■西安 1年で書店が倍増
この1年ほどで書店数が2倍以上に増えた街があると聞いた。唐の都は長安と呼ばれた陝西省西安市。人口は約1000万人。大阪府より1割ほど多い規模の都市に2000近くある。大阪の約2倍である。
いったい何が起きているのだろう。
北京から高速鉄道で5時間半。隋が都をおいた河南省洛陽市のあたりから土が乾いた黄色に変わる。黄河文明揺籃の地だ。空港のように大きな西安北駅から、城壁で囲まれた古い街を通りすぎ、新しい商業地区へと車を飛ばす。目指す店は、グランドハイアットホテルの隣の高層ビルにあった。
2006年に四川省で創業した民営の「言几又(イエン・チー・ユー)」が昨年末に開いた。インターネット上で「中国で最も美しい書店」に数えられる。全国60店のなかの旗艦店の一つだ。
入ったとたん圧倒される。1~2階をぶち抜いて本棚がそびえ立つ。うねるような曲線を描く階段。柔らかい明かりが背表紙を照らす。壁にはシルクロードの起点を意識した画が描かれている。2階にはカフェやバーがあり、しゃれた文具や雑貨も売っている。階段のわきでは若い男女がポーズをつけて写真を撮っていた。SNSにアップするためだ。4500平方メートルに約13万冊を擁する。
日本の池貝知子が設計した。東京・代官山の蔦屋書店がある商業施設のクリエイティブ・ディレクターを務めたデザイナーである。出店に携わった王瑾は言う。「入り口の空間の美しさに多くの人がひきつけられます」
それにしても、まるで映画のセットのようだ。本棚の上の方は手が届かないぞ。そんなことを思い始めていたら、先回りするように王が言った。「最上部の棚2段は危ないので偽物の本を置いていますが、残りはすべて本物ですよ」
書店が次々とオープンしている背景には中国政府が強力に推し進める「全民閲読(全国民読書)運動」がある。補助金や税制優遇で書店増を後押ししているのだ。
西安では、前任の市トップ共産党委員会書記、王永康(現黒竜江省副省長)が有名書店の誘致に力を入れた。国家主席、習近平が浙江省トップ党委書記だった時期の部下の一人だ。毎年1000万元(約1億7000万円)を書店振興に投入する政策を決めた。大規模インフラ開発の予算に比べればたいした金額ではない。街の見栄えはよくなるし、自らの業績アップにもつながる……。区レベルも市にならった。
さらに効果が大きいのは、多くの場合、ショッピングモールなどに出店すると最初の5年間は家賃がただになる点だ。これは公的な施策ではなく、不動産開発業者の戦略だ。豪華な書店は施設の格を上げ、全体的な集客力を高めるからだ。
中国には現在、5000を超えるショッピングモールがあり、毎年数百ずつ増えている。1店ずつ書店が入ったとしてもたいへんな数になる。住宅街を中心にフランチャイズ方式で小型店を展開する樊登書店は昨年、一気に200以上も出店した。
農村でも増えている。西安で民営書店を開いて約20年になる萬邦書店の魏紅建は、西安から370キロ離れた漢中の農村の民宿に書店を開いた。前漢の初代皇帝・劉邦の部下で「漢初三傑」の一人、張良の廟がある村だ。地元政府に頼まれて出店すると、宿は都市からの観光客でにぎわうようになった。「政策に沿って大型店と農村の店舗を開くことで、もともとの店の経営を維持しています」。魏は苦笑いする。
中国の書店大躍進の裏には政治の思惑と不動産会社の損得勘定が透けてみえる。
■北京 書店大躍進、政治が目指すソフトパワー
「全民閲読」が正式に始まったのは06年。胡錦濤・前政権の時代だ。世界貿易機関に加盟して国際社会との接点が増えるなかで、国民の教養を問題視し始めたのだ。本をたくさん読んで教養を高めなければならない。若者の本離れを防ごう──と。運動が盛り上がったのは、習近平政権が発足した13年以降のことだ。
