大学卒業後に就いた編集者の仕事を通じて、大型店とインターネット経由ではなかなか知られることのない文学の良書がたくさんあると感じていました。難解な部分があるかもしれないけど、作家の心が迫る本を紹介したいと思い、2015年に小さな書店を開きました。カフェや物販はせず、扱っているのは本だけです。
本を棚に置いているだけでは売れないのは、世界共通です。当然ながら店を続けていくには本を売る方法を探さなければなりません。読者とのつながりが大事だと考えています。店が小さいので最大でも十数人しか入りませんが、朗読会や作家のトークショー、詩や小説を書くワークショップなど毎月数回のイベントを開いています。
参加費は、トークショーなら1万ウォン(約1000円)、ワークショップなら2~3万ウォンです。参加者は30歳前後の方が多いです。作家に、書店が登場する文章を5000字程度で書きおろしてもらい、朗読する試みを続けています。お客さんには作家志望の方もいらっしゃるので、書くことを学べる作品も意識して置いています。『菜食主義者』で2016年に英国のブッカー国際賞を受賞した作家ハン・ガンも何度も来てくれました。こうしたイベントの一部には、政府の補助金がつくこともあります。
書店を開いて3年半になりますが、女性作家の躍進がめざましい。韓国社会に広がった「#MeToo」の動きと重なっています。文壇でも男性による性暴力が告発され、問題を抱える作家はメディアなどで作品が取り上げられたりイベントに招かれたりする機会を得にくくなりました。女性作家が連帯して、主要文芸誌でフェミニズムを特集するなどの取り組みが続いています。
こうした流れに、16年に発表された女性が韓国社会で生きていく困難を描いた「82年生まれ キム・ジヨン」(チョ・ナムジュ)が100万部を越えるヒットとなったことが重なり、文学は女性の声の拡大に寄与したと思います。意識してわかりやすく読みやすくつづられていることで、広い範囲に共感を集め、強い力を発揮しました。
女性が書き手として知られるようになっただけではなく、文学作品に登場する女性の姿も変わってきた。韓国の場合、もともと小説の読み手は女性の方が多いのに、文壇は男性の声が大きく、作品の中で女性が嫌悪感をおぼえる言葉が飛び交っていました。文壇の主流は気づいていなかったかもしれませんが、女性の声の拡大は読者からは潜在的に長く求められてきたことだったのではないでしょうか。
私も女性の店長として、また一人の読者としても、女性作家や女性の問題を扱った作品に注目しています。狭い店ですが、韓国の新しい本に限らず、英国の女性作家バージニア・ウルフなど先見性のある作品にも再び光をあててそろえています。
日本の読者は「キム・ジヨン」で韓国の女性作家やフェミニズムの小説に初めて出会った方が多いかもしれませんが、この作品が突然に現れたわけではありません。大きな注目は集めなかったものの、女性作家による文学として深みのある素晴らしい作品が、数年前から出版されるようになっていました。そこへ「キム・ジヨン」が起爆剤となって、他の作家の作品も掘り起こされ、より多くの読者の目にとまるようになってきたのだと思います。
「キム・ジヨン」が日本で翻訳される前から、韓国と日本の文学が好きな女性の一部では、ツィッターを通じて両国の女性が直面する共通の問題を互いに知り、共感し、支援したり励ましたりする交流がありました。たとえば、「キム・ジヨン」の作品にも登場する「ママ虫」という言葉があります。数年前から韓国のネットで広まりました。1人で子育てをしているのに「夫に働かせて自分は優雅に遊んでいる」と非難するときなどに使われる表現です。この言葉のニュアンスを日本の女性の知人がすぐに理解したとき、ああ日本も同じ問題を抱えているのだなあ、と実感しました。韓国の女性作家が扱うテーマは、フェミニズムに限りません。「キム・ジヨン」をきっかけにして、日本の読者が韓国の文学や社会が抱える問題により関心を持ってくださることを期待しています。
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