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BTSのSNS投稿で注目 読者に思考の転換を促す、現代美術家のエッセー集

Bestsellers 世界の書店から
相場郁朗撮影

不可思議な形状の現代美術を鑑賞しながら、これを作り出した人の頭の中をのぞいてみたいと思うことがある。安奎哲(アンギュチョル)の『事物の後ろ姿』は、その渇望に応えてくれるエッセーだ。

美術雑誌の記者を経て、ドイツのシュツットガルト国立美術学校に留学。帰国後は美術大学で教壇に立ち、彫刻、ドローイング、インスタレーションなど、幅広い作品を発表してきた。日本でも作品展の経験がある。

書くことにも長けた人だ。月刊「現代文学」で11年にわたって連載を続けた散文をまとめ、本書が3作目となる。凝縮された思考が簡潔な文体でつづられ、ページごとの挿絵も楽しい。

制作に励む沈黙の中で、芸術家はとめどなく対話を続けている。絵を描きながら、木を削りながら、素材と対話し、頭と手が対話し、右手と左手が対話する。その対話がふと途切れ、「天使が通り過ぎたとき」、事物はまったく別の姿となって迫ってくると言う。

木々や小鳥の所作にも深く思いを巡らす。その観点が、読者に思考の転換を促す。

私たちが使う日用品は、どれもツルツルし、ピカピカしている。考えてみよう。角が丸くて滑らかな表面を生み出すために、工場では昼夜を問わず研磨作業が行われ、膨大な量の埃(ほこり)が生産されている、と。

「ところかまわず出没する微細な埃の正体は、結局、事物の表面から落ちてあてどなく世をさすらう、事物の幽霊なのだ」

大気汚染を憂う前に、ざらざらで素朴なものを自らの手でゆっくりと滑らかにする法を学ぶべきだと示唆する。

「終日、コロナ速報を聞きながら、全世界が一つの網の上で揺れ、崩れてゆく姿を見ながら、ふとピラミッドを作った人々の時間を思った。その沈黙の記念碑を思い浮かべながら、私にもピラミッドのような崩れないもの、沈黙と待機の中で、揺るがずにその場所を守るものはあるのかと自問する」

省察を促す滋養の書。地味な装丁で、書店にあっても見落としそうだが、人気グループBTSのメンバーがSNSで紹介し、注目を集めている。

■書店にも政治の季節が

書店の平積みの棚に、政治家たちの著作が目立つようになってきた。来年3月の次期大統領選挙を見据えて、候補者たちが自己アピールに力を入れ始めたのだ。熱き政治の季節の到来を感じる。

中でも一番の話題は、5月第5週の各書店の集計で1位に躍り出た、『曺国(チョグク)の時間』だ。書店に並んだとたん品切れが相次ぎ、ネットで予約してもなかなか入手できない状態が続いた。

この本を求めて近所の書店に出かけると、面識のある初老の男性が詩集を選んでいた。若いころは文学少年だったと、はにかみながら私に言う。

ところが私が店長に、曺の本はまだ届かないのかと尋ねたとたん、穏やかだったその男性が、急に声を荒らげた。「そんな本は読む必要ない。あなたはなぜ、そんな人間の書いた本が読みたいのか」と。

読みたい人と読みたくない人が、見事に分かれている。民心の二極化を象徴するかのような現象だ。それでも、この本は1位だ。刊行1週間で、15万部を突破したという。いくら反対されても、私は読まずにはいられない。刊行から10日たって、ようやくソウル市内の大型書店で本書を求めた。

曺は「タマネギ男」の異名で、日本のお茶の間まで賑わした。2019年8月、法務部長官(法相)に指名されるや、不正な資金運用や不動産売買、娘の不正入試など、家族ぐるみの疑惑が次々と浮上したことから、そう呼ばれた。9月に任命され10月に辞職。たった5週間の長官だった。

妻は曺が長官に任命される直前に私文書偽造で起訴され、懲役刑を受けて収監中。曺も共犯として起訴されており、現在係争中だ。

長官職を辞してからは、事実上の幽閉状態だったという。突然見知らぬ人から悪口を浴びせられることもあり、誰かと会って迷惑をかけてはいけないと、外出を自粛した。一人部屋にこもり、本書を書いた。「家族の血にペンを浸して、書き綴る心情」で。

