絡み合う構成と錯綜する視点の大人向きミステリー
夏休みが近づくと、この国の読書家は舌なめずりをして週末の新聞を開く。だいたいどの新聞も「サマーリード」とか「浜辺で読む本」という数ページの特集を組み、これを読まないとあなたの夏休みは台無し、と言わんばかりの攻勢をかける。興味深い選出として、今年のタイムズ紙のサマーリード特集には三島由紀夫の『美しい星』があった。
今回取りあげるクレア・ダグラスの新刊『The Woman Who Lied(噓をついた女)』は7月発売だったのでそうした特集には間に合わなかったが、発売直後からタイムズ紙のベストセラーリストに5週連続で入っている。
分類としてはサイコ(心理)スリラーに入る。スリラーやミステリーの世界には形式上の分類があることは周知のとおり。「密室」「孤島」「一人二役」「信頼できぬ語り手」、とさまざまジャンルがあるが、本作品は「自分の書いたことが現実になる」という、児童文学によくありそうなジャンルに属する。だが、血しぶきが飛ぶミステリーの世界では、背筋が凍る仕掛けとなる。
さらに本作における大人向ミステリーならではのひねりは、「自分で書いた」と思っていたものが、実は誰かに書かされていたという点にある。ここまで明かしてしまっても、それがネタばれの興ざめにはならぬほど、本作は複雑に作りこんである。それは本書を読んでもらえばわかるだろう。
さて、本作品の内容は次のとおり。「ミランダ警部シリーズ」でベストセラー作家になったエミリア。だが彼女はその10作目でスランプに陥り、四苦八苦のあげくに完成させるが、もうこれ以上同シリーズを続ける気力はなく、10作目は『彼女の最終章』というタイトルにし、ミランダ警部を殺してしまう。
『彼女の最終章』の原稿は編集者へ送られ、これから最終仕上げにかかる段階にあった。しかしその頃、エミリアの周辺で立て続けに不思議なことが起きる。「ミランダ警部シリーズ」の出版済み9冊の中で使われた小道具が、ロンドン南西の彼女の自宅周辺に立ち現れるのだった。呪いの人形、首のもげたカモメなどが。エミリア自身も、彼女の家族や友人たちも、「ミランダ警部シリーズ」の偏執的愛読者による悪質ないたずらだろうと考えた。エミリアの親友でロンドン警視庁捜査部に勤めるルイーズも同意見。ルイーズは警戒を怠らぬようにとエミリアに助言する。
だが、その数週間後ルイーズが撲殺死体で発見された!
異様なのは、彼女が殺された状況並びに死体に残されたある印が、『彼女の最終章』で描かれたミランダ警部殺害状況に酷似していたこと。だが同書はまだ印刷もされていない。当然、その原稿を読んでいた者が真犯人だろうと推測される。しかし、出版前の原稿を手にした者は編集者のほかにはエミリアの夫、親戚、エミリアの学生時代からの親友など、エミリアに近しい者ばかりだった。そして本作品の読みどころ(でもあり読者を困惑させる側面)は、そうした親密な者たち全員が、エミリアから疑われるに十分な怪しさを帯びてくる点である。夫のエリオットですら、あるいはその父親ですらルイーズ殺害にかかわっているように見えてくる。
本作品は、作家エミリアの暮らしと彼女に降りかかる凶事を三人称で物語るA軸、『彼女の最終章』からの抜粋で成り立つB軸、そして事件を解決に導くマレー警部の独白からなるC軸がときに並走、ときに絡みあう構造になっているので、注意深い読書が必要となる。錯綜(さくそう)する視点を解きほぐすため、解説じみた文章が頻発するのが弱点かと思われるが、精読が報われる読書であることは間違いがない。
英国のベストセラー(ペーパーバック、フィクション)
2023年8月6日付 The Sunday Times紙より
『 』内の書名は邦題(出版社)
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Tomorrow, and Tomorrow, and Tomorrow
Gabrielle Zevin ガブリエル・ゼヴィン(米)
幼なじみのサムとセイディ、ビデオゲームを介して友情が開花する
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It Starts With Us
Colleen Hoover コリーン・フーヴァー(米)
『イット・スターツ・ウィズ・アス ふたりから始まる』(二見書房)
リリーが前夫とよりを戻そうとした時、初恋のアトラスに再会してしまう。
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Long Shadows
David Baldacci デイヴィッド・バルダッチ(米)
FBIエージェントのデッカーが連邦判事とその護衛の殺人事件を解明する。
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A Winter Grave
Peter May ピーター・メイ(英)
気候変動で酷寒の2051年、測候所で氷詰めのジャーナリストの遺体が発見される。
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Lessons in Chemistry
Bonnie Garmus ボニー・ガーマス(米)
1960年代の米カリフォルニア、化学者のエリザベスが料理番組のスターに。
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It Ends With Us
Colleen Hoover コリーン・フーヴァー(米)
『イット・エンズ・ウィズ・アス ふたりで終わらせる』(二見書房)
田舎から出てきたリリーが脳神経外科医と結婚するが、彼にはある問題が。
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The Woman Who Lied
Claire Douglas クレア・ダグラス(英)
推理小説作家の周囲で起こる事件が、彼女の未発表作品に類似していた。
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The Bullet That Missed
Richard Osman リチャード・オスマン(英)
『木曜殺人クラブ 逸れた銃弾』(早川書房)
老人たちの探偵集団、「木曜殺人クラブ」が10年前の殺人事件を解明。
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The Marriage Portrait
Maggie O'Farrell マギー・オファーレル(英)
16世紀イタリア、ルクレツィアは自分を晩餐(ばんさん)会に誘った夫の真意に疑義を抱く。
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Too Late
Colleen Hoover コリーン・フーヴァー(米)
偏執狂の男、麻薬取締官、間にはさまった娘、が織りなす狂気の三角関