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中国「犯罪小説の旗手」は異色の新進作家

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
中国の人気作家の周浩暉。犯罪小説の3部作を書き上げ、読者層は海外にも広がっている=Giulia Marchi/©2018 The New York Times

海外でも読者層が広がりつつある中国の犯罪小説。その波をとらえた新進作家、周浩暉(チョウ・ハオホイ)は、北京郊外の大学で工学系の講座を担当していたが、教員の仕事に飽きたらず、2007年にオンラインで小説を発表し始めるや熱狂的な読者を獲得した。
それから2年後、彼の小説は復讐(ふくしゅう)殺人の犯人を追う刑事物語の3部作として出版され、最終的に計120万部以上が売られた。中国のソーシャルメディア大手「騰訊(Tencent=テンセント)」のストリーミングサイトで連載されたことが海外の読者層の拡大を後押しした。彼の代理人である中国教育図書輸出入有限公司(CEPIEC)によると、驚くべきことに、連載のサイトは計24億回も閲覧された。この4月には長編映画の撮影も始まった。

周浩暉の代表作「死亡通知単」。英訳され、「Death Notice」のタイトルで米英の書店に並ぶ=Giulia Marchi/©2018 The New York Times

3部作の第1弾、「死亡通知単」(英訳書は「Death Notice=デス・ノーティス」)が6月5日に米国で売り出され、続いて英国でも書店に並ぶ。米大手出版社Doubleday(ダブルデイ)は、周浩暉が、ジョー・シャーロン(訳注=上海出身で米在住の推理小説家)や何家弘(ホー・チアホン)、阿乙(アー・イー)といった現代中国を代表するミステリー作家たちに並び、犯罪・推理小説の分野でグローバルな作家へと飛躍するとの期待を寄せている。
周浩暉は言う。犯罪は普遍的なテーマだから、推理小説や警察のスリラー物語は、例えそれが中国のような権威主義的な政治体制下でのストーリーであっても、歴史小説より簡単に文化の違いを乗り越えられると。
「犯罪について語る時、それは刑事事件であり、大都会の警察、ナゾ、そしてサスペンスであり、世界中どこであれ、読者はそういうことが好きなのだ」。周浩暉は郷里の江蘇省揚州市で、ニューヨーク・タイムズのインタビューにそう答えた。揚州は上海から数時間、揚子江(長江)を遡(さかのぼ)った人口200万の歴史的な帝都である。
周浩暉によると、米アカデミー賞の最優秀作品賞など四つのオスカーを獲得した監督マーティン・スコセッシの作品「The Departed(ディパーテッド)」(06年)は警察と犯罪組織にそれぞれのスパイが潜入して展開される香港映画「Infernal Affairs(インファナル・アフェア)」(02年)をリメイクしたもの。物語の舞台を米ボストン南部に移しただけだというのだ。
40歳の周浩暉は、名声を得たとはいえ、物静かな人だ。郷里でも、彼の小説は書店の目立つ場所に並べられているが、彼自身が人目を引くことはない。理知的で、話し方は優しく、関心の幅は広い。
すでに十数冊の犯罪小説を出版している。そのうえ、「ホワイヤン」(淮陽)として知られる郷土料理の本など食べものに関する書籍も2冊書いている。ホワイヤンは、広東、四川、山東とともに中国の四大伝統料理の一つだ。
穏やかな人柄とは対照的に、犯罪小説の中身は恐ろしく暴力的である。小説「死亡通知単」では、警察学校の幹部候補生2人を残忍にも爆殺した犯人が18年後に再び浮上する。今度は、先の殺害事件を解決できなかったことで昇進が遅れていた尊敬すべき巡査部長の殺害を企てるのだ。
この殺人犯は復讐者に変身し、処罰されていない犯罪者に正義の鉄槌(てっつい)を下す。殺人犯は、自らを「Eumenides(エウメニデス)」と名乗る。古代ギリシャの三大悲劇詩人の一人、アイスキュロスによる代表作「オレステイア」3部作の3作目の著作にちなんだ名前で、彼は毛筆で書いた見事な中国文字で次々と標的に警告を与え、警察を悪魔のゲームに誘い込む。新たな連続殺害騒動が、ある理由で封じられていた特殊警察部隊を復活させるのだが、その理由をここで明かせば物語は台無しになってしまう。
言うまでもないが、検閲は犯罪小説の執筆に影響を及ぼすから、場合によっては迫力を欠くことになる。阿乙はスリラー小説の作家になるまで江西省の警察官だったが、彼がニューヨーク・タイムズのインタビューに応じて言うには、中国では犯罪小説の可能性がそがれている。「犯罪小説の人気は依然として高い」としながらも、「作家にとって、創作活動が徐々に難しくなってきている」と語った。

