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いまイギリスで熱いミステリー 「木曜殺人クラブ」驚きの完成度

Bestsellers 世界の書店から 更新日: 公開日:
相場郁朗撮影

こういう推理小説を読むといかにも英国ミステリーだなと感じいる。舞台がきわめて現代的なリタイアメント・ビレッジで、謎解きの主役らがみな後期高齢者であったとしてもだ。本書『The Thursday Murder Club』の進み具合はアガサ・クリスティゆずり、とぼけ加減としんらつさがうまく両立したブリティッシュユーモアはふんだんにある。

舞台は穏やかなケント州にある老人専用住宅地。老人ホームではなく、70代後半以上の退職者や退職夫婦が独立して住むアパートやテラスハウスからなる高齢者村である。ここで推理好きのじいさんばあさんが毎週木曜に集まって未解決の殺人事件を解くという暇つぶしを始めた。創設者は警察署に勤務していたペリーで、彼女は退職時に未解決ファイルをごっそり持ち出していたのだ。そしてこの集まりが「木曜殺人クラブ」と命名された。

だがペリーは途中で病に倒れ、ビレッジ内の末期療養施設に入る。残されたジョイス(前職看護師)、エリザベス(前職不明)、“アカ”のロン(前職労働組合指導者)、エジプト人のイブラヒム(前職精神科医)の4人のメンバーが活動をつづけるが、ある日、ビレッジの経営者イアンが撲殺死体で見つかる。4人はリアルな殺人事件の発生に色めきたつ。イアンは欲深な男で、近接する墓地をならして宅地にし、ビレッジの拡張を計画していた。そしてイアンは雇用していた建設業者トニーの解雇をもくろんでいた。よって、皆トニーが怪しいとにらむが、まもなくそのトニーも殺されてしまう。もちろん素人が殺人事件解決にしゃしゃり出るわけにはいかないけれども、4人の推理(および行動)に助けられて、現地の警察は解決の糸口を得る。

テレビ司会者・プロデューサーを本職とする著者にとって、本書は小説第1作だがその完成度に英国読書界は驚き、来年刊行される第2作を心待ちにしている。推理小説としての質以外に、本書の美点は4老人が仲間をふくむ周囲に見せる心遣いと交流のユニークさにある。第2作も同じクラブのメンバーが活躍するらしい。コロナ禍では現実逃避型の心温まる小説が求められているという。9月に出たばかりの本書だが、大人向け犯罪小説としては、ベストセラー統計始まって以来の最速のトップ登場らしい。 

「人生を書き換えたい」後悔だらけの人へ

The Midnight Library』は、「自殺しようと決めた日からさかのぼること19年前、ノラは小さな図書館にいた」という文章で始まる。ページを繰るにつれ「自殺をする8時間前」、「3時間前」と自殺決行の瞬間に近づき、とうとう彼女は大量の睡眠薬を飲んで自殺を図る。何もかもうまくゆかず人生に絶望したノラ35歳の決断である。だが、彼女は不思議な場所で目覚める。教会の内部のようで膨大な数の本が並んでいる。そこは本書のタイトルとなった「真夜中の図書館」なのだった。手首のデジタル時計は00:00:00を示している。どこからともなく現れた女性はミセス・エルムと名乗った。19年前に通っていた図書館の司書と同じ名前だ。彼女は説明する。ここにある本はすべてあなたの人生の書だ、と。なぜこれほどまでに膨大な数の本があるかというと、人生の可能性もまた膨大だからだという。ミセス・エルムはその中から1冊の本を抜き出して言う。この本だけがほかの本とは違う。「この本はあなたが抱えてきたすべての問題の源泉でもあり解決でもあります」「何という本?」「『後悔の書』というの」

ノラが本を開くと、そこには彼女が35年間の人生で悔やんだことのすべてが書き記されていた。17歳のとき、20歳のとき、そして数日前35歳のときまでの後悔である。悔やんでも悔やみきれない事柄の文字通りの羅列であり、それは分厚く重たい本だった。「父が死ぬ前に愛していると言えなかったこと」「ソーシャルメディアに時間を費やしすぎたこと」「ダン(かつてのボーイフレンド)と別れたこと」等々。

ミセス・エルムは言う。「一番耐えがたかった後悔はどれ?」。ノラはダンと別れたことだと答える。すると周囲の本が高速でぐるぐると回ったあと、1冊の本がノラの前で止まる。それを読み始めるノラ。いつのまにか彼女はダンとの夫婦生活のまっただなかへ。それが失望に終わり、再び真夜中の図書館へ帰ってきたノラは次々と後悔帳消しの書物を手に、次々に「if」の世界を体験する。

