年に2度、韓国の大型連休は旧暦でやってくる。今年は9月末が秋夕(チュソク=仲秋)で、6連休だった。その時期、各書店でベストセラーにおどり出たのが『今日も前進中です』だ。
「私の名前はチョ・ミンです」と始まる。2匹の猫とともに、自立して暮らす32歳の女性のエッセーが、なぜ注目を集めるのか。
実は、著者は「タマネギ男」の異名で日本でも名の知れた、曺国(チョグク)元法相の娘なのだ。
父は前大統領の側近だったが、著者らの不正入学などに絡んで12の罪で在宅起訴され、ソウル大学教授の職を罷免(ひめん)された。自身の不正入試問題で母は収監(この秋夕の休暇前に仮釈放)された。裁判中の自身も不正入試の共犯として起訴され、大学と大学院の学歴が取り消された。
父が4年前に法相に任命されて以来、一家の動向は世間の耳目を集めてきた。
医師の国家試験に合格して働いていたチョ・ミンは、起訴後、医師免許を返還した。さぞや傷心の日々を送っているかと思いきや、最近、ユーチューバーとして活躍中なのだという。
初のエッセーは発売直後に1位を記録。父の最新エッセーは3位。「お父さん、ごめんなさい」とユーチューブで語った。
「医師の国家試験を受けたとき、マスコミは試験会場にまで押しかけた。この先、医師免許が取り消されるかもしれないが、私は今を諦めたくなかった。過去にとらわれず、未来を憂うことなく、自分のできることをやる。流した涙と汗は、決して自分を裏切らないと信じている」
医者になることは、幼いころからの夢だった。「大切な夢を不当に放棄させられて、茫然(ぼうぜん)とするかと思いきや、むしろ狭かった視野が広がり、やりたいことが見えてきた」
政治家の娘として、賢くかわいらしくふるまえという周囲の助言を、チョ・ミンは聞き入れない。高価なブランドバッグを持って裁判所に出かけ、マスコミにたたかれても、「これは自分の稼ぎで買ったもの」と意に介さない。
そのメンタルの強さはどこから来るのか。本書の中の曺家のたたずまいから、読者はその理由を想像する。
両親それぞれ、自身の学業のために単身で留学したり、子連れで海外生活を経験した。家でも家族そろった食事は珍しく、幼いころから親は、子どものすることに口をはさまなかった。とくに父は慶尚道(キョンサンド)の男特有の素っ気なさで、口数も少なかったという。
世間の目は、もちろん怖かった。SNSのアカウントを開き、ユーチューブを始めるときも、深く悩んだ。彼女の一挙手一投足に、マスコミもSNSユーザーらも敏感に反応し、あることないこと書かれるのが常だから。「それでも私は、自由が制約されたことはない。自由を制限するのは、社会ではなく自分自身だ」
非難されても逃げない。「むしろ堂々と世の中に出ようと決めてからは、家庭にも自分にも、新しい空気が流れ始めた。回復の過程が始まったのだ」
表紙の絵も、本人が描いた。波の中を大海原に向かって、両手を広げ一歩一歩進む赤い水着の女の子。「立ち向かうべき波を避けずに生きる」という、著者の強い意志を表している。
友人と旅行に出かけたり、外食やショッピングを楽しんだりする姿を配信するチョ・ミンのユーチューブは、フォロワー数がすでに35万人を突破している。
長い秋の連休に、父娘の本をセットで購入したという読者も多かった。本書では一貫して、「だれの娘」というレッテルは貼られたくないと主張するが、曺国の娘だからこその注目度に違いなかろう。この現象が、今後の韓国社会にどんな影響をもたらすか。それが無性に気になる。
韓国のベストセラー
2023年9月第4週 アラジン(総合)
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오늘도 나아가는 중입니다 今日も前進中です
조민 チョ・ミン
曺国(チョグク)元法相の娘の初エッセー。刊行と同時に、父の著作を抜いて1位に。
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도시와 그 불확실한 벽 『街とその不確かな壁』 (新潮社)
무라카미 하루키 村上春樹
6年ぶりの新作長編小説を、韓国の読者も待ちわびていた。
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디케의 눈물 ディケーの涙
조국 曺国
正義の女神も嘆く。法を権力に利用しているとして、尹(ユン)政権を痛烈に批判。
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퓨처 셀프 フューチャーセルフ
벤저민 하디 (Benjamin Hardy) ベンジャミン・ハーディ
未来の自分はどうあるのか。現在の行動が未来を変えると説く自己啓発書。
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도둑맞은 집중력 盗まれた集中力
요한 하리 (Johann Hari) ヨハン・ハリ
デジタル機器の多用をあおるシリコンバレーの陰謀。集中力を取り戻せ。
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세이노의 가르침 セイノーの教え
세이노(SayNo) セイノー
既成概念に「ノー」と言おう。どん底からはい上がった資産家の処世術。
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단 한 사람 たった一人だけ
최진영 チェ・ジニョン
樹の寿命と人の生の刹那(せつな)。一人しか救えない悪夢に苦しむ女たちを描く小説。
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서사의 위기 叙事の危機
한병철 (Byung-Chul Han) ハン・ビョンチョル
アップデートを強要される情報過多社会の中で、叙事の重要性を説いた評論。
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원피스 106 『ワンピース』106巻 (集英社)
오다 에이치로 尾田栄一郎
世界中で愛されている少年マンガの最新巻。
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새벽의 연화 40 『暁のヨナ』40巻 (白泉社)
미즈호 쿠사나기 草凪みずほ
「花とゆめ」に連載中のファンタジーマンガが、世界を熱狂させている。