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ヨークシャー切り裂き事件を追う少女探偵団の友情と成長 誰もが持つ表と裏の顔を知る

Bestsellers 世界の書店から 更新日: 公開日:
ジェニー・ゴドフリーの『The List of Suspicious Things』
ジェニー・ゴドフリーの『The List of Suspicious Things』=関口聡撮影

英国で最も有名な連続殺人事件といえば「切り裂きジャック」だが、1975年の時点では、この猟奇的事件はもはや遠い記憶。ところがその年から英国北部のヨークシャーで類似の事件が発生し英国全土を震え上がらせた。「ヨークシャー切り裂き事件」(ヨークシャー・リッパー)と名づけられることになる殺人事件である。

合計13人の女性が惨殺され7人の重軽傷者を出した同事件は、19世紀の霧のロンドンで結局真犯人不明のまま終わった古風な事件よりも、身近で大規模で生々しかった。本書はこのヨークシャー・リッパー事件を元にした作品だが、同事件をフィクショナライズしたものではない。

主人公ミヴ(メヴィウスの短縮形)は西ヨークシャーの小さな町に住む12歳の少女、両親とおばのジーンと住む一人っ子である。なぜおばが同居しているかというと、ある時期からミヴの母親がひどい鬱(うつ)状態におちいり、部屋に引きこもっていっさい口をきかなくなって家事ができなくなったからだった。家事一切が回らなくなったため、ジーンは手助けをしようと引っ越してきてくれた。

そうした家庭内問題とは別に、ミヴを取り巻く社会状況は、初の女性首相サッチャーが登場し、スリムなジーンズがはやりだし、BGMはエルトン・ジョンが定番であり、極右が頭をもたげてきた、そんな時代だった。加えて、彼女たちのコミュニティーには正体不明のヨークシャー・リッパーが陰惨な影を落とし、女性たちをすくみあがらせていた。

行動的なミヴは殺人鬼を見つけ出そうとする。そんなとっぴなアイデアに駆られたのは、新聞やテレビの報道で、真犯人がなかなか見つからないのは、「彼」が一般市民のあいだで普通の生活をしているからではないか、という説が勢いを得たからだった。「それならわたしたちの隣人であってもおかしくない」と彼女は思うのだ。

ミヴは親友シャロンにその計画を打ち明けていっしょに探索を始める。彼女たちは、「疑わしいことのリスト」作りに着手する。すなわちThe List of Suspicious Thingsの作成である。

彼女が最初に疑惑を抱いたのは、雑貨屋を開いているパキスタン人、ミスター・バシールだった。彼は容疑者と多くの共通点を持っていた―─口ひげ、黒い目、黒髪、よそ者、自家用車がフォード・コルセア。ミヴとシャロンはこうして町内の疑わしき人物、疑わしき場所などを次々にノートに書き留めてゆく。

殺人犯の発見、というのが物語の主眼ではあるけれども、本書は伝統的な意味での推理小説ではない。だが、本書内には推理が山ほどある。そして推理が次の推理を(ときには邪推を)生んでゆく。

というのは、ミヴはこれを契機として、研ぎ澄まされた目と感受性と身の軽さで、自分の生活圏内の構成員を裏から、下から、斜めから探ってゆくからである。その過程でミヴは、これまで注意を払っていなかったコミュニティーの人々の存在に気づき、注目し、さらには誰にでも表と裏の顔があることを痛感してゆく。教会の牧師もそうだった、感じのいい図書館の司書もそうだった、ひょっとすると自分の父親も?

金髪で青い目の親友シャロンとの友情が本書の中心軸である。シャロンは、やせっぽっちのミヴと違って早熟である。そんな2人がひそかに結成した「少女探偵団」だったが、その緊密なチームワークも、2人が13歳になるころにぎくしゃくし始める。少女からティーンエージャーへの脱皮という心理的・肉体的変化が理由でもあれば、自分たちの捜査が一向に実を結ばない無力感からでもあった。

だがそんな折、2人の青年が時間を置いて、別々に不審死を遂げた。このあたりから読者は、ミヴの精神的成長を感じ取るようになる。一見牧歌的だった物語の進行も、輪郭が定まってくる。そして、読者の涙を誘うできごとが起きてしまう。

最後に史実を記しておこう。1981年1月、ついに「ヨークシャー・リッパー」が逮捕された。ピーター・サトクリフという34歳の男性だった。彼は終身刑を受けていたが、2020年11月、新型コロナに感染して死んだ。

英国のベストセラー(ペーパーバック、小説)

2025年1月26日付 The Sunday Times紙より

『 』内の書名は邦題(出版社)

  1. The List of Suspicious Things

    Jennie Godfrey ジェニー・ゴドフリー

    連続殺人鬼の恐怖に包まれる町で少女たちが犯人捜しに。

  2. Orbital

    Samantha Harvey サマンサ・ハーベイ

    国際宇宙ステーションで共同生活する6人の一日。

  3. Iron Flame

    Rebecca Yarros レベッカ・ヤロス

    米国で400万部を売った『フォース・ウィング』の続編。

  4. Fourth Wing

    『フォース・ウィング 第四騎竜団の戦姫』(早川書房) 

    Rebecca Yarros レベッカ・ヤロス

    軍事国家に生まれた主人公が軍事大学へ入学し一波乱。

  5. The Wrong Hands

    Mark Billingham マーク・ビリンガム

    ミラー刑事のもとに切断された両手をかばんに入れた男が。

  6. Butter

    『BUTTER』 (新潮文庫)

    柚木麻子

    女性連続殺人犯を取材する女性ジャーナリスト。

  7. A Court of Thorns and Roses

    Sarah J Maas サラ・J・マース

    19歳のフェイヤが森のオオカミを殺すと、彼女の世界が変容した。

  8. The Housemaid

    Freida McFadden フリーダ・マクファデン

    心理スリラー。住み込みのハウスキーパーが家主の秘密に気づく。

  9. I Will Ruin You

    Linwood Barclay リンウッド・バークレイ

    高校教師の前にかつての教え子が爆弾を持って現れる。

  10. Camino Ghosts

    John Grisham ジョン・グリシャム

    カミノ・アイランド連作3作目。強欲な不動産開発業者が登場。