1. HOME
  2. Learning
  3. 急流で支え合う主人公たち 政治が揺れ動く韓国に生きる若者たちが共鳴

急流で支え合う主人公たち 政治が揺れ動く韓国に生きる若者たちが共鳴

Bestsellers 世界の書店から 更新日: 公開日:
チョン・デゴンの「急流」=2025年4月、関口聡撮影
チョン・デゴンの「急流」=2025年4月、関口聡撮影

昨年12月の戒厳令宣布から、大統領罷免(ひめん)までの4カ月間、韓国社会は沈滞した。政治の混乱、市場経済の低迷や物価高が、人々の暮らしや心を圧迫した。そんな閉塞(へいそく)の時期、10~20代を中心に読まれたのが、小説『急流』だ。チョン・デゴンは20代から映画監督として活躍した39歳。2020年に初の小説を発表し、これが2作目の長編だ。

ソウルから田舎に転校してきた男子高校生ヘソルは、渓流で溺れかけ、女子高生トダムの父に命を救われた。急流に飛び込みヘソルに手をさしのべたトダムも、あやうく溺れそうに。安易な救命行為は命取りになると、トダムは父から諭される。トダムの父は、水の事故や火災の現場で、幾度も人命を救助してきたベテラン消防士だ。

幼いころ父を亡くしたヘソルは、たくましいトダムの父にあこがれる。同時に、トダムとヘソルは互いに引かれ合う。しかし、トダムの父とヘソルの母が一緒に車に乗っていたのを見たという同級生の言葉に、トダムはショックを受ける。

家族仲もよく自慢の父がなぜ、人目を忍んでヘソルの母と会っていたのか。逆上したトダムは父の携帯電話の着信メッセージを盗み読み、深夜、ヘソルとともに密会現場へ向かう。山奥の滝のほとりで、消防用の強力なサーチライトに照らし出された2人の親たちの驚き。身を隠そうと水に飛び込んだヘソルの母は、滝つぼの渦に巻き込まれ、助けようとしたトダムの父も急流にのまれてしまう。翌日、溺死(できし)体が引き上げられ、村は大騒ぎになる。

半裸の水死体にびっしりと巻き貝が巣くった衝撃的な冒頭が、主人公たちの不穏な未来を予見させる。激しく流れる水の音、悲鳴や怒声まで耳に響いてくるような迫真の描写。映像表現にたけた作家のみごとな手腕だ。チョンはかつて兵役で、2年余りを消防署で服務したという。

周囲の力で引き裂かれた10代の恋。20代の大学生になった主人公はそれぞれ、悪夢のような過去を忘れるためにもがいた。トダムは日々を酒に溺れて過ごし、ヘソルは自らを厳しく律して、学業とアルバイトに専念する。

偶然再会した2人は、互いの絶望と孤独を埋めるように愛し合うが、自己破壊と自己統制という逆方向から、衝突する。2人でカナダに移民しようとヘソルは言うが、トダムは応じない。

「トダムにとって愛は、急流のように危険なものだった。愛とは流され、すべてを失わせてしまうもの。人はなぜ、愛に『溺れる』と言うのか。溺れることから抜け出さなければと、トダムは考えた」。トダムの母によって、2人は再び引き裂かれる。

トダムが理学療法士として勤務する病院に、炎に包まれた住宅から幼い子どもを救い出したヘソルが運び込まれた。弱々しかったヘソルは、たくましい消防士になっていた。30代の2人にはすでに、それぞれ大切に思う人がいた。

危険を顧みず事故現場に飛び込むヘソルを、恋人はなじる。なぜ他人の命を救い、自分の命を粗末にするのか、と。しかし、かつて自傷行為を繰り返し、アルコールに依存していたトダムは、自らを罰しようとするヘソルの心が、痛いほど理解できる。

愛に溺れるのではなく、燃え尽きるのでもなく、ただ慈しむようにヘソルを愛したい。この先どんな困難があろうとも、二度とヘソルとは別れないと、トダムは誓う。

過酷な現実に溺れないよう、救命具のように互いを支え合う傷ついた主人公たち。その姿に共鳴する若い読者もまた、急流のごとく揺れ動く、大韓民国を生きている。

韓国のベストセラー

 2025年3月第5週 教保文庫(総合)

 『 』内の書名は邦題(出版社)

  1. 듀얼 브레인(DUAL BRAIN)

    『これからのAI、正しい付き合い方と使い方 「共同知能」と共生するためのヒント』(KADOKAWA)

    イーサン・モリック

    人工知能の大家による、AI時代を生き抜く必読書。

  2. 모순 矛盾

    양귀자  ヤン・クィジャ

    1998年に出版された小説。母と叔母の矛盾に満ちた人生の物語。

  3. 소년이 온다 『少年が来る』(クオン)

    한강 ハン・ガン

    民主化を求める市民と軍が戒厳令の下で衝突した光州事件を描いた。

  4. 사카모토 데이즈 20 : 보금자리 『SAKAMOTO DAYS』20巻(集英社)

    Yuto Suzuki   鈴木祐斗

    「少年ジャンプ」連載中のアクションコメディー漫画が韓国でも人気。

  5.  스토너(STONER)『ストーナー』(作品社)

    존 윌리엄스(John Edward Williams)  ジョン・ウィリアムズ

    1965年にアメリカで刊行された小説が、今世界中で売れている。

  6. 초역 부처의 말  『超訳 ブッダの言葉』(ディスカヴァー・ トゥエンティワン)

    코이케 류노스케 小池龍之介

    日本で人気の僧が解釈したブッダの言葉が、韓国の読者の心に響く。

  7. 내면소통 명상수업 内面疎通 瞑想授業

    김주환 キム・ジュファン

    不安や怒りをなだめ、心の筋肉を育てる瞑想(めいそう)の仕方をガイドする。

  8. 아무도 아프지 않은 세상 だれも病まない世の中

    라정찬 ラ・ジョンチャン

    幹細胞治療の世界的権威による疾病から解き放たれる再生医療。

  9. 급류 急流

    정대건  チョン・デゴン

    過酷な記憶にあらがいながら、荒波を乗り越えてゆく若者を描いた小説。

  10. 채식주의자 『菜食主義者』(クオン)

    한강  ハン・ガン

    菜食主義の女性を通して見た、韓国社会の生きづらさ。