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AIとの三角関係があぶり出す人間の不条理 ロンドンのベストセラー

Bestsellers 世界の書店から
田辺拓也撮影

本作『Machines Like Me』の設定年は1982年。フォークランド紛争に負けた頃の英国である。ビートルズが再結成して新アルバムを発表したのもその年だ……とフェイクを並べたが、これが変幻自在な英国の「国民的作家」マキューアン最新作の背景、いわゆるalternate reality(代替現実)である。

さて同年、人間と区別がつかぬ男性ロボット「アダム」12体と女性版「イヴ」13体が発売され、主人公チャーリーは母の遺産でアダムを1体買う。本当はイヴが欲しかったのだが、大半が中近東勢に買い占められ即完売。チャーリーは上階に住むガールフレンドのミランダと一緒にロボットの「飼い主」になる。ある夜、ミランダは「好奇心から」アダムをベッドに誘いセックスをする。房事を階下で盗み聞きしていたチャーリーは翌朝、ミランダを詰問するが、「あなたは電動性具に嫉妬するほど小さい男なのか」と反論される。滑稽なシーンだが、この辺りからアダムの人間性や機械性が問われ始め、アダムの知識の増加と会話能力の洗練とともに、三者の関係は三角関係に似てくる。が、ある日、アダムはチャーリーにこう警告した。「彼女は桁外れのうそつきかもしれません」

本書は3本の筋から成る。すなわち、① チャーリーとミランダとアダムの三角関係、② 人工知能(AI)、ひいては倫理をめぐる考察、③ ミランダの暗い過去。

アダムの警告は、③へとつながってゆく。ミランダが10代の頃から抱えてきたおぞましい秘密は、いまだに彼女の命を脅かす危険をはらんでいる。その秘密とは根深い怨讐であり、AIをめぐる思弁とは次元を異にした人間的ダイナミズムで物語を推進させる力になっている。その秘密の全容は明かせないが、抽象的にいえば「人間の不条理の上に成り立つヒューマニティー」となるだろう。そして、どうやらロボットたちは不条理への対応が苦手らしいこともわかってくる。中近東に送られた女性ロボットたちに「自殺」が増え、自分でソフトウェアを書き換え、進んで愚鈍になる仲間が増えてきた。みずからを良く理解せぬ人間が自分もどきを作るその哀れ、これが本作の要諦だと思う。

さて、1982年から37年が経過した今、我々の自己理解は深まっただろうか?

■『Spring』 泥の中に芽生えた救済

1962年生まれのスコットランド人作家アリ・スミスは、「春夏秋冬」4部作を執筆中。1冊目の『Autumn』は201610月に、2冊目の『Winter』は1711月、そして本書は今年の3月に刊行され、残るはおそらく来年発刊される『Summer』となる。本シリーズはしばしば「state of the nation」という小説ジャンルにくくられる。日本語ではこの言葉を「社会派小説」と訳す例が散見されるが、どうもしっくりこない。むしろ愚直に「国の状態」と訳した方が、少なくとも本シリーズにはぴったりする。

そして今の英国の「国の状態」はというと、延々と続く緊縮財政の悪影響に加えて、16年にEUからの離脱を決めた国民投票以降、心理的にはズタズタのありさま。『Autumn』が「ブレグジット小説」と称賛されたのは(同書は17年の英ブッカー賞の最終候補作になった)、希望を失い、非寛容がはびこり、社会が「我々」と「彼ら」に分断されてゆく様子が背景にあったからだった。だが、そうした社会的、政治的事象はあくまでも背景であり、作品を包む空気であって、主たるストーリーは友情だった。

今回の『Spring』がとらえる時間は201819年。引き続き国民投票後の英国をじわじわと侵す荒れた空気を感じるが、ここでもメインストーリーは別で、1970年代に活躍したテレビ番組ディレクターのリチャードと、移民収容センターで働くブリタニーが主人公である。制作者として盛りの過ぎたリチャードは、最近亡くなった相棒で親友のパディとの交流を思い出し(この回想部分は本書の最も美しい部分)、彼女の喪失に意気消沈し、移り変わる四季のなかで変哲もない石ころとしか感じられなくなった自分の存在を消すために、スコットランドの辺境で鉄道自殺を図る。

