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悩み、それでも書いた ジョブズの娘が語る「気まぐれでサディスティックな父の物語」

Bestsellers 世界の書店から 更新日: 公開日:
外山俊樹撮影

Small Fry」は、2011年に死去した米アップル社の共同設立者スティーブ・ジョブズ氏の長女で、雑誌のライターとして活躍しているリサ・ブレナン=ジョブズの回想録。父親との複雑な父娘関係が語られている。

ジョブズがリサの出生時、父親であるのを否定したことはよく知られている。彼女が2歳になり、DNA鑑定で父娘関係が証明されて初めて養育費を支払うようになった。だが、彼が得た巨額の富に比べれば、母娘に対する金銭的援助は微々たるものだった。

リサの母親はヒッピーのコミューンでリサを出産。生活保護を受けながら友人の家を転々とした。リサが7歳の頃、ジョブズが母娘のために小さな家を買い与えるまでの間に13回も引っ越しをしている。

ジョブズは娘に会いに来るようになったが、彼の態度は気まぐれで、時に冷淡だった。父との会話はいつもぎこちないものだったと著者は振り返る。

母親はリサに深い愛情を注いでいたが、リサが中学生になった頃には精神不安定となり、娘に辛くあたるようになる。リサは名字をブレナン=ジョブズに改め、ジョブズの家で暮らし始める。

それは著者が夢見ていた生活ではなかった。ジョブズのリサに対する態度は育児放棄(ネグレクト)からサディスティックなものへと変わった。リサは引越し後の半年間、母親との面会を禁じられ、毎晩、食洗機なしに食器を洗わされ、幼い弟の世話もさせられた。部屋の暖房が壊れても直してもらえず、夜に「おやすみ」を言ってもらえなかった。孤独な思いを精神科医との家族面談の場で訴えても、義母からは「私たちは冷たい人間なのです」と突き放された。マッキントッシュの先駆けとなったコンピューター「Lisa」についても、「彼女の名前にちなんだものではない」と否定された。

家族写真から外され、大学受験準備のさなかに家族旅行のため学校を休まねばならなかった。中学生だった彼女にジョブズが彼女の性欲について質問し、目の前で義母と性行為を始め、見るようにと命令されたこともあった。それでもリサは、家族の一員になるため、みじめなまでの努力をした。やがて合格したハーバード大の学費の支払いもジョブズから拒否された。学費はリサの置かれた状況を知る近所の住人が立て替えたという。

ジョブズや周囲の家族に対するリサの言葉は辛辣で容赦がない。一方で、一緒に近所でローラースケートをした楽しい思い出など、ジョブズの機嫌が良い時にふたりで過ごした時間がどれだけすばらしい、特別な時間だったかについても繰り返し語られている。

表題の「Small Fry」とはジョブズが幼いリサを呼ぶ時に使った言葉。稚魚を表し、「取るに足りない存在」という意味だが、後になって著者は幼子の成長を願う愛称であることを知る。

本書についてジョブズの妻、子どもと実の妹で作家のモナ・シンプソンは「リサは家族の一員であり、この本を読むのは悲しいことだった。本書で描かれているジョブズの姿は、私たちの思い出とはあまりにも違う」という旨の談話を連名でニューヨーク・タイムズ紙に送った。一方、著者の実母は、「リサの幼少時の混沌は、事実よりも控えめに書かれている」と語っている。

リサはジョブズの死の直前の3カ月間、頻繁に彼の家を訪れた。ジョブズは病床で涙を流しながらリサに謝罪をしたという。

本書の出版は家族を傷つけないだろうか。単なる暴露本と受けとめられないだろうか。出版前にはそう悩んだという。偉大な父親の陰で自分の居場所を探し続けた少女の物語は、魅力的だが胸の痛むものだった。

