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ノートルダムに150回よじ登ったフランス人が書いた「大聖堂への愛」

Bestsellers 世界の書店から
外山俊樹撮影

本書『Notre-Dame de Paris. Ô reine de douleur(ノートルダム・ド・パリ、苦しみの女王よ)』は、4月15日に炎上、大破したノートルダム大聖堂を前に、いても立ってもいられない思いで緊急出版された小冊子だ。シルヴァン・テソン(47)のエッセー3編が収められている。

テソンは作家で冒険家。数々の冒険の中でも、都会の高層建築に素手で登ることで知られ、すでに18歳の時、ノートルダムの雨どいの怪物の彫刻に片手でぶら下がっている写真がある。夜間にノートルダムの「登頂」を決行した回数はこれまで150回に上るそうだ。もちろん、あの焼け落ちてしまった尖塔の先端にも登っている。

3編のエッセーは発表ずみのものの再録であるが、それぞれテソンの人生の軌跡に重なる。1編目は、高所を「制覇」する情熱に憑かれていた若き日々、ノートルダムと結んだ親密な関係を語る。隠れた「登山道」を見つけるためには、その建築物がどのように造られているかを熟知していなくてはならない。テソンはゴシック建築をとことん研究した。

2編目は、高所から転落して半身不随になりかけた2015年、特別許可をもらってノートルダムの階段をリハビリ代わりに一歩一歩登り続けた、闘いと再生の日々を語る。登ることは、彼にとって祈りに等しい行為だった。顔面にも後遺症が残った作家は、自らをヴィクトル・ユーゴーの『ノートルダム・ド・パリ』に登場する醜いカジモドにたとえている。

3編目は、火災直後に書かれた、ノートルダムへのいわば愛の告白である。力と優雅さを同時に備えた、奇跡と呼んでもよいこの壮麗な建築物は、無数の名もない石工や大工の手によって何世紀もかけてうち建てられ、神秘の高みへそそり立ち、中世の時代からパリを見守ってきた。その姿が炎上するのを目の当たりにして、人々は、効率と利益優先の私たちの時代が忘れかけていた、人が生きる上で不可欠な精神性の重要性に改めて気づき、心を揺さぶられたのだった。天を目指す尖塔は、崩壊することで自らこの時代から身を引いたのではないか、とテソンは自問する。

本書の売り上げはすべて、ノートルダムの再建費用として寄付されることになっている。

■94歳の語り部、強制収容所をつづる

ジネット・コランカは1944年、父親、弟、おいとともにゲシュタポに逮捕され、ビルケナウ強制絶滅収容所に送り込まれ、そして生還した。現在、94歳になる。語り部として、学校で、また収容所を訪れる旅に同伴することで、収容所の生活がどういうものだったのかを後の世代に伝えている。

『Retour à Birkenau(ビルケナウへの帰還)』には、彼女の逮捕から生還までがつづられている。ジャーナリストとの共同作業で語りをまとめた形なので、文体はシンプル、彼女の肉声が聞こえてくるかのようだ。

収容所に着くなり衣服を剝ぎ取られ、体中の毛をそられ、人間としての尊厳をすっかり奪われた19歳の娘は、担当が食事を温めているすぐ傍らで、丸出しの尻をずらりと並べて女たちが排泄をし、中には尿を体に擦り付けている人もいる光景を目にして驚愕する。しかし間もなく、彼女もまた、過酷な労働や殴打による傷が化膿するのを防ぐためには、自分の尿を使うしか方法がないことを学習する。具体的な体験を淡々と語るコランカの言葉には、誇張も力みもない。

実は、コランカは70代半ばまで、一切ホロコーストについて語ることはしなかった。語れるようなことではなかったし、語りたいとも思わなかった。家庭をつくり、市場で働き、生きることにすべてのエネルギーを投入していたとも言える。

