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仏ラジオ看板キャスターの衝撃の手記 双極症の苦しみと治療の歩みをカミングアウト

Bestsellers 世界の書店から 更新日: 公開日:
ニコラ・ドゥモランの「Intérieur nuit(内面の闇)」
ニコラ・ドゥモランの「Intérieur nuit(内面の闇)」=関口聡撮影

今年、フランスは精神疾患をめぐる社会環境の改善を一大目標として掲げている。コロナ禍以降、若者層を中心に精神の病を抱える人の数は急増した。就業者の4人に1人が、精神を病んでいるという報告もある。

そんな中、ニコラ・ドゥモラン著『Intérieur nuit(内面の闇)』は、有名人のカミングアウトだけに大きな衝撃を与えた。「私は精神を病んでいる。いつからと言われてもわからないが、20年、または30年前からか、確かなのは、診断がついたのが8年前だということだ」。

なにせ著者は、聴取率1位を誇るラジオの朝番組の看板キャスター。多くのフランス人にとって一日の始まりを告げる声なのだ。エスプリの利いたコメント、情報を伝える手際のよさとスピード感。かつて左派系新聞『リベラシオン』の主幹を務めた経験もあるジャーナリスト。この人が精神疾患、それも双極症を抱えているなどと、一体だれが想像できただろう。

ドゥモランは凝縮された簡潔な文体で、精神を病んでいることの実態を、自分を丸ごとさらけ出して語る。幾人もの精神分析医や精神科医の間をさまよい、原因がわからないまま無意味な薬漬けになる底なし地獄の日々。そして自殺願望。

鬱(うつ)と鬱の間にやってくる唐突な躁の時期には、眠る必要も感じず、エネルギー過剰で制御が利かず攻撃的になったり、買い物をしまくったり。買い物も半端ではない。Tシャツなら全色、全スタイル、釘やらドリルやらあらゆる大工道具を注文してしまい、兄弟が家の修復工事に困らなかったほど。ハイな状態は危険信号だ。元気なら元気なほど、次にドーンとやってくる鬱状態が悲惨になる。

きまじめに医者の出す処方箋(せん)に従っても、苦しみは深まるばかり。精神を病んでいることへの恥と恐れに押しつぶされそうになる。仕事場で悟られてはいけない。「バカンスはどうだった?」などという何げない会話にもうやむやな答えしか返せない。ソファの上にうずくまってひたすら震えていた、などと答えられるはずもない。自分の虚像に苦しみ、「幸福だったのはいつ?」との医者の問いの前に呆然(ぼうぜん)と立ち尽くす。

矛盾するようだが、それでも朝3時20分に起き、秒刻みで原稿を読み上げる仕事のリズムが彼を支えた。相棒の女性キャスターは彼の「秘密」を知っていた数少ないひとりで、気丈な妹のように彼を支えた。「ニコラ、病気はあなたの一部にすぎない」という彼女の言葉が、どれほど彼を支えただろう。

ドゥモランは長きにわたる彷徨(ほうこう)の末、精神科病院として名高いパリのサン・タンヌ病院に行きつき、ようやくのことで双極症と診断された。病状にあった微妙な薬の量を探るための、医者との二人三脚の歳月。心理療法科医も加わり、時に入院も経験し、少しずつ、本当に少しずつ、病気を手なずけ、病気とともに生きる希望を取り戻してゆく。

サン・タンヌ病院の構内の道には、ゴッホ、カフカ、アルトーなど、精神を病んだ芸術家や作家の名がつけられている。たしかに精神を病みながら素晴らしい作品を生み出した人たちはいる。でも現実問題として、精神疾患を抱えたふつうの人に社会は冷酷だし、世間はわずらわしいもののように目をそむける。
この勇気ある告白の書は、同じような病に苦しむ多くの人々を力づけた。精神を病んでいても、その人の「居場所」がある。そんな社会が切に望まれる。

フランスのベストセラー(エッセー部門)

ベスト10から5冊を抽出。

6月5日付L’Express誌より

  1. La Meute

    Charlotte Belaïch et Olivier Pérou シャルロット・べライシュ、オリビエ・ペルー

    メランション氏らの左翼政党「不服従のフランス」の裏側を徹底的に解剖。

  2. De Poupette à Kenza

    Kenza Benchrif ケンザ・ベンシュリフ

    恐喝未遂容疑で逮捕された20代のインフルエンサーが自分のこれまでを振り返る。

  3. L’Heure des prédateurs

    Giuliano da Empoli ジュリアーノ・ダ・エンポリ

    ハイテク企業が世界を牛耳る今という時代を過去の征服の史実と比較して分析。

  4. Intérieur nuit

    Nicolas Demorand ニコラ・ドゥモラン

    有名ラジオキャスターが長年、双極症に苦しんできたことを告白した衝撃の手記。

  5. Ce livre vous fera gagner du temps

    Fabien Olicard ファビアン・オリカール

    時間に追われる現代人に向けた、メンタリストとして知られる著者の提言集。

  6. Eve. 200 millions d’années d’évolution au féminin

    Cat Bohannon キャット・ボハノン

    筆者は米科学者でジャーナリスト。女性の体を中心に据えて進化の歴史を見直す。

  7. Résister

    Salomé Saqué サロメ・サケ

    社会にじわじわ浸透する極右の言説の危険性を顕在化させ、抵抗の道を探る。

  8. Face à l’obscurantisme woke

    P.Vermeren, E.Hénin et X.L. Salvador P.ヴェルムレン、E.エナン、X-Lサルヴァドール監修

    様々な分野におけるウォーキズム(社会課題に高い意識を持つこと)の問題点を分析。26人の大学教授らによる共著。

  9. Un été avec Alexandre Dumas

    Jean-Christophe Rufin ジャンクリストフ・ルファン

    『三銃士』で有名な大デュマの生涯と膨大な数に上る作品の魅力が語られる。

  10. Les morts ont la parole

    Philippe Boxho フィリップ・ボクソ

    法医学者が仕事を通じて出合った推理小説さながらの死体を巡る謎解きや発見。