かつて中国の書籍販売ルートは、1万足らずの国営書店と、統計ではつかみきれない海賊版市場が両輪だった。1990年代以降、鄧小平が本格化させた改革開放で民営書店が誕生。ところが2010年ごろから、家賃の上昇とオンラインの値引き販売に押されて閉店が相次ぐ。知識人を中心に批判の声があがった。
「文化大国」の旗を振る政府がてこ入れに動いた。図書館とともに書店を文化の拠点と位置づけ、予算をつぎ込んだ。不動産会社が書店に対する家賃の免除などで応じたのは、政治への忖度もある。
本の小売額は10年から18年にかけて2.4倍に膨らんだ。増加分は6割を占めるようになったネット経由で、リアル書店経由はほぼ横ばい。政府統計(全国新聞出版業基本状況)によると、書店数は16万台でじわじわと減っている。本も扱ってきた新聞スタンドをつぶしていることが大きい。
「中国図書商報(現中国出版メディア商報)」の創始者で書店事情に詳しい程三国は言う。「改革開放前は国営新華書店だけだった。書店の数で言えば現在が間違いなく過去最高だ」。確かに言几又のほか方所(広州)、鐘書閣(上海)など各地の民営書店が店舗網を広げている。
北京の大学街にある万聖書園に劉蘇里を訪ねた。民営書店を開いて25年になる。民主主義や憲政に関する書籍の棚を大事にし、「中国書店の良心」といわれる人物だ。
書店大躍進をどう見ているかを尋ねると、「最大の動力は不動産開発業者の利益」としたうえで、当局の意図をこう指摘した。「中国のリーダーたちは経済規模が大きくなった今も、世界から馬鹿にされているんじゃないか、と自信がない。文化大国になるには世界最大で最多の劇場、体育館、映画館や書店をそろえたいと思っている。それがソフトパワーだと考えているからだ」
政府は同時に、出版の引き締めも強めている。大陸で発行できない「禁書」を扱っていた香港の銅鑼湾書店は、店主らが拘束されて閉鎖に追い込まれた。上海で知識人が集う場だった季風書園も家賃交渉の不調を理由に昨年1月、20年の歴史に幕を下ろした。習政権に不満を持つ人々の間で密かに流行った『全体主義の起源』(ハンナ・アーレント)は、棚から消えた店もある。1937年、陝西省延安に書店(現新華書店)を開いた中国共産党は、思想や世論を導く手段として、ネットの影響力を重視しながらも紙媒体への手綱を緩めない。
一方で、日中双方の文化に詳しい神戸国際大学教授の毛丹青はこんな風に言う。「書店の興隆は政策やビジネスといった人工的な要因だけではない。本を読んで文化に触れたいという人々の好奇心の方が圧倒的に強い動力だと思います」
1960年代から70年代にかけての文化大革命の間は読める書物はいっそう限られていた。そのころに育ち、いま親や祖父母となった大人の夢が書店に投影されているという。子供や孫には自分が読めなかった良い本を与えたい、と。「豊かになった人々が文化にかける熱情は大きいのです」
14年に中国語版が出た講談社の『中国の歴史』シリーズは思わぬヒットとなった。日本人が書いた自国史への好奇心に加えて、自宅や会社の本棚にずらりと事典や全集を並べるのがステータスなのだ。日本の高度成長期に似る。もっとも全12巻中、最後の2巻は翻訳が許されなかった。天安門事件など現在に直結しているからだ。
中国で「読書人」は単に本を読む人のことではなく、知識人を指す。清代までの官僚登用試験「科挙」の勉強は、本とともにあった。世に出る階段を上る手段であり、読む本が身分を決めてきた。スマホ全盛の現在も変わらない。だからこそ、親は子の学習に熱意を燃やす。
指導者は知識人でなければならぬとの社会的なプレッシャーは日本より強い。習政権の腐敗退治の懐刀を務めた国家副主席の王岐山は読書家として一目置かれている。フランスの思想家トクヴィルの『旧体制と大革命』を部下に薦めた。習の場合、中国共産党のホームページに自らの本棚コーナーを設けてロシア文学からルソーなどの哲学書まで愛読書だと紹介している。