コランカが語り部となった契機は、ビルケナウの現場で証言するはずだった人がたまたま行けなくなり、その穴埋めに駆り出されたこと。住居まで立ち、子どもの歓声が響き渡る今のビルケナウと、あの悲惨な収容所の思い出との間の落差にあぜんとしたと言う。とつとつと語り始めた彼女は、それ以来、語ることを拒まなくなった。地獄から生還して、地獄を見たことのない人々の中で自分の人生を築いた果てに、ようやく、彼女は語り始めることができたのだ。

■書くことによる「レジリエンス」

精神科医のボリス・シリュルニクも、やはりナチズムの犠牲者だ。さまざまな著作を通して、レジリエンス(不幸から立ち直る力)という言葉を一般に広めたことで知られる。彼は6歳の時、ゲシュタポに連行され、強制収容所送りになる直前に逃走した。家族は全滅したが、さまざまな人の助けを得て、奇跡的に生き延びた。

『La nuit,j’écrirai des soleils(夜、私は太陽を書くだろう)』では、書くことによるレジリエンスについて分析している。ジュネ、ランボー、トルストイ、サルトル他、著名な作家を例にとり、書くことで、不幸な幼年時代をどのように乗り越えていったのかを、豊富な具体例をもとに語る。

人生の初期に、母親や父親(またはそれに代わるごく近しい存在)の欠如に苦しんだ人の心の中には、たとえそれが無意識下のものであっても、ぽっかりと大きな空虚が口を開ける。多くの作家が書き言葉によってその空虚を埋め、トラウマと距離を取り、自分の人生に形を与えることに成功した。

「絶望を叫ぶことは、書くことではない。苦悩をしっかり見つめるためには、自分の外に、それを表現する言葉を探さねばならない」。言葉を選び、文法に当てはめ、文章を組み立てるという作業を通して、人は世界を再構築し、耐えられない経験を耐え得るものに変換してゆく。神経学者でもある著者は、自分の体験も交えて丁寧にそのプロセスを説明している。

シリュルニクもまた、長いこと、あまりに重い自分の体験を沈黙の中に閉じ込めていたひとりである。自伝に近い形で重い過去を語ることができたのは、ベストセラーとなった『憎むのでもなく、許すのでもなく ユダヤ人一斉検挙の夜』によってだ。2012年になっていた。

フランスのベストセラー(エッセー部門)

6月5日付L’Express誌より

 

1 L'Humanité en péril. Virons de bord, toute !

Fred Vargas フレッド・ヴァルガス

考古学者でミステリー作家の著者が環境問題に関する情報の隠蔽を鋭く告発。

2 Notre-Dame de Paris. Ô reine de douleur

Sylvain Tesson シルヴァン・テソン

炎上したノートルダム大聖堂に捧げられた3編からなるエッセー。

3 Retour à Birkenau     

Ginette Kolinka, Marion Ruggieri  ジネット・コランカ、マリオン・ルッジエリ

ホロコーストの語り部となった、ビルケナウ絶滅収容所に送り込まれた女性の証言。

4 Un été avec Paul Valéry

Régis Debray レジス・ドブレ

詩人ヴァレリーの多面性に迫る。昨年夏に放送されたラジオ番組の原作。

5  Le Plus Grand Défi de l'histoire de l'humanité

Aurélien Barrau オレリアン・バロー

著名人200人の宣言に引き続き、地球を救えるのは今しかないと訴える書。

6 White

Bret Easton Ellis ブレット・イーストン・エリス

アメリカを息苦しくしているものの正体を米作家独特の鋭い感性で切る。

7 La nuit, j'écrirai des soleils

Boris Cyrulnik ボリス・シリュルニク

子供時代の不幸を作家たちが書くという行為によってどう克服していったか。

8 Crépuscule

Juan Branco ホアン・ブランコ

弁護士でもある著者がマクロン政権を取り巻く不透明な権力の構造を説く。

9 Jojo, le Gilet jaune

Danièle Sallenave ダニエル・サルナヴ

黄色いベスト運動で露呈したエリート層と地方の人々の間の断絶を分析。

10 Sorcières. La puissance invaincue des femmes

Mona Chollet モナ・ショレ

「魔女」の分析を通して、今日を生きる女性たちの地平を切り拓く試み。