャンをはじめ、復讐(ふくしゅう)心に燃えた男たちに罪状を並べ立てられ、無残にも私刑という形で斬首されてしまう。
『Je voulais vivre(私は生きたかった)』の作者アデライド・ド・クレルモントネールも、少女時代に銃士たちの活躍に心躍らせたひとりだった。少女が自分の姿を重ねたのは、もちろん悪女ミレディではなくて、ダルタニャンが恋心を寄せる純真なコンスタンスの方(王妃に仕えていた彼女もミレディに殺害される)。だが、大人になってから、作者の心に沸々と疑問が頭をもたげてきた。いくつも名前を持つあの奸計(かんけい)に長(た)けたミレディ、肩に投獄者や娼婦(しょうふ)の印であるユリの烙印(らくいん)があり、それを隠しつつ伯爵夫人の座にまで上りつめたミレディ、本当はどんな女性だったのだろう。
作者は、文豪デュマが男同士の友情やアクション優先で、描き込もうとしなかったミレディの生い立ちや心の内に想像の羽を広げ、原作のエピソードを一つひとつ掘り下げ、彼女にかかわった人たちの様々な視点を交差させ、ミレディの生涯を再構築した。
時代背景はルイ13世の治世。なかなか子宝に恵まれなかった王の周辺には陰謀が渦巻いていた。デュマは実在の人物を巧みに織り込みつつ、波瀾(はらん)万丈の活劇を仕立て上げたが、そこはしょせん男の世界。描くのは男の視点。ましてや舞台となる17世紀は、女性の権利など存在しないも同然の時代だ。女性が男性の欲望の餌食になっても、だれも助けてはくれない。夫に従うか、娼婦になるか、修道院に入るか。ミレディのように、才気煥発(かんぱつ)で剣や馬に長(た)け、しかも独立心旺盛な娘は異端児であるしかない。
さて、ド・クレルモントネールの描くミレディは6歳ごろに孤児となる。夫に先立たれ、男性の後ろ盾を失った母は、財産を狙う親戚に目の前で陵辱され殺害された。
老司祭に保護されたミレディは、幼い心に復讐心を秘めて、それでも心ある人たちの愛情を受けてたくましく育つ。だが、司祭がこの世を去った後は、預けられた先の修道院で院長からいわれなき虐待を受ける。そしてまだほんの13歳くらいの時、新たな後見人となった若い司祭を信用し、修道院を脱走。原作では彼女が司祭を誘惑して逃げたことになっている。実は、司祭はとんでもない俗物で、老司祭がミレディに残した財産を使い込み、しかもまだ幼い彼女を犯して恥じなかった。時代が今なら未成年に対する性犯罪だ。
このエピソードはほんの一例で、彼女は生き延びるために必死で闘うのだが、彼女の意思はいつも裏切られる。欲望や野心の対象となるがゆえに罠(わな)に落ち、その知性や体を利用されながら、それでも時に心から愛し、暗い過去を隠すがゆえに恨みと憎しみを買い、次第に毒婦に仕立て上げられてゆく。その過程が、後悔に駆られるダルタニャンの晩年の語りを軸に明らかにされる。
大作家デュマの『三銃士』が「正史」だとしたら、この作品はひとつの「野史」。作者はミレディを聖女に仕立て直すことなく、うそも後悔も煩悶(はんもん)も抱えた、厚みのあるひとりの女性として描くことに成功している。
2025年11月27日付L’Express誌より 『 』内の書名は邦題(出版社)
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『三銃士』に登場する悪女ミレディを別の視点で描き再生させたルノドー賞受賞作。
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