ダ・ヴィンチが科学の先駆者でもあったことは広く知られている。ノートに記された膨大な数の地図、新兵器、幾何学、解剖学、地質学、植物学、天文学に関わるデッサン図、日記や覚書からは、科学に対する彼の旺盛な好奇心が窺える。裕福な家庭の非嫡出子で、正規の教育を受けたことはない。絵画以外はすべて独学だった。完璧主義者で、未完成の作品が多かった。前払い金を受け取っていても、納得のいかない作品は完成させなかった。
この本は、ダ・ヴィンチに関して誰も知らなかった新事実が記されているわけではない。本書の一番の魅力は、彼の人間的な側面が生き生きと描き出されているところにある。栄誉よりも自分の興味を優先させてしまうので、書き溜めた解剖学や物理学に関する膨大なメモやスケッチも、出版には至らなかった。物事を仕上げられない自分に絶望もした。自分に厳しい一方で人との競争には興味がなく、他人には寛大だった。それでも正反対の性格のミケランジェロとは確執もあった。ミラノでは同性愛者であることも隠さず、絵画「洗礼者聖ヨハネ」のモデルとされる長年のパートナーのサライには華やかな衣装を買い与え、自身もピンクや紫色のローブを身に纏った。王室の野外劇を演出し、芸術家や学者たちとも盛んに交流した。
発刊前から映画化が決定し、俳優レオナルド・ディカプリオがダ・ヴィンチ役を演じることでも話題を呼んだ。作年11月の絵画オークションで芸術作品としては史上最高額で落札された絵画「救世主」が、本当に彼の作品なのかどうかの論争にも触れられている。
結論の章には、現代人がダ・ヴィンチから学ぶべき20の事柄もリストアップされている。作品の解説とともに大量の写真が盛り込まれているのも魅力だ。多くの人に支持されるのも頷ける。
『Promise Me, Dad』は、オバマ政権下で副大統領を務めたジョー・バイデンの回想録。2014年11月から1年あまりの間に起きた出来事と当時の心境を綴っている。2015年に脳腫瘍のため46歳の若さで亡くなった長男ボー・バイデンの闘病生活、大統領選出馬への葛藤、そして副大統領として対応した外交問題の3つが並行して語られている。
遡って1972年、バイデンは最初の妻と第3子となる幼い長女を交通事故で亡くしている。妻が運転する車がトレーラーに追突されてのことだった。同乗していた幼い長男と次男は命をとりとめた。バイデンはその後、再婚。現在の妻との間に女の子も生まれ、家族仲は非常に良好だった。
長男ボーはデラウェア州司法長官を務め、在任中にはイラクにも赴いた。最初に脳腫瘍が見つかったのは2013年。同州の州知事選挙への出馬の意向を表明し、政治家としての将来を嘱望されはじめた頃に容態が悪化した。
ボーの闘病は公にされず、家族は一丸となって彼を支えた。バイデンは可能な限りワシントンDCと息子の入院先を往復。ボーの病状が悪化する中でも、イラクでのイスラム国の勢力拡大、ロシアによるウクライナ侵攻、南米の政情不安などの危機的な国際情勢に外交手腕を発揮した。
2015年5月、ボーの訃報が伝えられた時、バイデンを襲った2度目の悲劇に多くのアメリカ人が心を痛めた。一方でバイデンが大統領選に出馬するかどうかに大きな注目が集まった。民主党陣営の二人の有力候補ヒラリー・クリントンとバーニー・サンダースは、すでに出馬を表明していた。
ボーの闘病は早い段階から大統領に伝えてあり、精神的な支えだけでなく、治療費の支援も受けていた。だが、バイデンの出馬に関しては、大統領の反応は消極的だった。ヒラリーからは、彼女自身の出馬表明の前に面会を求められ、出馬の有無について単刀直入に尋ねられたという。
大統領選への出馬は、誰よりもボーが望んでいたことだった。バイデン自身、自分には大統領にふさわしい資質と経験があるという自信があり、準備も進めていた。だが、息子の容態がいつどうなるかわからないなか、態度は保留せざるを得なかった。
表題の「お父さん、約束して」は、がんの進行が顕著になった頃にボーから言われた言葉だ。「僕は何があっても大丈夫だ。だから何があっても、お父さんも大丈夫だと約束して欲しい」と。
2015年秋、バイデンは最終的に大統領選への出馬を断念した。理由は、息子の死から精神的に立ち直っていないこと、すでに選挙活動に大きく出遅れていたこと、そして自分は残された家族を守るために時間を使うべきだと判断したからだった。
バイデンは2008年の大統領選にも出馬していたが、オバマとヒラリーの二人の有力候補に大きく差をつけられ、早い段階で撤退した。政治家としての実績も力量も十分なのだが、安定よりも改革を望む人々には派手さに欠けるように映るのかもしれない。
現時点で2020年の大統領選出馬の可能性については否定をしていない。すでに75歳。年齢的に難しいという声もあるが、いまも有力候補のひとりであることは事実だ。2018年の中間選挙後の動向を見守りたい。
MSNBC局のニュース番組ホスト、クリス・マシューズの著作『Bobby Kennedy』は、ジョン・F・ケネディ元アメリカ大統領の弟で、1968年に暗殺されたロバート・F・ケネディ上院議員の伝記である。華やかなケネディ大統領の陰になりがちだったロバートの人物像、政治観、社会に与えた影響に、光を当てている。
