『The President is Missing』は、ビル・クリントン第42代米大統領が、作家ジェイムズ・パタースンとの共著で発表した初の小説。大統領が主人公の政治スリラーだ。
ジョージ・W・ブッシュ元米大統領が引退後に発表した肖像画集がベストセラーとなったことは、本欄でも紹介したが、今度はクリントン元大統領が小説家デビューをするということで、発刊前から注目されていた。すでにケーブル局でのドラマ化も決定している。
物語は米大統領ジョナサン・ダンカンが、明日にも弾劾裁判にかけられるかもしれない状況から始まる。イスラム系サイバーテロ組織の首謀者の逃亡を手助けしたとして、議会の多数派から糾弾されているのだ。だが、大統領は米国の存亡に関わる重大な秘密を抱えていた。ダンカンは秘密の通路からホワイトハウスを抜け出し、単身で問題解決に乗り出す。メディアが「窮地に陥った大統領が失踪した!」と報じる中、ダンカンの孤独な戦いが始まる─。
テロ組織の背後にある国はどこなのか、ホワイトハウス内で本当に信用できる人間は誰なのか。物語はスピーディーな展開でクライマックスへと突き進んでいく。
本書の一番の読みどころは、ホワイトハウス内や危機管理の様子が描かれる点にある。パタースンとクリントンは、物語それぞれの場面について相談しながら、主人公の生活や政治判断の状況を、より正確に、詳細に描くことを念頭に肉付けをしていったという。実際、ホワイトハウス西棟地下の状況分析室や、執務室への側近の出入りや会話、シークレットサービスとの人間関係などの描写には、大統領経験者のみが知るリアリティーがあり、物語に奥行きを与えている。
メディアの評はまちまちだ。サマーリーディングに最適な娯楽作品だと賞賛する書評がある一方、主人公の大統領のスピーチはクリントン元大統領の政治理念を読まされているようで重苦しい、クリントン氏が貢献したのは、本のパブリシティー面だけではないのかといった手厳しい批評もあった。
米国大統領は引退後、どのような人生を送るのか。当人にとっては切実な問題だろう。オバマ前大統領もいずれ自伝を出版するだろうが、その後はどんな活動をしていくのか、楽しみになった。
スティーヴン・キングの創作力衰えぬ新作
『The Outsider』Stephen King
毎年夏休み前になると夏の休暇中に楽しむ本として、人気作家の小説が続々と発行される。今年もスティーヴン・キングの新作小説が5月に刊行され、ベストセラーリストの2位となった。1位にならなかったのは、クリントン元米大統領とジェイムズ・パタースンの共著が注目を集めたためで、決して今回のキングの作品が劣っているからではない。
物語の舞台はオクラホマ州にある架空の田舎町フリント・シティ。7月のある日、公園の一角にある茂みの中で11歳の少年の惨殺死体が発見された。少年の身体は二つに分断されるなど激しく損傷し、明らかに性的暴行を受けた痕跡があった。
数日後、地元の小さな球場で行われたリトルリーグの試合の決勝戦。九回2死同点の場面で突然現れた2名の警官が、地元側チームのコーチ、テリー・メイトランドを容疑者として逮捕した。テリーは英語教師で、長年にわたってリトルリーグや少年バスケットボールのコーチを務め、町ではよく知られた人物。その彼が妻とふたりの娘を含む公衆の面前で手錠をかけられ、連行された。それまでテリーを信頼していた住民は、一斉に彼に対する憎悪をむき出しにする。
物語の主人公となるのは、テリーの事件を担当した町のベテラン刑事ラルフ・アンダーソン。若くて出世欲の強い州検察官ビル・サミュエルズの部下として動いている。
テリーの逮捕は確たる証拠に基づいていた。少年が殺害されたと見られる時刻の前後に、血だらけのテリーと会い話をしたという複数の人々の証言があった。現場に残されていた指紋も、テリーのものと一致した。DNA検査の結果はまだだったが、事件の残虐性から、ビルとラルフは早期の逮捕に踏み切ったのだった。
だが、テリーには確かなアリバイがあった。その日は同僚の英語教師たちとともに隣町でおこなわれた英語教育関連のセミナーに1泊2日で出かけていたという。同行した同僚たちの証言はそれを裏付け、オンライン上にアップロードされたセミナーの様子を収録したビデオには、テリーの姿がはっきりと映っていた。
ひとりの人間が同時に別の場所に存在することはありえない。だが、もしもテリーが犯人でなかったら、彼に聞き取りもせずに逮捕を急いだ警察側は職務的にも社会的にも窮地に立たされる。誤認逮捕の可能性を認めたくないビルとラルフはさらなる捜査を進めていく。
凶悪な殺人事件の犯人とされ、町中の憎しみの対象となったテリーと彼の家族たち。彼らに群がるメディア。目撃証言の情報収集。検視官や科学捜査班の報告書。州検事と刑事の間の力関係。弁護士や彼を補佐する私立探偵。そして被害者家族が直面するさらなる不幸などが、時系列を追いながら並行してかわるがわる描かれていく。後半に向けて物語はさらなる展開を見せ、真犯人「アウトサイダー」の次の犠牲者が出る――。
登場する田舎町の人々ひとりひとりの顔が浮かんでくるような、キングならではの巧みな人物描写が読者を物語に引き込んでいく。警察の捜査の進行状況が時系列に沿って語られるなか、少年がいかに残虐に殺されたかが、少しずつ、詳しくわかってくる。
米大リーグ、ボストン・レッドソックスの大ファンで知られるキングだけに、ベースボールの試合の描写は詳細だ。また、英語教師が受けにいったセミナーのゲスト・スピーカーとして推理作家のハーラン・コーベンを設定するなど、小説ファンをにやりとさせる要素もちりばめられている。昨夏は息子と共著の小説を発表したが、70歳になってもキングの創作力には少しの陰りもない。ぜひとも読んでもらいたいホラー小説がまたひとつ増えた。