郷里の江蘇省揚州市にある周浩暉の書斎=Giulia Marchi/©2018 The New York Times

周浩暉によると、検察官が問題点を指摘して著作の内容を改めさせたことがある。それでも、政府当局は中国人がますます時間を割くようになった映画やオンラインの監視を強化しており、その分だけ小説の場合は甘くなる傾向がある、と彼は言う。小説「死亡通知単」の検閲は警察の汚職や富裕層が享受する特権などが中心的な対象だったが、それらはいずれも中国の読者ならわかっている場面である。
「犯罪小説を書く場合、あまり否定的なことは書かないよう心得ておくべきだ」と周浩暉は指摘するが、「でも、どこで線を引けばいいのかが判然としない」とも話した。なら、どうすべきか。検閲をすり抜けるセンスを備えた優秀な編集者を得ること。それが周浩暉の答えだ。
「死亡通知単」の映画化では、プロデューサーが舞台を香港にすることで政治的に敏感な問題に対処した。中国共産党の宣伝工作当局が、香港のことを、何十年間にもわたる植民地支配を受けて完全に堕落してしまった場所とみなしているからだ。
一方、周浩暉の米国の代理人は、政治的と言うよりもむしろ商売上の理由で「死亡通知単」の英訳本(ザック・ハルーザ訳)の中身に変更を加えた。小説の舞台を揚州や南京の周辺ではなく、四川省の省都・成都に変えたのだ。米出版社ダブルデイの周浩暉作品の編集者ロブ・ブルームがメールで答えてくれたのだが、パンダとスパイシーな料理で有名な四川省の成都が舞台なら、外国の読者の心をぐっとつかめるだろうと考えたからだという。
物語の舞台を変えたことについて、周浩暉本人に問いただしてみたら、彼は笑いながら、どうしてなのか自分でも知りたいと不思議がっていた。
周浩暉の3部作の2作目、3作目である「宿命」と「離別曲」も米国ではダブルデイから出版するという選択肢もあるが、最終的にはまだ決まっていない。
周浩暉の出身地、揚州は文学の伝統を誇る土地柄で、とりわけ9世紀の詩人の杜牧(トゥー・ムー)で知られている。周浩暉は子どものころ、揚州にある世界遺産の痩西湖へ遠足に行ったとき、クラスの仲間が朋友(ほうゆう)の不在を嘆く有名な杜牧の詩を詠唱したのを覚えている。当時はまだ入園料など取られなかったころのその公園で、周浩暉はよく遊んだ。彼が文学に目覚めるのは、ずっと後になってからである。
「中国の教育制度下では、『何をしたいのか』を考えるよう指導する人はいなかった」と周浩暉。「勉強、勉強、勉強、そうして良い大学に入れ。そう教えられるだけだった」と言う。彼は中国屈指の名門校、北京の清華大学に入り、環境工学の道に進む。しかし、工学系の学問を好きになれないことにすぐ気づいた。そこで、趣味として小説を書きはじめ、その後、北京市のはずれにある大学で約10年間、教壇に立ちながら同大のオンラインに作品を発表してきた。
著作に真剣に取り組みだしたのは、03年からのこと。そのころ、中国でSARS(重症急性呼吸器症候群)が流行し、何百万人もが感染して隔離され、数百人の死者も出た。「当時、どこへも行けず、何の楽しみもなかったので、私は一日中部屋に閉じこもっていた」と周浩暉は振り返る。
3部から成る著作が成功したので、周浩暉は12年に大学を退職して郷里に帰った。その後は執筆にだけ専念するのをやめ、「Frog Brothers(フロッグ・ブラザース)」というプロダクションを設立してオンラインの映画制作にも打ち込んでいる。彼は、書かれたモノと視覚に訴えるモノとか、活字と映像といった分野間の境界があいまいになった世代に属しており、ある媒体から他の媒体へ、ある部門から他の部門へと軽々と移行できるらしい。周浩暉には、形式はさほど重要ではない。「『そのストーリーを語る最善の方法は何か』ということを、いつも考えている」と言うのだ。(抄訳)

(Steven Lee Myers) ©2018 The New York Times

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