2年ほど前の「曺国事態」を思い起こすと、不正だ腐敗だと騒ぎ立てる報道ばかりが私の記憶に残っている。対国民謝罪文まで発表するような人を、なぜ文大統領は長官として推すのか、なぜ曺はその座にしがみつこうとするのか。加えて「曺国守護」を叫んでデモを行う人々が少なからずいることも、不可解だった。

受験生の子を持つ知り合いが、曺の娘の不正入試を、唇を震わせてののしる姿も覚えている。「金のスプーン」をくわえて生まれた曺の娘は、奨学金までもらっていた。絵に描いたような不公平の構図に、どれほど多くの韓国民がこの社会を恨み、怒り、失望したことだろう。

政権へのダメージが予測できたにもかかわらず、文大統領や曺が目指したものは何だったのか。それが本書で詳しく述べられている。

曺は1993年に国家保安法違反で拘束された経験もある、いわゆる「江南(カンナム)左派」の代表走者だった。富裕層の住むソウルの漢江(ハンガン)の南に暮らし、米カリフォルニア大学バークレー校で博士号を取得。ソウル大学法科大学院の教授となり、2017年に文政権が発足すると、民情首席(大統領室の重鎮として、法律問題の補佐を担当)として抜擢され、検察改革に取り組んだ。

韓国の検察は、権威主義的な体制守護の尖兵であり、民主化運動家らを弾圧し、大統領にも統制できない怪物のような組織である。検察の持つ捜査権と起訴権を分離し、起訴権と補充的な捜査権だけを保有するよう改革することこそ、政治的な民主化制度の仕上げなのだと、曺は解説する。

もちろん検察側が、それに黙っているわけはない。改革の旗手である曺への熾烈な攻撃が始まった。検察と癒着するマスコミに曺の疑惑を次々とリークし、連日の大報道となったのだ。

「2020年末までに累積した曺国の記事は100万件以上になる。朴槿恵(パククネ)前大統領の政治スキャンダルの中心人物とされる崔順実(チェスンシル)関連記事の10倍以上だ。国政壟断事件でもなく、単に一家庭の問題にもかかわらず、保守・極右マスコミの過多な歪曲・偏向報道は、ほとんどテロの水準だった」という、オスロ大学パク・ノジャ教授のフェイスブック(2021年5月7日)を例に引いた。

韓国マスコミの狂乱ぶりは、「檀君(タングン=伝説上の古朝鮮の建国王)以来最も多い量の記事が最短時間に吐き出された」という皮肉まで飛び出すほど。日本のマスコミも、韓国発のニュースを面白おかしく書き立てたわけだ。

「(曺を擁護する)大規模集会の起爆剤は、9月23日の家宅捜索だった。11時間に及ぶ捜索で、娘の中学2年生のときの日記帳も押収され、記者たちの嬉々とした表情まで報道されて、市民たちが激高したようだ。父親の私ですら読んだことのない、娘の日記帳だった。市民たちは暴走する検察に恐怖を抱き、一方的に検察の肩を持つマスコミに憤怒した」

2009年に自殺した盧武鉉(ノムヒョン)元大統領を思い起こし、曺の身を案じているという手紙を書き送った人もいた。

長官辞任後、突然、歯の激痛に襲われた。昼間は歯をきつく噛みしめ、夜には激しく歯ぎしりしていたことから、歯が歪んでしまったのだ。今も妻は監獄にあり、娘や息子の精神的なダメージも大きい。一時は、文政権の後継者とまで目された人の、あまりにも痛々しい姿がそこにあった。今の心境は、朝鮮時代に絶海の孤島に流刑された、儒学者丁若銓(チョンヤクジョン)のようだと言う。

激高することなく時系列で淡々と綴られてはいるが、通読した読者はきっと、曺を追いやった尹錫悦(ユンソギョル)前検察総長の残忍さに震撼するはずだ。次期大統領を狙う尹にとっては、大きなダメージともなる。「自己防衛の記録」と曺は言うが、決して屈しないという自己表明でもあろう。

■元首相も対談集

記者であり小説家のムン・ヒョンヨルとの対談集を出した李洛淵(イナギョン)は、文政権で国務総理(首相)を務めた人。昨年春までは、次期大統領の最も有力な候補者でもあった。

思慮深く寡黙なイメージの持ち主だが、『李洛淵の約束』では、これまであまり語られることのなかった生い立ちから始まり、新聞記者を経て政治家として歩んだ道のり、国政への思いなどを存分に語っている。

