『Where the Crawdads Sing』は野生生物科学者デリア・オーウェンズによる小説。crawdad(クローダッド)とはザリガニのこと。ノースカロライナ州の海岸沿いにある湿地帯で、世間から孤立して生きてきた女性カイヤと、ある男性の変死事件を追ったミステリーだ。2018年8月の発刊後すぐ、俳優で映画プロデューサーのリース・ウィザースプーンが自らのブッククラブで推薦し、ベストセラーリストの上位に登場。映画化決定や口コミで評判が高まり、全米で100万部以上を売り上げている。
1969年、町はずれの火の見やぐらの下で20代半ばの男性チェイスの死体が発見された。チェイスは高校の頃から町の人気者。現場からは足跡も指紋も検出されなかった。警察が他殺の可能性を探るなか、日頃から町の人々に「沼地の少女」とうわさされていたカイヤが容疑者として浮上する。母親が家を出たのは52年。彼女が6歳の時だった。数週間後に4人の兄姉も去り、酒癖の悪い乱暴な父親とふたりになった。父親も彼女が10歳の時に姿を消した。小学校は一日でやめていた。「沼地のドブネズミ」と嘲笑されたからだ。
カイヤは文明社会から隔絶された湿地帯の小屋で、ひとりで生きていた。一日のほとんどをアオサギやカモメ、ホタルたちと過ごし、沼で捕った貝や魚を買ってくれる親切な船着き場の店主夫妻以外、人との交流はほとんどなかった。ある日、兄の友人だったテイトと知り合い、文字や数学を教わるようになる。生物学の文献を読み、周囲の野生生物を詳細に記録する。10代を経て野性的かつ知的な美しい女性へと成長していく。異性との駆け引きは、ホタルの生殖活動から学んだ。孤独な彼女にとって唯一の安らぎだったテイトは、大学進学で去っていった。心に深い傷を負ったカイヤは、やがてチェイスと会うようになる……。
前夫との共著で南アフリカの野生生物関連の書籍を出版しているが、小説は今回が初。構想に10年をかけたという。文章に堅苦しさはなく、詳細な情景描写も情緒にあふれている。物語には驚きの結末が用意されている。読み終えて、様々な伏線が敷かれていたことに気づかされる。「孤立がいかに人に影響を与えるかについて描きたかった」と著者は語る。
■古書店主の「裏の顔」は
『The Malta Exchange』は、元米国司法省の秘密諜報員コットン・マローンを主人公にした歴史ミステリーシリーズの第14作。マローンは司法省を退職後、ストックホルムで希少図書を扱う古書店を営んでいるが、それはあくまでも表向きの姿。マゼラン・ビレットと呼ばれる秘密諜報組織のエージェントとして、歴史上の謎や国家の陰謀に絡む数々の問題を解決している。本作は、ローマ・カトリックの総本山バチカンの最古の秘密をめぐるアクションミステリーだ。
マローンはイギリス秘密情報部MI6(エムアイシックス)からの依頼で、イタリア北部のミラノにほど近いコモ湖を訪れていた。第2次世界大戦末期に失われた、イタリアのベニト・ムソリーニとイギリスのウィンストン・チャーチルが交わした秘密の書簡を手にいれるためだ。
一方、バチカンでは法王の逝去に伴い、新法王を選出するコンクラーベ(法王選挙)に出席するため、枢機卿たちが集まり始めていた。だが、そのなかのひとり、カスター枢機卿はマルタ島北部の海岸沿いに立つ古い監視塔で謎の男とひそかに会っていた。数々の問題発言によって枢機卿会議の要職からはずされた彼にとって、今回のコンクラーベは権力を取り戻すための絶好の機会だった。カスターの目的は、コンクラーベに影響を与える4世紀のコンスタンティヌス1世の時代にさかのぼる文書を手に入れることだった。
マローンは指定された田舎家に行ったところ、何者かに襲われ、手に入れた書簡を奪われてしまう。手紙の行方を探るなか、マルタ騎士団と呼ばれる、数百年前から続くキリスト教カトリックの騎士修道会から追われるようになる。マルタ騎士団はいまでは人道活動団体だが、「セクレティ」と呼ばれる、新法王の決定にも大きな影響を与える古代教派を内在していた。
マローンはコンクラーベが始まるまでの限られた時間のなか、枢機卿、騎士団の騎士たち、そしてセクレティとの激しい戦いに巻き込まれていく。
2003年にダン・ブラウンの「ダ・ヴィンチ・コード」が大ベストセラーとなって以来、「ブラウンのような歴史アクションミステリー小説」は、もはやひとつのジャンルとなった。本シリーズは、まさにそれに属するものだ。昔のニューヨーク・タイムズ紙に、このジャンルの小説を書くための公式に関する記事があった。記事によれば、まず、物語や本のタイトルには、偉大な芸術家、歴史的価値のある工芸品、歴史的な人物が含まれていること。第2に、物語の最初は、現在から描かれ、奇妙な殺人事件が起きること。第3は、その殺人事件が過去を調査する理由となること。そして第4は、その過去は、驚くべき巨大な秘密につながり、それによってすべての文明社会を変えてしまうような激しい戦いを引き起こすことだという。
本作もまた、この四つの要素がきちんと盛り込まれている。ブラウンの小説同様、短い章立てで構成されていて、次から次へと登場する謎や事件を追ううちに物語が進み、驚きの結末へと導かれていく。何よりもマルタ島やローマ・カトリックをめぐる壮大な歴史を知ることができるのが楽しい。王道のエンターテインメント小説だ。
■人気ロックバンドの物語……架空ですが