■人間とAIの協働も 「サピエンス全史」著者が予測する21世紀

ユヴァル・ノア・ハラリは、イスラエル人の歴史学者。2014年に英訳版が発表された著書「サピエンス全史」が大ベストセラーとなり、一躍、世界中から注目を集めるようになった人物だ。同書では、石器時代から現代に至るまでの人類の歴史が説明され、ハラリの独自の視点は、Facebookの創始者マーク・ザッカーバーグやオバマ前大統領にも賞賛された。その後、2016年発表の第2作「ホモ・デウス」ではAIと生化学の進化に焦点を当てながら人類の未来を予言。第3作となる本書「21 Lessons for the 21st Century21世紀のための21のレッスン)」では、仕事、政治、宗教、テロ、戦争、神、教育など人類が直面する21の問題について論じている。

 ハラリはこれら21項目の問題の論点を明確にし、歴史的な背景と哲学的考察、そして未来の予測と解決策を読者に提示する。内容をいくつか紹介しよう。例えば、ビッグデータとAIの普及によるオートメーション化によって今後、多くの仕事は消滅していく。だが、心配する必要はない。2050年頃には、人間とAIが協力する新たな仕事が生まれているからだ。

医療については、AIの医者が生体認証センサーを通じて診察をすることによって、患者の身体の状態だけでなく、不満や恐れや怒りなどの感情も理解するようになるかもしれないという。政治については、現在の「正義」の概念は時代遅れになり、「ポスト真実」の時代が訪れる。すなわち客観的な事実が重視されず、感情的な訴えの方が政治に影響を与える。フェイクニュースがあたかも真実として扱われるようになると著者は予測する。

また、個人情報ほど大切なものはないのに人々はそれに気づいていないと著者は警告する。ビッグデータを誰が所有するかによって人類の未来は変わる。データが独裁者の手に渡れば、富と権力は少数の人間に集中していく。例えば、政府はAIと生体認証センサーによって国民が何を考え、何をして、どう感じているかを管理し、政府の方針に反する者を罰するようになるかもしれない。

最終章では、真実を見つけるために瞑想することの大切さを説いている。

各章ごとに、なるほどと気づかされる考察があるとの賞賛がある一方、説得力に欠ける、著者は自分がすべてを理解していると勘違いしているなどの厳しい批判もあった。

ニューヨーク・タイムズにはビル・ゲイツによる書評も掲載された。ゲイツは、「ハラリは刺激的な作家であり、内容に納得のいかない部分があっても彼の本は読み続けたい」と語っている。

今後、科学技術の進歩によってすべてのことが変わっていくなか、人類の未来がどうなるのかは誰もわかっていない。いま人類に必要とされるのは、パニックに陥るのではなく、まずは、自分たちはどうしたらいいのかわかっていないという事実を認めることだと著者は言う。

前作までの内容との重複もあるが、著者のような視点から現代を見つめ、意見を発信できる人間は多くない。読んでおきたい本のひとつだろう。

 ■過保護すぎる米国のエリート大学生たち

The Coddling of the American Mind」は、憲法学者のグレッグ・ルキヤノフと社会心理学者のジョナサン・ハイトが、いまアメリカの学生たちに起きている異変について論じた本。表題にある「coddling」とは、甘やかすという意味であり、つまりは過保護であるということだ。本書は、現在の過保護な教育環境がどのように学生や大学に、そして現代のアメリカの民主主義に悪影響を与えているか、具体例をあげながら説明している。

例えば、学生たちは身の安全だけでなく、感情的な側面での安全対策も大学に求めるようになっているという。授業でトラウマを引き起こしそうな内容があれば、それを事前に伝えることや、自由に話ができる安全なスペースの設置を要求する。また、挑発的な発言をする人物の講演会を中止するよう訴え、時には暴力的な抗議運動にもエスカレートする。これに対して大学側も学生の要求を満たすための対応をとる。こういった傾向は特にアイビーリーグなどのエリート校で顕著になっているという。高い教育を受け、特権を与えられた学生たちは、自分たちを壊れやすい存在だと考えている。