人間李洛淵を縦横に切り取るため、綿密に構成されているが、対談者の饒舌さが少々鼻につく。

貧しい農家の長男として生まれ、苦学してソウル大学法学科を出た。兵役について、飯も肉も腹いっぱい食べ、生まれて初めてあばら骨が見えなくなるほど、体に肉がついたという。

「革命家を夢見たこともあった。青年の憤怒のようなものだった。世の中はあまりにも絶望的だった。絶望にあえぐ農村の人々がいつも私の周りにいたから、なにか自分の役に立てる方法はないかと焦っていた」

李の約束とは、「行くあてもなく腹をすかせた私の面倒を見てくれた友の心を見習おうという約束、長男に嫁いで家族一同を幸せにしてくれた妻のためになりたいという約束、格差がこれ以上広がらない社会を作りたいという決心、コロナパンデミックで公共医療体系を確立し、感染病国家責任制をとろうという約束」だ。

慎重な李が、突然、収監中の2人の前大統領の赦免を口にして、大きな波紋を呼んだことがあった。

「国民の葛藤と分裂、衝突を解く象徴的な出発点を開こうと思ったのだが、共感が得られず、痛い経験だった。……2人の犯罪まで許そうというのではない。国民まで二つに分かれて反目し合う時間が続けば、被害はもっと大きくなる。二つに分かれた国民を近づけるために必要なことなら、政治家としては何でもやらなければいけないと思った」

長引くパンデミックの中、若い世代に広がる挫折感や絶望感は深刻だ。彼らの一条の光は、少額の株式投資とビットコインだけという現実を、どう打開すればいいのだろう。

「その解法について、進歩も保守も虚心坦懐に論議しなければ。相手を排斥するだけでは、何もできない。私は利益共有制を提案したのだが、社会主義的だという烙印を押されてしまった」

「(アメリカの議員から質問されて、)私は文政府の政策に南北統一はないと答えた。私たちの目標は統一状態だ。隣に住みながら行き来をし、相互に尊重し合い配慮しながら過ごすことだ」

韓国の政治家にしては珍しく、敵を作らないよう努力するタイプ。「熱い仲間はいないが、熱い敵もいない。それが私の悩みでもある。パンデミックの時代には何よりも、和解の大原則を掲げて進んでいきたい」

人生最高の本は何かという質問に、終戦直前に福岡刑務所で若い命を絶たれた清逸な詩人を描いた『尹東柱(ユンドンジュ)評伝』(宋友恵(ソンウへ)著、邦訳は藤原書店)と答えたのが印象的だった。

韓国のベストセラー(総合部門)

2021年5月第5週 インターネット書店「アラジン」より


1 조국의 시간  曺国(チョグク)の時間

조국    チョ・グク

収賄罪などで在宅起訴された元法相は、数々の疑惑を自らどう釈明するか。

2 완전한 행복  完全な幸せ

정유정   チョン・ユジョン

スリルとサスペンスを描く人気作家の新作小説が、予約販売だけで2位に。

3 매매의 기술   売買の技術

박병창   パク・ビョンチャン

人気トレーダーが、勝率99%の株式売買のコツを伝授する。

4 미드나잇 라이브러리   ミッドナイトライブラリー

매트 헤이그   マット・ヘイグ

英人気小説家の新作。映画化も決まっており、42の言語に翻訳されている。

5 우리말 어감 사전  韓国語語感事典

안상순   アン・サンスン

辞書作り30年のベテランが豊富な例文で説く。高慢、傲慢、驕慢の違いは。

6 소크라테스 익스프레스   ソクラテスエクスプレス

에릭 와이너   エリック・ワイナー

古代ローマから中世のモンテーニュまで、偉大な哲学者を訪ねる旅行記。

7 사물의 뒷모습  事物の後ろ姿

안규철  安奎哲(アンギュチョル)

彫刻や設置美術で名高い現代美術家による、発想の転換を促すエッセー集。

8 이낙연의 약속  李洛淵(イナギョン)の約束

문형렬    ムン・ヒョンヨル

文政権で首相を務めた政治家が、生い立ちや国の未来を語る対談集。

9 종의 기원  『種の起源』(ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

정유정   チョン・ユジョン

新作を待ちわびる読者たちが、以前の本を読んでいる。5年前のヒット作。

10  2021 제12회 젊은작가상 수상작품집  2021 第12回若き作家賞受賞作品集

전하영   チョン・ハヨン他

若き実力派7人の短編集。ジェンダーやLGBT差別に問題提起する女性たち。