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女性、母親、科学者として、トランプの政治に挑む

群像アメリカ人~分断時代を生きる人たち~
タウンミーティング参加者と話し込むジュリア・ビギンズ。「トランプと価値観を共有する市民がいて、トランプが彼らと上手につながっていることは認めざるを得ない」。だから自分も市民とつながらなくては、と思う=沢村亙撮影
タウンミーティング参加者と話し込むジュリア・ビギンズ。「トランプと価値観を共有する市民がいて、トランプが彼らと上手につながっていることは認めざるを得ない」。だから自分も市民とつながらなくては、と思う=沢村亙撮影

首都ワシントンからポトマック川を隔てたベッドタウン、バージニア州のショッピングセンターにあるイタリア料理店。5月上旬の平日の午前7時過ぎから集まった約40人の視線は壇上の6人に注がれていた。うち4人が女性である。
6人は、11月のアメリカ下院議員選挙でバージニア州第10選挙区から民主党公認での出馬を目指している。6月の民主党予備選を前に、同党を支持する地元の企業経営者を対象にそれぞれが「政見」を話すタウンミーティングである。
4番目に登壇したジュリア・ビギンズは緊張した面持ちだった。身ぶり手ぶりも豊かなそれまでの3人に比べ、表情もこわばり、ジェスチャーも乏しかった。
「私は20年間、感染症を研究してきました。科学者として真実には忠実であるべきとひたすら信じてやってきました。去年の今ごろは、その私が政治家を目指すなんて思っていませんでした。科学者として、4人の子を持つ母として、この国がおかしな方向に行かないようにしなければいけない、と……」
少しずつ調子が乗ってきた。続く質疑応答。会場からの質問に、ほとんど準備時間もなく答えなければならない。

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イタリア料理店のタウンミーティングでマイクを握るジュリア・ビギンズ。身ぶりは少なく、表情もこわばっている=沢村亙撮影

ビギンズは科学者らしく、ちょっとポーズを置いて熟考するしぐさをし、それからよどみなく答え始めた。
――この地域の活性化のためには何が必要か?
「教育です。共和党の教育予算削減は間違い。もっと教育に投資をして、人材を呼び込まなければいけません」
――銃規制をどう考える?
「この国ではカナダより6倍、ドイツより16倍、オーストラリアより29倍、銃による暴力の犠牲になる確率が高いといわれています。交通事故などと同様、銃がどれだけ生命へのリスクになっているかという研究を進めなければなりません」
データを扱うのではビギンズはお手のものだ。

約2時間のミーティングが終わったところでビギンズに声をかけた。
――ビジネスマン相手に話すのはいかがでしたか?
「彼らの関心に添うように話はしたけれど、私は私。科学者として、複雑な課題をどう分析し、解決に導いていけるかを突き詰めて考える。聴衆に受けるかどうかわからないけど、自分がそういう人間だということをアピールしたつもりです」

連邦上下院に加え、各州で知事選や議会選が集中する今年11月の米中間選挙で「女性のパワーが炸裂するかもしれない」と、ささやかれている。
5月現在、少なくとも女性50人が上院議席、444人が下院議席、そして72人が州知事(知事選は36州)を目指している。前回の2016年がそれぞれ、40人、272人、6人だったから、飛躍的な伸びといって間違いなさそうだ。民主党の女性候補の選挙を支援する団体「エミリーズ・リスト」によると、18年に実施される選挙への出馬に関心があるとして団体に連絡をとってきた女性は34000人。それまで記録的に多かった16年の9000人の、さらに4倍もの人数になったという。
次第に数は増えてきているとはいえ、米国の連邦上下院で女性議員が占める比率は2割を切っており、日本を除く先進国の中ではまだまだ低い方である。政治家を志すだけではない。政治資金を監視する活動をしている米NGOによると、候補者への政治献金者における女性の割合も増えている。政治資金の流れからも女性の政治参加意識が高まっていることがうかがえる。
理由は言うまでもなく、女性を蔑視する態度を隠さないトランプ大統領の誕生だ。就任式翌日の2017年1月21日。ワシントンの「女性たちの大行進」には、予想を大幅に超える50万人が参加した。

