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書名と裏腹、残酷な「初恋の楽園」 北京のベストセラー

Bestsellers 世界の書店から
photo:Kodama Shigetaka

貴州省の省都・貴陽に、莫言、鉄凝、賈平凹、余華ら、中国のそうそうたる顔ぶれの作家約50名と、世界各地で中国文学を紹介する38名の翻訳家が、一堂に会した。

中国作家協会が主催する「中国研究者文学国際シンポジウム」は2年に1度、今年で5回目の開催だ。筆者は初参加だったが、同じ作家、作品を翻訳する仲間との語らいは楽しく、地元貴州の作家や未知の作品との出会いも刺激的だった。

これも中国の「走出去(海外進出)」戦略の一つかもしれないが、孤独な翻訳者にはありがたく、末永く続けてほしい。今回はその貴州省発祥で、全国展開する西西弗書店の北京のランキングから。

『房思琪的初恋楽園』は昨年台湾で刊行され、今年2月に中国で簡体字版が出た。「初恋楽園」という甘い言葉とは真逆の悲痛な内容に加え、刊行直後に著者・林奕含が自殺。作品と実在人物との関係が取り沙汰され、中国語圏を震撼させた。

文学を愛する美しい少女、房思琪は台湾・高雄で穏やかな生活を送っていた。しかし、13歳のとき同じマンションに住む50歳の教師・李国華に性交渉を強要された。李からそれを愛情と丸め込まれ、大学進学後、台北暮らしになっても、関係が続く。

妻や思琪以外にも女性関係を持つ李との関係に苦しむ思琪は、同居する幼なじみの怡婷に打ち明ける。しかし、ほのかに李に対して憧れを抱いていた怡婷は衝撃を受け、思琪を拒絶。やがて心が壊れてしまった思琪は病院に送られる。残された部屋に無造作に置かれていた思琪の日記を、怡婷は手に取る。そこに綴られた苦しみと残酷な日々とは……。

繊細かつ静謐な文章で綴られるのは性、権力、学歴社会をめぐる異常な社会の日常だ。加害者の李は社会的地位のある著名教師で、周囲は被害者である思琪を救うどころか、李に疑いを抱くことさえなく、彼女を苦しめる。性的虐待、性暴力被害に女性たちが声をあげた「#MeToo」の世界的なムーブメントがもう少し早く起こっていたら、著者の林奕含は命を絶つこともなかったかもしれない。現在、筆者が翻訳中だが、読んでいるだけでも苦しい。気が付くと、息をするのを忘れている。来年には刊行予定だ。

遅れて来た「#MeToo」

中国ではこの夏、少し遅れた「#MeToo」運動が炸裂した。NGO団体の責任者や著名文化人の男性のセクハラを女性たちが次々に告発したのだ。最近の出来事のみならず数年前の行為を告発する女性が多かったのは、それまで被害を訴える場所もなく、泣き寝入りするしかなかったことが大きい。SNSという新たな手段の発達で加害者側の圧力を受けることなく公に訴える場ができた。何より、世界各地の女性たちの動きに、中国女性も勇気を奮い立たせることができたのだろう。

しかし、告発された男性の多くは否定し、さらには告発した女性の過去の交際関係などを引き合いに出して「ふしだら」と非難し、貶めて反撃。世論も被害者擁護と非難と真っ二つに分かれた。今年刊行された『房思琪的初恋楽園』が、夏が終わっても北京の書店で平積みなのは、この動きとも無縁ではないはずだ。

現実と結びつけられるセンセーショナルな側面に目を奪われがちな作品だが、繊細な文章や文学性が心を揺さぶり、被害者を救えない現実を生んでしまう社会と人の心の闇を、明るみに引きずり出す。親子、友人、隣人との関係……なにげない日常の中に崩壊への兆しは潜んでいる。

2017年、米国で「#MeToo」運動が起こった秋には、彼女はもうこの世にはいなかった。その直前、本書が紆余曲折を経て刊行された際のプレスリリースに残る彼女の言葉が胸に突き刺さる。「ああ、幸いにもこれは小説の中だけ。物語でよかった、と思ってほしいのです」「もし読み終わって、あなたがかすかな希望を感じられたら、それは読み違いだと思うので、もう一度読み返したほうがいいでしょう」

手紙スタイルでつづる小さな物語

『聴你的』は友、父、弟、客、もう一人の自分……小さなこだわりやわだかまりを持つ人々を諭すようにつづる手紙スタイルの物語を集めた短編集。たとえば小樽の寿司屋で修業して日本料理店を開いた男と女性作家を結ぶのは、日本から輸入した山葵をすり下ろしたオリジナルの海鮮丼。食べる側のみならず、作る側の視点が新鮮だ。ミリオンセラーもある影響力のある作家、脚本家である著者のような1990 年代生まれにとって、日本食や海外旅行はごく当たり前の生活の一部である。

本来なら国慶節連休の10月初め、多くの中国人観光客が訪れているはずの北海道は地震の影響でキャンセルが相次いだというが、また海鮮丼を食べに戻って来てほしいものだ。

中国のベストセラー(文学部門)

西西弗書店(SiSYPHE8月北京店ベストセラーリストより

『 』内の書名は邦題(出版社)

1 月亮和六便士  『月と六ペンス』(新潮文庫など)

威廉・薩默塞特・毛姆  サマセット・モーム

刊行から100年を迎える世界的名作。数十種類の中国語訳が存Mention在する。

2 夏日終曲   君の名前で僕を呼んで(オークラ出版)

安徳烈・艾西蒙 アンドレ・アシマン

2017年に注目された映画の原作。中国では未公開ながら話題の作品。

3 本源 『オリジン』(KADOKAWA)

丹・布朗 ダン・ブラウン

人類の未来をめぐり、対立する科学と宗教。AIが解き明かすのは……。

4 無人生還 そして誰もいなくなった』(早川書房)

阿加莎・克里斯蒂  アガサ・クリスティー

映画、ドラマも人気。中国人は親しみを込めて著者を「阿婆」と呼ぶ。

5 小小小小的火 

伍綺詩  セレステ・イング

ごく小さな火が、穏やかに暮らしていたはずの家族を焼き尽くす。

6 刺殺騎士団長 『騎士団長殺し』(新潮社)

村上春樹

2冊組、初版70万部。南京大虐殺への言及も話題に。

7 聴你的 

張皓宸

世界各地で撮ったインスタグラムと手書き文字を添えた20の小さな物語。

8 房思琪的初恋楽園

林奕含

刊行直後に著者が自殺。凄惨な性暴力による悲劇を世に問う問題作。

9 高興死了!!!

珍妮・羅森 ジェニー・ローソン

うつ病の著者が、人生のどん底で自分自身をハッピーにするあれこれ。

10 她不是我媽媽

米歇爾·普西 ミシェル・ビュッシ

両親を「自分の親ではない」という3歳半の子供。異色の心理サスペンス。