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「82年生まれ、キム・ジヨン」を読んだ 日本での大ヒットに感じたほのかな希望

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2月、ソウルで
2月、ソウルで

あらすじ キム・ジヨンは子育て中のある日、別人に憑依するなど異常な行動をとるようになる。精神科医の前でジヨンは、家庭でも学校でも会社でも男性が優先され、子育てのために退職を余儀なくされた自身の半生を語るのだった。

 

作品の主人公はキム・ジヨンという名の33歳の女性だ。受診した精神科で聞き取った話をカルテにした形で構成されている。当初は典型的な育児うつだと思っていた男性担当医は、彼女が韓国社会で成長する過程で、女だからという理由で受けてきた差別や困難と対面することになる。

キム・ジヨンは82年生まれで最も多い女性の名前という。よくある名前を持つ主人公の経験は、程度の差はあれど「あるある」とうなずきたくなる出来事ばかりで、とりわけ子育て中の母親を中心に大きな共感を呼んだ。一方、男性からは「あまりにも男性を悪く描いている」などと反発が目立った小説だ。 

■「#MeToo」を背景に広がった支持

2016年に初版が刊行され、男性国会議員が文在寅大統領に推薦したことで話題を集めた。大きく注目されたのは翌年、「#MeToo」の火付け役となった女性検事が検察庁内のセクハラを告発した際、この小説に言及したことがきっかけだった。

キム・ジヨン_2

韓国社会ではこれ以降、連日のように大物政治家や人気俳優らから受けた性被害の告発が相次ぎ、大きなムーブメントが興った。名指しされた著名人らは性暴行容疑で逮捕されたり業界を追放されるなどし、自殺者も出るほどの事態となると、容赦ない告発に世論も割れた。 

こうした中で小説はベストセラーになり、「#MeToo」を語る上で切り離せない一冊として社会現象となった。読みやすい文章や、雇用や出産率など実際の統計を用いるなどして韓国女性の近現代史をたどっていることで、いわば「フェミニズム入門書」として手に取った人も多いようだ。夫や恋人に薦めて、議論が喧嘩に発展したという話もよく聞いた。 

男女で感想が全く違うというのが特徴で、特に一部の男性からは大バッシングが起きている。女性アイドルグループ「レッド・ベルベット」のアイリーンが「最近読んだ本」としてこの本を挙げただけで、男性ファンから「フェミニスト宣言だ」と批判が起こり、彼女の写真やグッズを燃やす画像がネットに投稿された。映画化が決まると主演女優のチョン・ユミ氏のSNSのコメント欄が罵り言葉で埋められた。

だが小説はこうした「炎上」を重ねる度に、更に売り上げを伸ばしてきた。日本でも邦訳の発売後、Amazonのレビューに韓国人男性からと思われる複数の批判コメントがついたことも話題になった。 

■意外だった、日本社会の共感

今回の日本での反応は、著者や翻訳者も予想しない出来事だったという。男性ヒップホップグループ「防弾少年団(BTS)」のメンバー、RMやアイドルグループ「少女時代」のリードダンサー、スヨンらが番組でこの小説について言及していたことで、以前から注目していた日本のK-POPファンも多く手に取ったようだ。だが何よりもキム・ジヨンに対する強い共感があり、それが私には意外に映った。昨春購入して、時折涙しながら夢中で読んだが、いまだに男尊女卑が残る韓国ならではの話だと感じていたからだ。

84年に韓国で生まれ、父親の仕事の都合で二つの国を行ったり来たりしながら育った私もキム・ジヨンと似た記憶が多い。ご飯は父の分から盛らなくてはいけないと教わったし、口答えをすれば「女の子なのに」と言って怒られた。一方で日本の家庭は、父親も台所に立ち、時に子どもと友達のように会話していて、幼かった私にはとても自由に見えた。

