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「西安のソクラテス」が、考える人を中国で育てる

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文化サロン「知無知」を主宰する諶洪果さんと古代ギリシャの哲学者ソクラテスの像。「知無知」はソクラテスの「無知の知」から借りた=2019年3月8日、西安市

【前の記事】中国の発禁作家が見た本屋の最新事情 「書店は増えた、言論空間はどうか」

■リアル書店は楽しさが大事

中国で本を買う場合、リアル書店で本を手にしてめくってみて、気に入った本のタイトルを控えて帰宅後にネット書店で割引で買うというパターンが多い。割引率が全然違う。だから、リアル書店には訪ねて楽しい娯楽の場であることが求められます。

各地でショッピングモールが続々とオープンしていますが、レストランと並んで書店も必要とされています。有名で美しい書店が入ることで施設の格があがるし、お客が集まる。不動産開発業者は書店で稼がなくても良いので、家賃を無料にしたり割り引いたりできます。これが、中国でリアル書店が増えている最大のエンジンだと思います。

中国の新興民営書店「言几又」の西安旗艦店。カフェやバーを備えた「美しい」と評判の店内は、SNS映えスポットとしても知られる。

政府はインターネットの影響力を重視していますが、リアル書店もイデオロギーをコントロールする重要なルートであり、外せない陣地だと考えています。中国は人口が多く、中産階級も増えて本を読む余裕がある人が増えました。親は子どもの教育を重んじて書店へ連れていき、本を買い与えます。自分が本好きとは限りません。国土も広く書店の数や出版物の発行部数が大きく見えますが、ひとりあたりにすればまだまだです。だから、政府は国民の教養を高めようと「全民閲読」を提唱し、財政面でも補助しています。

陝西省西安市は外国人にも有名な歴史の深い文化の地です。たくさんのお寺に加えて文化活動の場や書店を増やせば、官僚の政治成績の評価につながる。ただ、これは虚構の繁栄で、そう長く続かないと思います。豪華で美しい中国の書店は、設計はそれぞれ個性がありますが、中身は同質で多様化していません。

書店はお金を稼いで経営していかなければなりません。そう簡単ではない。いずれ家賃の減免の期限がくる。どのくらいもつのかな、とみています。書店に限ったことではありませんが、中国では不動産会社も政府も、誘致には非常に熱心で良い話をするのですが、来てしまうとほったらかしにしがち。経営はしだいに大変になってくると思います。

■市民をつなぐ存在に

それでも、私は書店は多ければ多いほど良いと思います。中国は市民社会がないのです。広場で一緒に踊ったり、年越しに歌を唄ったり、冠婚葬祭で集まったりはしますが、公共社会はないのです。書店は市民を育て、つなぐ存在になりうると思います。読書会を通じて人々が同じ本に向き合い、共感したり、激しく議論したりしながら継続的に語り合うことはコミュニティーを築く一歩だと思うんです。

政府は、読者同士が長期的につながらない学習活動やイベントなら大歓迎です。怖くありません。たとえば、ネットを通じて本を紹介し、一過性のオフ会を書店で開く。この程度なら問題ない。ただ、知識人が書店を通じてコミュニティーを築くのは恐れています。

「知無知」では、政治的に敏感な本は選びません。その必要もない。政府とは意思疎通をはかっていて、秘密にせずに何を読んでいるかを報告しています。読書会は問題ないのですが、講演を頼んだ相手によっては政府が反応することもあります。「レッドライン」は越えるな、と。

私は和諧、繁栄、安定した社会を求めていますし、うらみを募らせ、建設性なく政府に対抗する方法は好きではありません。政治や時事的な評論を自発的にするつもりはありませんが、他の書店に比べれば政府から警戒されてはいるようです。

文化サロン「知無知」を主宰する諶洪果さん。大学で自由な議論ができなくなるなか、副教授の職を辞してサロンを開いた。読書会を中心に知識人の講演会も主宰する=2019年3月8日、西安市