彼らは2013年以降に入学した、「iGen(アイ・ジェネレーション=スマホ世代)」と呼ばれる、ミレニアム世代に続く学生たち。スマートフォンやタブレット端末、ソーシャルメディアのある環境で、ヘリコプターペアレント(ヘリコプターが上空を旋回するかのように、子どもを監視、干渉をし続ける親のこと)に育てられてきた世代だ。

ルキヤノフとハイトによれば、キャンパスの異変の原因は、近年、教育の現場で広まっている三つの風潮にあるという。彼らはそれを「三つの虚言」と名づけた。ひとつめはニーチェの名言で知られる「すべての経験は人を強くする」という言葉の逆となる「すべての経験は人を弱くする」というもの。苦痛や不快なことから子どもたちを守るべきだという考え方だ。二つめは「常に自分の気持ちを信頼すること」。子どもたちは辛い現実を見つめることよりも自分の感情を優先して行動することが奨励されている。そして三つめは「人生とは善人と悪人の戦いである」というもの。異なる考えを持つ人間と話し合うことを避け、相手を単純に悪人として敵とみなす、白か黒かの考え方だ。

大学で自由な議論がおこなわれなければ、民主主義の精神を育てることはできない。自分と意見のちがう人間との対話を嫌がり、自分の感情を最優先し、自分が善で相手が悪だという考え方に基づいた行動は、様々な形で独裁主義の助長へと繋がっていくと著者たちはこの風潮に警鐘を鳴らす。

彼らによれば、今後の解決策としては、まず、将来を担う現在の子どもたちに「自由な外遊び」をする時間をもっと与えるべきだという。大人の監視のない状態で自由に遊ぶ過程で、子どもたちは協力し合うことの大切さや、お互いが納得のいく妥協点を探ること学んでいく。子どもの頃に自由に遊ぶことによってこそ、将来、大人になった時に最も必要とされる社会的なスキルを育てることができるのだと。

本書の一部は20159月発行の「The Atlantic」誌で発表された。過保護な教育がアメリカの高等教育の質を低下させ、アメリカの民主主義を揺るがすものだという本書の指摘は、多くの議論を呼んでいる。

 

米国のベストセラー(eブックを含むノンフィクション部門)

2018年9月23日付The New York Times紙より

『 』内の書名は邦題(出版社)

1 Sapiens

『サピエンス全史(上・下)文明の構造と人類の幸福』(河出書房新社)

Yuval Noah Harari ユヴァル・ノア・ハラリ

人類の誕生から現代までの歴史を独自の視点から分析、詳説する

2 21 Lessons for the 21st Century

Yuval Noah Harari ユヴァル・ノア・ハラリ

1.の著者の新刊。現代のテクノロジーや政治、社会問題を考察する

3 Educated

Tara Westover タラ・ウェストオーバー

過酷な生い立ちの女性がケンブリッジ大で博士号を取得するまで

4 Small Fry

Lisa Brennan-Jobs リサ・ブレナン=ジョブズ

スティーブ・ジョブズの娘が父親との複雑な関係を記した回想録

5 The Restless Wave

John McCain and Mark Salterジョン・マケイン&マーク・ソルター

今年8月末に脳腫瘍で死去した共和党上院議員の回想録

6 The Russia Hoax

Gregg Jarrett グレッグ・ジャレット

FOXニュースのアナリストがロシア疑惑を捏造と主張

7 Every Day is Extra

John Kerry ジョン・ケリー

オバマ政権で国務長官を務めた民主党元上院議員のメモワール

8 The Coddling of the American Mind

Greg Lukianoff and Jonathan Haidt グレッグ・ルキヤノフ&ジョナサン・ハイト

現在、米国の大学で起きている異変の原因と改善策を論じる。

9 Unhinged

Omarosa Manigault Newman オマローサ・マニゴールト・ニューマン

トランプ大統領の元側近が、大統領の人種差別的発言などを暴露。

10 Astrophysics for People in a Hurry

『宇宙へようこそ −宇宙物理学をめぐる旅−(青土社)』

Neil deGrasse Tyson ニール・ドグラース・タイソン

宇宙を司る法則についてわかりやすく解説したロングセラー。