キム・ジヨン_3

ソウルの大学に進学したが、日本で就職しようと思った理由の一つが、韓国よりずっと男女平等で生きやすいと思ったからだ。周囲には留学やインターンでスペックを磨きに磨いた女性の先輩が多かったが、第一志望の会社に就職したのは男性ばかりだった。

すでに会社勤めをしている先輩たちは、上司がいまだに「彼氏はいないのか」「結婚しないのか」と聞いてくると怒っていたし、結婚すれば正月やお盆に夫の実家で「嫁だから」とこき使われてストレスをためていた。どれも日本ではいまやあまり聞かれない話だと思った。日本で就職して日本人男性と結婚した私に、韓国の友人や知人は「良い選択をした」と言っていた。

それなのに、日本の読者たちもキム・ジヨンの話が自分のことのようだと言う。当初は少し不思議に思ったが、細かいエピソードの一つひとつは異なっても、ベースにある女性をとりまく社会構造は変わらないからだと思った。

特に最近はジェンダーを意識させる出来事がいくつも起きた。財務省事務次官によるセクハラや、東京医科大が女子受験生の得点を一律に減点していた問題は、いまだに女性は差別される存在なのかと愕然とさせられた。直近では男性誌「週刊SPA!」が女性を軽視するような大学ランキングを掲載して波紋を呼んだ。こうした問題意識が高まる中で隣国のフェミニズム小説が出版され、支持されたのだろう。 

キム・ジヨン_4

家事や育児が女性の負担となっていることも両国共通で、妊娠後のジヨンの姿はそのまま日本に置き換えることができる。

男性社員ばかりがプロジェクトメンバーに抜擢されても、クライアントからのセクハラに辟易しながらも、仕事自体はやりがいがあって楽しかったのに、育児との両立が不可能で退職せざるを得なかった。子どもが保育園に通うようになって再就職しようとしてもできる仕事は限られているし、たまにカフェに寄れば見知らぬサラリーマンに「旦那の稼ぎでぶらぶらしている」などと陰口をたたかれる――。そんなジヨンの孤独や葛藤を抱える姿に、自分自身を重ねる人は日本にも多いはずだ。 

■新たなキム・ジヨンを生まないために

「#MeToo」ムーブメントにより、ようやく韓国女性たちが息をしやすくなったかと思われたが、男女間の葛藤をより深める結果となったのが現状だ。

それでも女性たちは、この状況を否定的にばかりとらえてはいない。社会に問題提起がされ、考える土壌ができたからだ。女性や嫁・母を題材にした本や映画、テレビ番組などが多く登場し、これまで伝えられてこなかった声が取り上げられるようになった。

キム・ジヨン_5

韓国の新聞社に勤める女性記者の友人(彼女はキム・ジヨンの経験は「ましな方」だと言う)は「今がようやく始まり」と語った。まずは家庭で夫や子どもたちの意識を変えることから始める母親たちが多いという。一時期の盛り上がりとして終わらせることなく、長い時間をかけて社会を変えていこうとしている。

この友人は第二子も男の子だとわかった時、「ホッとした。韓国は女の子が生きていくには過酷すぎる」と言っていた。昨年末に娘が生まれた私は、妊娠中に何度か彼女の言葉を思い出した。そして今、娘に女の子として生きる中でなるべく傷つかないでほしいとばかり願っている。それよりも「大きな夢を持って生きて」と言ってあげたいのに。

あとがきで作者は日本の読者に向け、次の世代に連鎖させないために声を上げてほしいと呼びかけている。2000年代、2010年代生まれのキム・ジヨンが現れることがないようにと。キム・ジヨンが受け入れられた理由は、日本社会でも変化を望んでいるためだと感じた。韓国のフェミニズム小説に対する異例の関心は、悲観ばかりする必要はないはずだと思わせてくれる。

写真:崔承燾

韓国・ソウル生まれ。42歳。朝日新聞出版写真部を経て、フリーカメラマンとして韓国で活動中。

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