昨年、人気女優・范冰冰(ファン・ビンビン)が長期間拘束、巨額の罰金を科されたのを皮切りに脱税への取り締まり、規制が厳格化され、冬の時代の中国映画業界。そんな中、明るいニュースとなったのが、SF映画『流浪地球』のメガヒットだ。3月16日現在、封切りからひと月足らずで興行収入46億元(約760億円)を突破した。
原作は2位の劉慈欣『流浪的地球』に収録の短編『流浪地球』。約400年後の未来、太陽が危険な存在になると知った人類は、巨大エンジンを建設して地球の自転にブレーキをかけ、他の恒星を目指して太陽系を脱出し、極端な低温と高温の地上から地下都市に移住する。「この時代の人類は4世紀前の映画や小説を見ても理解できない。太陽と共に生きていた時代、人々は生死に無関係なことになぜあれほどまでに情熱を傾けられたのか」「死の脅威と生への欲求があらゆることを圧倒し……人類の心理状態と精神生活に本質的な変化をもたらし、愛情など一瞥する程度のものでしかない」
息子の小学校時代の女性教師と暮らすために家を出る主人公の父は「たぶんしばらくしたら飽きて戻って来るけど、どう?」と言う。「そうしたければ、どうぞ」と母。2カ月後、当然のように父は戻る。やがて主人公は日本人女性加代子と運命的に出会い、結婚。
だが、人々が先の見えない不安から連合政府に反旗を翻すと、加代子も武器を手に夫と子供の元を躊躇なく去り、命を落とす。絶対的危機の前に薄れゆく人の情がうすら寒くも妙にリアルな中、夫は「太陽と共に生きた時代の人間」のような思いを亡き加代子に抱き続ける。大胆な設定と科学で危機に挑むスケールに目を奪われがちだが、巧みな人間ドラマが光る。
映画を見た人曰く、地球の危機という設定のみ原作通りで物語は異なり、日本人の妻も登場しない。「自国の利益のみ追求する米国と異なり、グローバル協力重視の中国の価値観を示した」と中国メディア絶賛の映画なのに。ネット上で日本人のアイドルや女優が加代子役を演じるのを楽しみにしていた原作ファンを落胆させた。『妖星ゴラス』に結びつく日本イメージ払拭か。原作が良いだけに「中国的グローバル映画の中国的成功」だけでは少し残念。
「流浪地球」原作短編の初出は2000年、中国のSF雑誌『科幻世界』に掲載。その後複数の短編集に表題作として収録され、今回のランキングでも2位と12位、セット本が4位にランクイン。ネット上では9社の版が確認できる。その多くは劉慈欣の『三体』英語版のヒューゴー賞受賞及び、映画の製作決定後の出版だ。
敢えて書名を『流浪的地球』と変えた2位と4位の浙江教育出版社版は、それ以前のものと比べ中身が微妙に異なる。例えば12位の中国華僑出版社版と比べると細かな表現の違いが複数箇所。大きいのは映画と同様に、主人公の妻が日本人ではないこと。「彼女は日本人で、山彬加代子という。……彼女は日本人らしく頑なに言った」(華僑版)。「彼女は小彬(シャオシャン)という。……彼女は頑なに言った」(浙江版)。「日本人」が消され、中国人風の名に。原作とは物語が違う映画のノベライズでもない、この書き換えは意味不明だ。中国ではなぜかあまり話題になってはいないが。
書き換え前の元々の短編『流浪地球』は、2008年9月号『S-Fマガジン』「中国SF特集」に邦訳の掲載がある。『三体』邦訳が早川書房から刊行予定の今年、中国SFと劉慈欣ファンが一気に増えるであろうこの機に、『流浪地球』の短編集も書籍化の話が進まないものか。
■古典名作がリバイバル
8位『浮生六記』は30代の若手作家が清代の古典名作に挑んだ現代語訳。原文も収録して古典と現代語訳を読み比べられるのも好評で、2015年刊行、今年240万部を超えた。読者は経済活動に忙しい余裕のない日々、現実の生活にない「癒やし」を求めるのか。時折見られる古典リバイバルブームに中国文化の底力、教養に対する中国人の真摯な姿勢を感じる。
著者の沈復は無名の読書人で県知事の私設顧問として各地を転々とした。単身赴任で大家族の元に残した妻への気持ちが募り、封建的な時代に互いを慈しむ夫婦の細やかにあふれる愛情、なにげない生活を美しい文章で綴った手記である。
邦訳は1930年代に佐藤春夫・松枝茂夫訳が刊行、現在も松枝訳が岩波文庫で入手可能。原文、現代語訳、邦訳いずれもわかりやすく柔らかい言葉選びに、優しい気持ちになれる。夫婦喧嘩後の読書に。
3位のロングセラー『活着』の、長く絶版だった邦訳『活きる』が今年復活したのは朗報。古典、現代小説を問わず、過去に翻訳され、現在入手不可能な傑作は少なくない。復刻、文庫化、電子化等で気軽に読めるようになることを願う。
中国のベストセラー(総合)
3月11日付当当網月間ベストセラーリストより
『 』内の書名は邦題(出版社)
1 人間失格
太宰治
中国の若者に広く読まれている近代日本の文豪による不朽のロングセラー。
2 流浪的地球
劉慈欣
ひと月足らずで46億元の興行収入を記録した大ヒット映画『流浪地球』の原作。
3 活着 『活きる』(中公文庫)
余華
子、孫へと語り継がれる刊行から26年の名作。世界的作家の代表作。
4 銀火箭少年科幻系列(全8冊)
劉慈欣、H・G・ウェルズ、メアリー・シェリー他
『三体』『流浪的地球』の劉慈欣・編集による青少年向け世界SF名作集全8冊。
5 我喜歓生命本来的様子
周国平
中国を代表する哲学者が説く、「生命本来のありさまを尊重すること」の意味。
6 神奇校車(全12巻)『フリズル先生のマジック・スクールバス』(岩波書店、絶版)
ジョアンナ・コール著、ブルース・ディーギン絵、施芳訳
恐竜時代や宇宙空間に子供たちを運ぶスクールバス。科学の世界へと誘う。
7 好的孤独
陳果
学生がネットにアップした講義動画で大人気の復旦大学准教授が語る「孤独」。
8 浮生六記 『浮生六記―浮生夢のごとし』 (岩波文庫)※
沈復・著、張佳瑋・訳
妻への思い、仲睦まじい夫婦生活を綴った清代の傑作の現代語訳。
9 皮囊
蔡崇達
2014年刊行後、すでに250万部を突破した若者のバイブル的短編集。
10 懂你
陳果
道徳教育における言葉の大切さ、実践を丁寧に解説。7位と同じ著者。
■「世界の書店から」は毎月第1日曜日に配信します。