セネガル出身の作家ダヴィッド・ディオップによる『Frère d'âme(魂の兄弟)』は第1次世界大戦、独仏軍間の塹壕戦を舞台とする。昨秋には大戦終結100周年式典がパリで行われた。作者は、戦争に駆り出された青年らの書簡集が作品の発端になったと語っている。
フランスのため戦ったのはフランス人だけではない。当時植民地だったセネガルからは13万人以上が駆り出されたという。だが、セネガル人が書き残した書簡は現存しない。ならば自分がと、ディオップは、戦争の狂気にからめとられていったセネガル青年アルファの心理を、独特な一人称で描いた。その文体は語り部の口調のようでもあり、呪文のようでもあり、フランス語で書かれながら、フランス語を話さない主人公の母語ウォロフ語のリズムを奏でる。
冒頭から、読者は独仏軍が対峙する、泥と血と肉片の混じり合ったノーマンズランドの地に放り込まれる。アルファは、「兄弟以上の兄弟」だったマデンバのはらわたを搔き集めながらその最期につき添い、とどめを刺してくれという彼の懇願を拒否し続けた。その悲嘆と罪悪感から、アルファは復讐の鬼と化す。毎晩ひとり、青い目のドイツ兵の腹を掻っ切り、その手を切り落として塹壕に持ち帰る。アルファの蛮勇を賞賛していた戦友たちも、しだいに彼を恐れ、目さえ合わせなくなる。七つ目の手を持ち帰った時、とうとう彼は、戦争にあっても度を過ぎる残虐行為に突き進む「厄介者」として、前線を強制的に離れさせられる。
地方の医療施設に収容されたアルファが回想する、セネガルでの子ども時代の描写は、転じて甘やかで美しい。別の部族に誘拐された母への思慕、父の教え、マデンバとの友情や一度きりの性愛の思い出に、読者も主人公とともに浄化されてゆく。
服従と自由、残虐性と人間性という戦争文学の永遠の問いはもちろん、赦しはあるのか、肉体の内と外、生と死、他者と自己という隔たりは超えられるのか、などさまざまな問いかけは、最後に神話的な広がりさえ見せる。本書は様々な文学賞にノミネートされ、「高校生が選ぶゴンクール賞」を受賞した。若者の心を掴んだのは、本書が友情の物語、魂の交合の物語でもあるからだろう。
■底辺の町であがくティーンエイジャーたち
昨年の秋、栄誉あるゴンクール賞を受賞したのが、ニコラ・マチュー(40)の長編2作目にあたる『Leurs enfants après eux(彼らに続く子どもたち)』)だ。
昨年11月から12月にかけてフランス全土を揺るがした「黄色いベスト運動」参加者たちには、地方や都市周辺部の低所得者層が多い。日本よりずっとピラミッド型の社会であるフランスにあって、エリート層と底辺の人々の間、また中央と地方の間の亀裂を露わにしたあの運動に、本書の主人公の若者たちが参加していたとしてもおかしくないと思った。
舞台は1990年代、ドイツ国境に近いロレーヌ地方の谷間の町。その地方のシンボルだった溶鉱炉の火はすでに消え、安普請の一戸建てが並ぶ錆びついた町に、将来の展望はない。おとなたちは失業と生活苦に喘ぎ、半ば人生を諦めている。子ども時代から脱皮しようとする14歳のアントニーとその友人たちは、そんな社会環境の中でどのように成長してゆくのか。
作者もまたそのような町で育った。4回めぐり来る夏の光を通して、若者たちの姿が克明にも繊細に、その階層の言葉遣いの強烈なニュアンスを操って、躍動感たっぷりに描かれる。いまも変わらぬ社会状況の暗い側面を描きながら、子ども時代を脱皮しようともがくティーンエイジャーたちの迷いや希望、失敗や愚行の数々は、まぶしいほどの輝きを放っている。
■抑圧的な父と闘う少女
『La Vraie vie(本当の人生)』は、36歳のベルギー人、アドリンヌ・デュードネによる初めての長編作品。ゴンクール賞にもノミネートされ、フナック賞をはじめ数々の賞を受賞した。パンチのある筆力と物語展開の斬新さが驚きを呼び、出版界に新風を吹き込んだ。
この作品もまた、一戸建てが並ぶ地方の町を舞台にしている。一種の成長物語である点も共通している。
だが、スタイルはまったくちがう。「家には四つの寝室があった。私の部屋、弟ジルの部屋、両親の部屋、そして屍の部屋」と、物語は始まる。屍とは、父親が情熱を傾ける狩猟の獲物たちの剥製だ。この男が内に抱える残忍さは、時に妻に向かって爆発する。だが、主人公の10歳の少女には、夫の暴力にひれ伏すだけの母親を救う術はない。愛する弟ジルだけは父の歯牙から救いたい。しかし、ジルはある事故をきっかけに、剥製のハイエナの悪霊に取り憑かれたかのように、感情が動かなくなってしまう。少女はあらゆる手段を講じて、時を遡り、弟に「本当の人生」をやり直させたいと切望する。
グロテスクでいて情感にあふれ、現実的でシュール、恐ろしくも無垢、社会性があり、しかも御伽話的。ひとつのサスペンスとしても読める。母のような犠牲者でも父のような加害者でもなく、もうひとつの道、自分自身であることを模索する、少女の闘いの物語とも言える。
フランスのベストセラー
フィクション部門11月28日付L’Express誌より 『 』内の書名は邦題(出版社)
1 Leurs enfants après eux
Nicolas Mathieu ニコラ・マチュー
仏社会の底辺でもがく10代の詳細な肖像。2018年ゴンクール賞受賞作
2 Le Lambeau
Philippe Lançon フィリップ・ランソン
2015年のシャルリー・エブド襲撃事件。生き残った作者の渾身の証言
3 13 à table! Des écrivains s'engagent
Collectif 共著
貧困層に食事を届ける団体「心のレストラン」支援のために書かれた短編集
4 Frère d'âme
David Diop ダヴィッド・ディオップ
独仏戦で親友を失い復讐の鬼と化したセネガル青年。斬新な視点で戦争を問う
5 Gardiens des cités perdues (t.VII). Réminiscences
Shannon Messenger シャノン・メッセンジャー
米作家による世界的ベストセラー、超能力をもつ少女の 冒険シリーズ7巻目
6 Le Signal
Maxime Chattam マクシム・ シャタム
仏を代表する若手スリラー作家による北米を舞台にした新作。
7 Je te promets la liberté
Laurent Gounelle ロラン・グネル
解雇や離婚などの不幸を乗り越えて幸せになるための鍵がちりばめられた物語
8 Le meutre du Commendeur(t.II) Une idée apparaît
『騎士団長殺し第2部 遷ろうメタファー編』(新潮社)
Haruki Murakami 村上春樹
肖像画家を主人公に、『騎士団長殺し』という日本画をめぐる物語の第2部。
9 La Vraie Vie
Adeline Dieudonné アドリンヌ・デュードネ
暴力に支配された家庭で、耐え難き現実に10歳の少女はどう立ち向かうのか
10 Avec toutes mes sympathies
Olivia de Lamberterie オリヴィア・ド・ランベルトゥリ
自ら命を絶った最愛の弟の、輝かしい生の軌跡を蘇らせようとする試み