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北朝鮮から発せられた#MeToo  「まるでおもちゃのように」性暴力の告発

ニューヨークタイムズ 世界の話題
バスの窓越しに雨に煙る金日成主席(左)と金正日総書記の肖像画(本文と記事は関係ありません)=2013年、ロイター、北朝鮮・平壌の金日成スタジアム
バスの窓越しに雨に煙る金日成主席(左)と金正日総書記の肖像画(本文と記事は関係ありません)=2013年、ロイター、北朝鮮・平壌の金日成スタジアム

2011年に金正恩(キムジョンウン)が政権の座について以降、北朝鮮は市場の規制を徐々に緩和してきた。これに伴い、多くの国民は収入の大半を市場経済活動でまかなうようになってきた。

市場は活発化してきた。しかしその裏では、主に女性商人たちと彼女らに賄賂や性的な接待を要求する男性役人たちとの間で、ある捕食・被食の関係が横行している――国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)が18年11月1日に発表した報告書で、そんな北朝鮮の実態が明らかになった。

「権限をもった男たちと性交渉をする、あるいは男たちに触られるままにしておくのは、生きてゆくためには仕方がない」。20代の時に商人をしていた女性はHRWにそう語っている。「そんなことをしてまで、なんて思いもしなかった。でも、そんなものだった」
HRWは、脱北した女性で、北朝鮮の役人たちの「職権乱用」に苦しんだ経験を打ち明けることに同意してくれた29人にインタビューした、という。女性たちはプライバシーと北朝鮮に残した家族を守るため全員が偽名を使っていた。

北朝鮮では1990年代に食糧不足が深刻化して以降、3万2千人が韓国に逃げてきた。ほとんどは女性で、多くの人たちから北朝鮮で横行している性暴力について報告が寄せられた。

2014年には国連の調査委員会が、北朝鮮で性暴力を含む組織的な人権侵害が横行しているとの調査報告書を出している。HRWの報告書はこうした実態を裏付ける内容で、権限を持っている男性たちによる性的虐待に焦点を当てている。

90年代に大規模な食糧難に襲われた北朝鮮では、多くの女性が家族の主要な稼ぎ手になり、新規オープンした市場で物を売ったり食糧や現金を求めて中国に渡ったりした。自宅から離れると、彼女たちの世話をしてくれるはずの人たちが、逆に彼女たちの捕食者になることが分かった。警察官、刑務官、列車の監視員たちだ。

20代の時に商人をしていたという先述の女性は、10年から14年に北朝鮮を脱出して韓国に移住するまでの間に、何度も警官や列車の監視員たちに性的暴行を受けた、と語った。

女性の商人にとっては、そうした性的搾取に抵抗することは最大の収入源を失うことを意味し、家族の生存を脅かすことになる。HRWの報告書によると、役人たちは女性の商活動やそのための旅を違法だと勝手に言い渡して、商品を没収し、刑務所に送ることすらしかねない、としている。

「市場の監視員あるいは警官たちは私に『ついてこい』と言って、市場外にある空き部屋とか適当な場所に連れてゆく。連中は私たちを玩具だと思っている。私たちは男たちにもてあそばれるだけ」。そう語ったのは40代の時に商人をしていた女性だ。

「ときどき……」と彼女は口にして、性的虐待による精神的な苦痛についても語った。「夜、発作的に泣くことがある。どうしてか分からないけれど」

HRWがインタビューした女性たちは、報復を恐れて、なかなかこの種の犯罪を明かさなかった。性的暴行の被害者につきまとう偏見も理由の一つだ。性交の強要は日常化していて、男たちは悪いことだと思っていない。女性たちも、それを受け入れるようになってしまった、と何人かの女性は語った。

「汚職や政治的な腐敗が蔓延(まんえん)して、権力のない人には選択肢がまったくない」と言ったのは、40代の時に商人をしていた女性の夫だった。彼は「私の妻がそうだったように、女の商人たちにとって、性交の強制は社会と市場の活性化の一部として受け入れなければならなくなっている。それが生き残るための唯一の手段なのだから」と言った。

彼は「私はよく分かっている。でも私たちはそんな話はしない」とも言った。

仕事を探して、あるいは密輸しようとして不法に中国に入った女性も被害に遭いやすい。HRWの報告書によると、彼女たちが中国当局に捕まって送還されると、未決監(未決囚を収容する場所)や刑務所で横行している性的、その他の虐待にさらされる。これはすでに指摘されていた事態だが、今回の報告書はそれを裏付ける形になった。

韓国政府系のシンクタンク、韓国統一研究院(KINU)が1125人の脱北者を対象にした14年の調査によると、その38%近くが未決監や刑務所でセクハラや性的暴行が「日常化している」と話していた。そして調査対象の脱北者のうち33人が性的暴行を受けた、と打ち明けた。

「毎晩、何人かの女性が看守に強制的に連れ出されて性的暴行を受けていた」と30代で商人をしていた時に未決監に収容された女性はHRWに語った。「あのガチャ、ガチャ、ガチャという音は、これまで聞いた中で最も恐ろしかった。私たちが入れられていた監房を鍵で開ける音だった」と。

別の元収監者が言った。「性暴力は悪いとか、自分は過ちを犯していないとか、そこではだれか『法律専門家』がいて私を守ってくれるといった考えは、私が北朝鮮に住んでいた間、一度として起きなかった」

HRWによると、北朝鮮の高官は17年7月の国連委員会で、同国で性的暴行で有罪となった者は08年にわずか9人、11年が7人、15年は5人だったと発表した。

「北朝鮮高官はばかげた少ない数字を示すことで、同国が暴力のない天国であることを印象付けようとしたようだが、逆にこの数字は性暴力に取り組む姿勢がまったくないことを強く告発している」。HRWの報告書はそう記すとともに、「性的暴力、あるいはジェンダーにもとづいた暴力への関心が各地で高まっている中、これだけ多くの証拠が集まってきていることは、性暴力が北朝鮮に風土病のようにはびこっていることを示すものだ」と述べている。

HRWは同時に、北朝鮮から脱北した元高官8人への聞き取り調査を実施し、被害の実態を裏付けた。

「もし北朝鮮の女性たちに正義を求める手立てがあるなら、おそらく彼女たちは『#MeToo(ミートゥー)』の声をあげているだろう」とHRW代表のケネス・ロス。「しかし、彼女たちは金正恩の独裁下で声を出せないでいるのだ」(抄訳)

(Choe Sang-Hun)©2018 The New York Times

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