「プラダを着た悪魔」毒舌エミリーのその後
『When Life Gives You Lululemons』Lauren Weisberger
2003年発刊の『プラダを着た悪魔』は、ニューヨークを舞台に、架空のファッション誌「ランウェイ」の鬼編集長ミランダの新人アシスタント、アンドレアの奮闘を描いた小説。映画化もされ全世界で大人気を博した。本書は、13年刊行の続編『プラダを着た悪魔 リベンジ!』に続き、第3弾となるスピンオフ作品。主人公は、ミランダのもうひとりのアシスタントだったエミリー・チャールトン。ファッションやダイエットに余念のない、毒舌だが精力的に仕事をこなす魅力的なキャラクターだ。
エミリーはいまや37歳。「ランウェイ」編集部を辞めた後、愛する夫とともにロサンゼルスへ移住。セレブリティーの専属スタイリスト兼イメージ・コンサルタントとしての華やかな生活を手に入れていた。だが、最近は、大物クライアントから契約を打ち切られたばかり。自分のキャリアに陰りを感じはじめていた。正月早々にニューヨークへ飛んだものの、新たな仕事を得ることはできなかった。気落ちしたエミリーは、コネチカット州のグリニッジで夫と3人の子どもとともに暮らす、幼馴染のミリアムの家を訪れる。
ミリアムは、かつてはニューヨークで弁護士として活躍していたが、引っ越しを機に仕事を辞め、グリニッジの富裕層マダムの世界に仲間入りしたばかりだった。
エミリーがミリアムの家に長居をするなか、ミリアムの友人の元有名モデルでいまは米上院議員の妻カロリーナが酒気帯び運転で捕まったというニュースが報じられる。
カロリーナは少量のワインを飲んだだけだったが、子どもも同乗していた車からは、彼女には身に覚えのないシャンパンの空き瓶が2本も発見された。留置場で一晩を過ごした後、夫の態度は豹変していた。息子と引き離され、群がるメディアから逃れてきたカロリーナをミリアムは受け入れる。エミリーとミリアムは、カロリーナが名誉を挽回し、子どもの親権を獲得するための作戦を開始。3人は次第に友情を深めていく………。
本作のメインの舞台となるのはコネチカット州グリニッジ。ストーリー展開は軽快で一気に読み進められる。郊外に暮らす30代の富裕層の女性たちの生活は、想像以上に奥深い。子育て事情、夫婦間の悩み、セクシーな話題、政治や法律がらみの問題まで、彼女たちの人生に関わるさまざまなエピソードが描かれる。ロサンゼルスやニューヨークなどの大都市のライフスタイルと郊外の生活の対比も面白い。いまの時代を反映し、登場人物たちは常にスマートフォンとソーシャルメディア、インターネット検索を駆使して生活している。後半には鬼編集長ミランダも登場し、物語にスパイスを与えてくれる。
表題にある「ルルレモン」とは、ファッショナブルなヨガウェアで知られる人気ブランド。20代にプラダを着てキャリアを目指していた女性たちもいまや30代。ルルレモンを着てヨガやジョギングをやり、オーガニックな食生活を追求するようになった。米国の最先端のライフスタイル、ファッションやダイエット、子育てを含めた白人富裕層の生活に興味のある読者をターゲットにした、エンターテインメント性の高い一冊に仕上がっている。
米国のベストセラー(eブックを含むフィクション部門)
7月1日付The New York Times紙より
『 』内の書名は邦題(出版社)
1 The President is Missing
Bill Clinton and James Patterson ビル・クリントン&ジェイムズ・パタースン
クリントン元米大統領が大御所作家と組んだスリラー小説
2 The Outsider
Stephen King スティーヴン・キング
オクラホマ州の田舎町で起きた11歳の少年の殺人事件を追うホラー
3 Tom Clancy Line of Sight
Mike Maden マイク・メイデン
トム・クランシーが生んだジャック・ライアンの息子を主人公とするシリーズの新作
4 The Pharaoh Key
Douglas Preston and Lincoln Child ダグラス・プレストン&リンカーン・チャイルド
古代エジプトの石板の謎を解く。ギデオン・クルー・シリーズ新作
5 Shelter in Place
Nora Roberts ノーラ・ロバーツ
銃乱射事件の生還者たちが再会し、新たな危機に直面する物語
6 The Death of Mrs. Westaway
Ruth Ware ルース・ウェア
タロット占い師が、身に覚えのない遺産相続の知らせを受け取る
7 The Fallen
David Baldacci デイヴィッド・バルダッチ
完全記憶探偵エイモス・デッカーが追うラストベルト地域の連続殺人事件
8 Eleanor Oliphant is Completely Fine
Gail Honeyman ゲイル・ハニーマン
『エレノア・オリファントは今日も元気です』(ハーパーコリンズ・ジャパン)
2017年発刊の英国女性作家によるベストセラー小説。映画化が進行中
9 Something in the Water
Catherine Steadman キャサリン・ステッドマン
TVドラマ「ダウントン・アビー」にも出演した英国女優初の小説
10 When Life Gives You Lululemons
Lauren Weisberger ローレン・ワイズバーガー
映画化もされたベストセラー小説『プラダを着た悪魔』の続々編