ロバートは、実業家で政治家のジョセフ・P・ケネディ・シニアの7番目の子どもで、ケネディ家の三男である。厳格な父親は子どもたちに対し、何事においても一番になることを求めた。スポーツはできたが成績はあまり良くなかったロバートは、優秀な長男と次男のジャック(ケネディ大統領)の後を追いかけているような子どもだった。
父親が特に目をかけていた長男が飛行機事故で亡くなると、やがてジャックが一家の跡取りとして上院議員選に出馬する。ロバートは、兄からの「手伝ってくれないか」の一言で、弁護士のキャリアを中断し、選挙戦のマネージャーを引き受ける。その後の大統領選でも兄を大統領にするために奔走した。
ジャックの成功の背景には、ロバートの存在が不可欠だったとマシューズは分析する。物事を決断するのはジャックだったが、実際に成し遂げていたのはロバートだった。周囲の人々の心をすぐに惹きつける兄と比べ、正義感が強く、人から煙たがれることもあったロバートは、兄のためには憎まれ役も喜んで引き受けた。
大統領に就任したジャックから司法長官に任命されたロバートは、父親やジャックと関係の深かったマフィアや、組織犯罪の取り締まりに着手した。自分が正しいと思うことを実行するためには、敵を作ることも恐れなかった。
1963年に兄が暗殺された後は、ニューヨーク州選出の上院議員となり、積極的に貧困問題や人種差別問題に取り組んだ。
上流階級の価値観のなかで生きていたジャックと異なり、ロバートには、差別を受けているアフリカ系やラテン系の人々やアメリカ先住民に対する共感力があった。同様に、社会的弱者である白人労働者階級や女性たちの心に寄り添うこともできた。その理由は、父親に認めてもらえなかった彼の生い立ちにあると著者は分析する。
1968年大統領予備選の最中、ロバートはロサンゼルスで凶弾に倒れた。ロバートの遺体を乗せた列車が通過するニューヨークからワシントンDCまでの線路沿いには、200万人以上もの人々が列をなし、彼との別れを惜しんだ。その多くはアフリカ系アメリカ人だったという。
もしもロバートが暗殺されず、1968年の大統領選に勝利していたなら、オバマ大統領の就任を待つことなく、時代は変わっていただろうか。トランプ政権の元で人種的、政治的、そして社会的な分断が進む現在のアメリカでは、いまこそロバート・ケネディのような、人に対する共感力をもち、人々を団結させることのできる政治家が求められていると著者は訴える。彼のような政治家が現れれば、マイノリティや若者や白人労働者たちを団結させることができるのではないかと。
米国のベストセラー(eブックを含むノンフィクション部門)
1月14日付The New York Times紙より
※『 』内の書名は邦題(出版社)
1 Leonardo da Vinci
Walter Isaacson ウォルター・アイザックソン
イタリアルネサンスを代表する芸術家の生涯と人物像を描いた伝記。
2 Grant
Ron Chernow ロン・チャーナウ
米南北戦争時に北軍を指揮したグラント大統領の新たな肖像。
3 Astrophysics for People in a Hurry
Neil deGrasse Tyson ニール・ドグラース・タイソン
米天体物理学者が宇宙を司る法則についてわかりやすく説明する。
4 Andrew Jackson and the Miracle of New Orleans
Brian Kilmeade and Don Yaeger Sentinel
ブライアン・キルミード&ドン・イェーガー・センティネル
1812年米英戦争中、ニューオーリンズを守ったジャクソン将軍の功績。
5 Obama
Pete Souza ピート・ソウザ
ホワイトハウス専属カメラマンによるオバマ元大統領の写真集。
6 Killing England
Bill O’Reilly and Martin Dugard ビル・オライリー&マーティン・デュガード
米独立戦争中に起きた主要な出来事や戦いを新たな観点から検証。
7 Promise Me, Dad
Joe Biden ジョー・バイデン
オバマ政権下、息子を脳腫瘍で失った元副大統領が語る当時の政策と心境。
8 Let Trump Be Trump
Corey R. Lewandowski and David N. Bossie
コーリー・R・ルワンドウスキ&デヴィッド・N・ボジー
2016年米大統領予備選をトランプ陣営選挙対策本部の側近が振り返る。
9 Bobby Kennedy
Chris Matthews クリス・マシューズ
68年米大統領予備戦中に暗殺されたロバート・ケネディ上院議員の軌跡。
10 Killers of the Flower Moon
David Grann デヴィッド・グラン
1920年代にオクラホマ州で起きた米先住民連続殺人事件の真相。