『Daisy Jones & The Six』は、1970年代のアメリカで活躍したとする架空の7人組ロックバンド、デイジー・ジョーンズ・アンド・ザ・シックスの物語。結成から人気絶頂時の突然の解散までが、オーラルヒストリー(口述歴史)の形式で書かれている。バンドのメンバー、家族や友人、マネジャー、プロデューサー、音楽評論家などさまざまな登場人物がインタビューに答え、順々に当時の状況や思いを語っていく。テレビの音楽ドキュメンタリー番組を見ているような感じだ。
物語は女性ボーカルのデイジー・ジョーンズとリードギタリストのビリー・ダンのふたりの関係に焦点が当てられている。
ロサンゼルス出身のデイジーは、家は裕福だが仕事で忙しい両親から顧みられずに育った。細身で美しく独自のファッション感覚をもつ彼女は、十代の頃から、様々なミュージシャンが集まるロスのサンセットストリップにあるライブハウスで日常的にドラッグをやっていた。当時、人気だった実在の歌手リンダ・ロンシュタットのような、カバーソングを歌う歌姫としてレコードデビューするが、白人男性主導の音楽業界で、自分で書いた曲を歌いたい、自分自身が重要な存在になりたいと強く感じていた。ザ・シックスは、リーダーのビリーが作曲もリードボーカルも務め、バンドの全てを支配していた。
デイジーとビリーを引き合わせたのは同じレコード会社のプロデューサーだった。1曲だけ歌で参加の予定だったが、デイジーは自分で書いた曲でなければ歌わないと猛反発。デイジーとビリーは、ぶつかり合いながら、共同で曲を作り、その曲はバンドの看板曲ともなる大ヒットとなった。デイジーの才能を認めながらも、ビリーはバンドの方向性が変わっていくことにいら立ちを覚えていた。一方、デイジーのビリーに対する思いは、対等のメンバーとしての立場から愛情へと変化していった。バンドの活動が巨大ビジネスとなるにつれ、他のメンバーたちにも様々な問題や葛藤が生まれていく。そして人気絶頂の79年、バンドは突然、解散する。
「才能あふれる者同士が一緒に何かを作り出そうとする時の衝突を描きたかった」と著者は言う。読み進めるうちに、頭に浮かぶのは実在のバンド、フリートウッド・マックの女性ボーカルのスティービー・ニックスとギタリストのリンジー・バッキンガムだ。著者自身、多くのインタビュー記事で、フリートウッド・マックからの影響を認めている。一方で本書の内容はあくまでも架空であり、実際に起きたことではないとも明言している。
巻末には、物語に登場する曲のすべての歌詞が掲載されている。もちろん著者の創作だ。オーディオブックでは、ジェニファー・ビールスをはじめとした著名俳優が各登場人物を担当し、まるで実在人物の生の声を聞いているようだ。また、アマゾン・プライム・ビデオで13話限定のドラマ化も決定している。
実在のライブハウスや当時活躍したミュージシャンの名前も数多く登場し、セックス&ドラッグ&ロックンロールの70年代の音楽シーンが再現されている。女性の自立もサブテーマとなっている。現在アメリカで70年代文化が再注目されていると言われるなか、若い世代には魅力的な本だろう。実際にその時代を経験した人間にとっても、あの頃のことを思い出させてくれる本だ。
米国のベストセラー(eブックを含むフィクション部門)
2019年3月24日付The New York Times紙より
『 』内の書名は邦題(出版社)
1 Where the Crawdads Sing
Delia Owens デリア・オーウェンズ
ノースカロライナ州の海岸沿いの沼地で起きた殺人事件をめぐる物語。
2 Cemetery Road
Greg Iles グレッグ・アイルズ
ジャーナリストが主人公となるサスペンス小説シリーズの新作。
3 Silent Night
Danielle Steel ダニエル・スティール
ある悲劇によって記憶と言葉を失ったテレビの子役スターの物語。
4 The Malta Exchange
Steve Berry スティーブ・ベリー
米司法省の元諜報員コットン・マローンの歴史ミステリー第14作。
5 Daisy Jones & The Six
Taylor Jenkins Reid テイラー・ジェンキンス・リード
1970年代の架空のロックバンドの活動を描いたオーラルヒストリー。
6 The Woman in the Window
『ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ』(上・下)(早川書房)
A.J. Finn A・J・フィン
広場恐怖症の女性精神分析医が隣家で起きた事件を窓から目撃する。
7 The Tattooist of Auschwitz
Heather Morris ヘザー・モリス
実話を元に描かれる、強制収容所の入れ墨係と被収容者の少女の恋。
8 The Silent Patient
Alex Michaelides アレックス・マイケリデス
夫を銃で撃ち殺した有名画家の女性の謎を精神科医が解明する。
9 The Last Romantics
Tara Conklin タラ・コンクリン
母親の育児放棄を経験した有名詩人の女性が語る家族の愛の物語。
10 The Chef
James Patterson and Max DiLallo ジェイムズ・パタースン&マックス・ディラロ
有名シェフでもある刑事が自らにかけられた疑惑を晴らしていく。