本という小道具を利用したタイムトラベルであり、あの時ああだったらという万人が持つ夢を次々にかなえるおとぎ話と言えるだろう。結局、自殺に失敗したノラは「現世」に戻ってくるが、真夜中の図書館での体験で彼女の人生観はすっかり変わっていた。終盤で「人生は絶望の向こう側から始まる」というサルトルの言葉が引用される本書は、深刻なうつで飛び降り自殺をはかったことのある著者の体験に裏づけられた、深刻になりすぎない激励の書だ。 

 読者を「本の中の本」に連れ込むミステリー

ロンドンで編集の仕事をしていたスーザンは引退してクレタ島に移住し、ギリシャ人のボーイフレンドと共にホテルを経営している。ある日、英国のサフォークでこれまた同じく<ブランロウホール>というホテル経営をしているトレハーン夫妻が、はるばるスーザンのホテルへやってきた。単なる観光旅行ではない。夫妻の娘セシリーがしばらく前から行方不明になっている。その謎をスーザンなら解けるかもしれないと期待してきたのだ。でもなぜスーザンが見込まれたのか?

本書『Moonflower Murders』の話は大いに複雑である。セシリーは数年前、両親が経営するホテルで結婚式を挙げた。だが当日ホテルで殺人事件が起きた。被害者はオーストラリアから里帰りしていた英国人フランク。容疑者はルーマニア移民でホテルの従業員ステファン。血痕など動かしがたい証拠があり、みずからも罪を認めてステファンは服役中。

ところが事件から8年後のある日、旅行先の母親にセシリーが電話をしてきた。あのフランク殺人事件の真犯人は別にいるらしい、と言う。「なぜ?」。最近読んだ推理小説にそっくりの話が出ている、と彼女は言った。アラン・コンウェイ著『アティカス・ピュントの事件簿』という作品である。

この電話のあとセシリーは消息を絶ち行方不明に。両親はその本を読んでみるが、何の手掛かりもつかめない。著者のアラン(ちなみに彼はホロヴィッツの『カササギ殺人事件』のなかでも『カササギ殺人事件』の著者として現れる)はもう死んでいる。ただ、同書の編集を担当したスーザンがクレタ島にいると知った。それでギリシャに飛んできたのである。

こうして読者もまた本の中の本、『アティカス・ピュントの事件簿』を読むことになる。本書全体およそ580ページのうち、『事件簿』が約220ページを占める(ただし活字が急に小さくなるので半分が『事件簿』といっていい)。その小説の舞台は<ムーンフラワー>という名のホテルだが、<ブランロウホール>にそっくりだ。興味深いのは登場人物がチャンドラー、ジェイムズなど推理小説作家や登場人物の名前を帯びている点。

謎解き本の編集責任者という妙な形で事件解決に引きずり込まれたスーザンは、サフォークの<ブランロウホール>ホテルなど現場を訪れて私立探偵役を果たし、真犯人を発見する。『カササギ殺人事件』に続く「本の中の本」という構造の本書は一層複雑さを増したホロヴィッツの力業である。

 

英国のベストセラー(ハードカバー、フィクション部門)

9月20日付The Sunday Times紙より

 

1 The Thursday Murder Club

Richard Osman リチャード・オズマン

老人村に住む後期高齢者4人組が殺人事件を解決する。

2 Us Three

Ruth Jones ルース・ジョーンズ

小学校の親友3人の友情が人生の諸段階で試される。

3 The Darkest Evening

Ann Cleeves アン・クリーヴス

雪中放置された車の中に赤ん坊、離れた場所には女性の死体が。

4 The Midnight Library

Matt Haig マット・ヘイグ

自殺を試みたノラは魔法の図書館で様々な人生を試す。それは幸せか?

5 Call of the Raven

Wilbur Smith & Corban Addison ウィルバー・スミス、コーバン・アディソン

19世紀の米国、裕福な農園経営者の息子が一家の敵に復讐する。

6 Hamnet

Maggie O'Farrell マギー・オファレル

シェークスピアの息子ハムネットの短い人生に霊感を得た作品。

7 The Lying Life of Adults

Elena Ferrante エレナ・フェッランテ

1920年代のナポリに生きる10代の娘の思春期を描く。

8 Private Moscow

James Patterson & Adam Hamdy ジェイムズ・パタースン、アダム・ハムディ

米ロで起きた二つの暗殺事件。モスクワの暗黒世界に迫る。

9 Blunt Force

Lynda La Plante リンダ・ラ・プラント

ロンドンの演劇界に起きた殺人事件を解く女性刑事の活躍。

10 Moonflower Murders

Anthony Horowitz アンソニー・ホロヴィッツ

数年前に解決済みの殺人事件。だが真犯人は関係者が読む小説の中に。