■ソクラテスもシェークスピアも

中国の大学は現在、学問の独立や自由に乏しい。私は前職(西北政法大学副教授)の時、講師を招いて読書会を開いていたのですが、大学から圧力を受けた。大学はイデオロギー闘争に重要な場所と位置づけられているからです。2013年末に辞職願を公開書簡として提出しました。理想を持って教育にあたりたかった。そして、15年8月に文化サロン「知無知」を開いたんです。

大学では1学期に1回の読書会に圧力をかけられたのに、このサロンでは毎週十数回の読書会が開ける。これまで延べ300人が講師にきてくれた。毎日講座があり、週末は3~4回開いています。

賀衛方・北京大学法学部教授の筆による「知無知」。憲政や法治の重要性を長く説いてきた賀さんは中国では出版を許されなくなった=2019年3月8日、西安市の文化サロン「知無知」

だいたいは古典を読みます。深く入り込む本の読み方をしたいと思います。同じ本に時間をかけて向き合います。今日は古代ギリシャの哲学者ソクラテスを読む会を持ちます。ドイツの哲学者ハイデッガーの「存在と時間」には20~30人が集まる。米国の思想家デューイの「民主主義と教育」、中国の曹雪芹の「紅楼夢」、ギリシャの詩人ホメロスやシェイクスピアも読みます。参加者は17歳の高校生から70歳までいます。

中国の教育は試験第一だから、大学に合格したとたん、知識そのものへの情熱が喪失してしまうことがある。洗脳しやすい教育です。こうしたやり方に不満をもつ親もいて、子どもにも読書会のような機会を与えようとしているんです。読書会は1回20元(約340円)、講演は30元です。会員になれば、年会費は1000元ちょっと。これでは赤字ですが、友人が投資してくれたもので食いつなぎながら、なんとか運営しています。

文化サロン「知無知」を主宰する諶洪果さんと看板猫の小布(シアオ・プー)。1歳になる=2019年3月8日、西安市

私も参加者と一緒に本を読み、時代や社会の主流に対して距離をもってものを考える人々を育てていきたいのです。反抗や対抗ということではありません。権力と一体化しない距離感です。自省する力と言ってもいい。それを培うための読書です。社会に出るための道具として卒業証書を求める大学の勉強とは違います。西安の「知無知」を社会に小さな灯りをともす場にしたいと思います。

西安の国営新華書店も豪華な大型店舗を作りました。そこで講演したとき、遠慮せず、こう言いました。「政治・法律の棚にある9割の本を取り払ったら良い書店になる、『一帯一路』の宣伝をはじめ、政策報告はゴミみたいなものだ」と。

中国共産党の「学習」本が並ぶ国営新華書店=2019年3月7日、西安市

これは批判のようでもあり、評価でもあります。憲政など禁書になりやすい分野はあるのですが、翻訳書を中心に共産党中央宣伝部の管理から漏れている良書はたくさんあります。宣伝部は学術書の内容をよくわかっていないからです。中国政府は言論をコントロールしていますが、市場化が進んだいま、文化大革命の時代のようにはいきません。近年、哲学や文学を含めて中国人の視野を広げる翻訳書が増えています。出版社も売れないと困るから、良い本を世界中から探しているのです。

国営新華書店の政治・法律コーナー。ソファで読書したり勉強したりするお客もいた=2019年3月7日、西安市

読書とは自らを省み、自らに立ち向かい、自らを壊して変えていくものです。知識を装うことではありません。本当は権力には怖い行為です。中国は矛盾多き社会です。経済にも問題があり、政治には緊張が走り、社会は分裂しています。今後どうなるんでしょうか。政治がどうなろうとも、社会自体は永遠に続く。そこに人がいるからです。中国には独立して思考する人が必要です。

「本屋さんに行こう」連続インタビュー

#1 中国の発禁作家が見た本屋の最新事情 「書店は増えた、言論空間はどうか」

#2 「西安のソクラテス」が、考える人を中国で育てる

#3 ゆとりを得た世代の「知への欲求」 市民の力が中国の書店を支える

#4 中国が向かう「書店4.0」とはどんな世界か

#5 変化のスピード、半端ない 韓国・独立書店の顔が語る本屋事情

#6 「本が売れないからコーヒーを」ではない 韓国の経験が教える生存戦略