一方、ブリタニーの物語はリチャードとは無関係に移民収容センターのなかで展開される。劣悪な環境、人権無視の横行、不法移民たちの嘆きにさらされる彼女の絶望は深い。そこに12歳の少女フローレンスが登場する。年齢に似合わぬ知恵と行動力、そして超自然的な力を持つ彼女はまるで妖精のようで、彼女はブリタニーと共にスコットランドへ向かい、線路に首をのせていたリチャードの命を救う。

本書のスタイルはモノローグと詩と演劇脚本が合体し、哲学的思索からツイッターの雑ぱくな文章、そして泡をふかすような呪いの文体までが混交した独特なもので(引用の誘惑にかられる一節だらけではある)、慣れるまでに時間がかかったが、久しぶりに「文学作品」の新鮮な可能性に触れた気がした。『Spring』というタイトルにふさわしく、泥のなかに芽生えた救済のようなものを感じさせる。

■『The Flatshare』 若き2人の奇妙な共同生活

著者ベス・オリアリーが約6年前にオックスフォード大学を卒業し、ロンドンの出版社に勤めていた時に、行き帰りの通勤電車の中で書いた作品。

登場人物の設定の妙で、初めから面白さが保証された小説、というものがあるけれど、本書はその典型だろう。家賃の高いロンドンでフラットを探す若者たち。主人公のティフィー(外向的)は出版社勤務だけれども金がない。看護師のレオン(内向的)も金がない。

相違点は、ティフィーが普通の日中勤務なのに対し、レオンは夜勤のホスピス看護師だという点。レオンは寝室が一つのフラットを2人でシェアするという名案にたどりつき、これをウェブ広告に出す。これに応答したティフィー。めでたく2人は同じフラットの共同賃借人になるけれど、お互い見ず知らずのまま。昼族のティフィーと夜族のレオンは、同じベッドを共有しながら顔を合わすことはない。こうして若き素寒貧プロフェッショナルのすれ違い「共同」生活が始まる。

2人の交信は、部屋のあちこちに貼りつけたポストイット。こうして2人は現代の「ペンパル」になるが、実際に会うまでには時間がかかる。本書でいうと、やっと202ページ目に出会いがくる。一緒にフラットを借り始めて半年以上も経っていた。

ストーリーの原型は、著者の実体験にあるらしい。数年前、ボーイフレンドの医者と同居していたが、夜勤を余儀なくされる彼とはすれ違いが多く、彼女がいない間に彼が残していった「生活の痕跡」だけでボーイフレンドの心象を想像したという。その後、著者とその医者がどうなったか、それは余計な詮索だが、本書の2人は幸福な結末を迎える。

英国のベストセラー(ハードカバー、フィクション部門) 

4月27日付The Times紙より

1 Machines Like Me

Ian McEwan イアン・マキューアン

ひと組の男女と男性ロボットによる三角関係。

2 Queenie

Candice Carty-Williams キャンディス・カーティ=ウィリアムズ

25歳のジャマイカ系英国人クイーニーがロンドンで仕事や恋に奮闘する。

3 A Book of Bones

John Connolly ジョン・コナリー

私立探偵「チャーリー・パーカー」シリーズ。英国各地で娘の死体が見つかる。

4 The Flatshare

Beth O'Leary ベス・オリアリー

日勤のティフィーと夜勤のレオンは同じ部屋に住むが互いに会ったことがない。

5 The Strawberry Thief

Joanne Harris ジョアン・ハリス

「ショコラ」の著者による新作。花屋のナルシスの遺言が村を混乱に。

6 Metropolis

Philip Kerr フィリップ・カー

1928年のベルリンで売春婦の連続殺人事件が起きる。

7 Redemption

David Baldacci デイヴィッド・バルダッチ

完全記憶能力を持つ探偵デッカーが刑事時代に逮捕した殺人犯と再会する。

8 The Binding

Bridget Collins ブリジット・コリンズ

製本師となるべく修業に出たエメットの神秘的な体験。

9 Spring

Ali Smith アリ・スミス

EU離脱が決まった後の息苦しい英国に生きる移民担当官や芸術家たち。

10 The King's Evil

Andrew Taylor アンドリュー・テイラー

17世紀のロンドン。有力な宮廷人の屋敷の井戸から男の死体が発見される。

■「世界の書店から」は月1回配信。次回は7月7日(日)の予定です。