もう一度、書店や出版に詳しい程三国の話に戻ろう。「中国で出版を許されない書物は世界全体の出版物のなかで、何パーセントあるでしょうか。ゼロコンマ以下です。世界の古典を含めて良書が手の届く場所にあることは、子供の教育や大人の教養に大きな価値を持つ」
うーん。もちろん同意できない。独裁国家の言論統制に対して「ゼロコンマ以下だから問題ない」とは思わない。
とはいえ、地方都市でも百科事典、文学全集、詩集、児童書、外国の小説や実用書の翻訳本まで多彩に並ぶ中国の書店を目にすると、書店が減り続ける日本のことが頭をよぎって、複雑な気持ちになる。
■ソウル 80年代生まれが書店再生を引っ張る
韓国では時を早送りするように、いろいろなことが起きている。
ソウルの独立書店の顔である「THANKS BOOKS」は、代表を務めるイ・ギソプがデザイナー業のかたわら11年に大学街で開いた。カフェ付きで家具や雑貨も扱う「文化空間」として話題を集めた。今は近くに引っ越し、広さは3分の2の90平方メートルほど。名物だったカフェはもう、ない。
「韓国は変化がはやいんです」。大手の教保文庫までもが近くにカフェ付き店舗を構えた。そこで、本に集中することにしたのだ。「買うまでの時間も楽しんでほしい」。立って読める木のバーや温かみのある書棚は、イが設計した。
若い女性の客が多く、店長も20代の女性。「人はスマホに割く時間と心のバランスをとりたくなるのではないか」。その意味で「本だけで稼ぐのは厳しくても、本の重要性は高まる」と期待する。
韓国の人は書店に、本に、何を求めているのだろう。「本と社会研究所」代表のペク・ウォングンに会った。90年代半ばに上智大学に留学し、その後、韓国出版界のシンクタンクを経て独立した。日韓双方を知るペクによると、韓国では学習参考書など教育関連書が出版社・書店の経営を支えていた。
だがネットの普及や少子化で、90年代半ばに5000店以上あった書店は、2010年代に入って2000店余りまで減った。オンライン書店の割引率が高く設定されたことが多数の書店の倒産につながった。政府が政策を見直し、自治体も支援に動き出すと、80年代以降に生まれた若い世代がこの世界に参入するように。就職難や旺盛な起業精神が背景にある。13年ごろから独立書店が増え始めた。
「書店は地元のもの」。イもペクも同じことを言った。市民運動でつながった人たちによる協同組合式の総合書店も生まれた。
民主化運動の砦でもあった大学街の社会科学系書店が激減し、ソウルに残る2軒のうち「プルムジル(ふいごで風を起こす)」の閉店が報じられると、3人の若者が後継ぎを名乗り出た。ひとりはロック歌手チョン・ボムソン。米ダートマス大学に留学し、英オックスフォード大学大学院で歴史学を修め、帰国した。「母国に残る歴史的なものをとどめていきたい」という。
若い女性が銀行のなかに開いたビールを出す書店や、フェミニズムが勃興するなか女性著者の作品を重点的に扱う書店もある。時代の息づかいに沿うように書店もめまぐるしく動く姿は、韓国そのものに思えた。
韓国の書店と交流があるブック・コーディネーターの内沼晋太郎は言う。「斜陽と呼ばれがちな書店業界に、韓国の若者がアイデアを抱えて挑戦する姿勢は印象深い。試行錯誤で得られる成果もある。韓国も日本も言語のために市場規模が限られている点で共通する。韓国を通じて日本で次に起きることが見えるかもしれない」(後編につづく)
【後編を読む】毎日3つ、本屋が消える日本 その先にある希望は
「本屋さんに行こう」連続インタビュー
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