ビギンズもその一人だった。もともと民主党支持者ではあったが、デモや集会に参加するのは生まれて初めてだった。まったく自分と同じような、ごく普通の女性たちが、トランプ氏が象徴する「男性中心のマッチョ政治」への異議申し立てを声高に上げるのを聞いた。「あのとき、自分の内面で何かが変わっていくのを感じた」という。
その前年の2016年11月9日。大統領選挙の翌朝のことは今も忘れられない。よもやのトランプ氏勝利。気分はひどく落ち込んだが、なんとか気を取り直してふだん通りの1日を始めようと自らを励ました。それでも「この国はどうなるのだろうか」という将来への不安で心が萎えそうになった。
子供たちも選挙結果に驚いていた。学齢期の3人の子供を登校前にひとりずつ抱きしめて、諭した。「きょうは、いつもよりちょっぴり、みんなに優しくしてね」

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ジュリア・ビギンズ。「私が政治の世界に足を踏み入れるなんて、1年前には想像もしなかったこと」と笑う=沢村亙撮影

科学者として、「トランプ=大統領にふさわしくない人物」という先入観をあえて疑おうとも努めた。大統領になればトランプ氏も変わるかもしれない。この国を良い方向に導いてくれるのでは。だが17年の春には、そうした一縷の楽観もしぼんだ。夏、家族に下院選挙に出馬したい意思を伝えた。共働きですっと家事を分担してきた夫も、子供たちもみな賛成してくれた。

女性議員の数が増えるべきだと思うが、自分が「女性」ということを選挙運動の「売り物」にするつもりはない。そもそも現職の共和党議員も女性。民主党公認候補の座を争う6人のうち4人が女性である。
むしろ日ごろの選挙活動で強調するのは、分子ウイルス学の分野で博士号を取得し、HIVなど感染症の研究に打ち込んできた「科学者」としての実績だ。
トランプ政権が、地球温暖化対策のパリ協定から離脱したり、科学予算を減額したりしているからだけではない。移民政策にしろ、銃規制問題にしろ、「客観的な事実に基づいた“証拠”ではなく、業界の利害や支持者の一時的感情に基づいて判断するトランプ流政治に危機感を抱いているから」とビギンズはいう。

党が選挙実務をサポートする専従スタッフ1人を派遣してくれているが、ビギンズにとって生まれて初めての選挙運動は手探りだ。拠点は自宅キッチンの隣の小部屋。毎朝、子供たちを通学バスに乗せると、有権者に次々電話をかけ、支持と献金を呼びかける。毎週末のように選挙区内で開かれるタウンミーティングで話す内容を練り、配布する選挙チラシの原稿を書く。平日も民主党支持者の家などで開かれる集まりにこまめに顔を出す。
研究所での仕事はフルタイムからパートタイムに切りかえた。子供たちのサッカークラブのコーチやボーイスカウトのボランティアは、以前のようには頻繁にできなくなったが、朝の時間はこれまでより少し長く子供たちと過ごすようにしている。

6月12日の民主党予備選という関門が目前に迫る。ライバルには同じ女性でバージニア州の上院議員もいる。「現職政治家」の壁は厚い。
でもぎりぎりまで頑張ってみる。「ごく普通の女性、母親、科学者としての声が少しでも政治に届いてほしい」。そんな決意が前に突き進む原動力だ。


よく「政治が変わる」という。だが、それは政治という何か実体のある「巨像」が変わるわけではない。民主主義国家であれば、政治を変えたいと望む市民一人ひとり、その市民がたどってきた体験一つひとつが、その「集積」となって政治を変えるのだろう。トランプ氏を支持するという米国民の思いの反対側に、「トランプはいやだ」という別の思いがある。より深刻なのは、対極に位置する市民が交わらなくなったところにあるのかもしれない。次回は、分断を行き来した米国人、分断を埋めようとする米国人を探してみよう。