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アメリカを裏切ったアメリカ大統領

国際ニュースの補助線 更新日: 公開日:
ヘルシンキで開かれた会談後の記者会見で握手するトランプ米大統領とロシアのプーチン大統領=7月16日、ロイター

7月16日に行われた米ロ首脳会談は、ロシアゲート疑惑で追求されているトランプ大統領が、その本丸と見られるプーチン大統領と直接会うことで、どのようなやり取りをするのかが注目される会談であった。しかし、日本ではそうした文脈があまり重視されず、米ロ首脳会談の中身を巡る問題に焦点を当てた議論が多く見られたような印象がある。

欧米メディアと並べて日本の報道を眺めていると、その認識や米ロ首脳会談を見るアングルの違いがはっきり出てきて興味深いが、そもそも今回の米ロ首脳会談では米ロ関係が不調となっている根源の問題、即ちクリミア半島の力による併合に関してどのような解決を目指すのか、また、ロシアゲート疑惑の根源となっているロシアによる大統領選挙への介入について、どういった決着をつけるのか、ということが本質であった。この二点について、日本の報道は関心が低かったため、欧米メディアとの違いが大きく出ているものと思われる。

米朝首脳会談と同じ構図

今回の米ロ首脳会談の大きな謎は、本質的な問題であるクリミア半島の併合とそれに対する制裁の問題についても、またロシアの選挙介入とそれに伴うロシアゲート疑惑についても、まともな解決が得られる見込みがない中で、米ロ首脳会談を行うと判断したのはなぜなのか、という点である。

プーチン大統領とすれば、トランプ大統領と会って、これらの問題を不問にすることを国際的に宣言することで、クリミア半島併合に伴う制裁の正当性を減損させ、ロシアによる選挙介入の疑惑を晴らす、という目的があったと言えよう。しかし、トランプ大統領に何のメリットがあるのかはっきりしないまま、米ロ首脳会談を行うということだけが先に進んでしまったという印象さえある。

この状況に既視感を覚えるのは、シンガポールで行われた米朝首脳会談と同じ構図だからだろう。米朝首脳会談でも、従来からの主張である「完全で検証可能かつ不可逆的な非核化」の目処が立たないまま金正恩委員長と会談し、結果として具体性の乏しい共同声明を出すことしか出来なかったにも関わらず、トランプ大統領は金正恩委員長の言葉を信じて非核化は実現されると言い張っている。その結果、北朝鮮の非核化は一向に進んでいないが、トランプ大統領は意に介していないようですらある。

ここから察するに、トランプ大統領は自らを「交渉の達人」と自認し、プーチン大統領とも会って話せば解決出来るという自信があったのではないかと思われる。トランプ大統領は会談前から米ロ関係は最悪だ、などとツイートして期待値を下げていたが、これは会談で具体的な成果を出すことは出来ないかもしれないが、今後の方向性を決定することは出来る、という自負があってのことだろう。それは米朝首脳会談同様、過信に過ぎないのだが。

合致しない両大統領の発言

今回の米ロ首脳会談直前には、アメリカ政府の情報機関がロシアの選挙介入があったことを事実として認定し、12人のロシア人に逮捕状を出した。にもかかわらず、トランプ大統領はプーチン大統領が「力強く、パワフルに」選挙介入を否定したと発言した。

また、トランプ大統領は「ロシアが選挙に介入する理由が見当たらない」とも言い、プーチン大統領の発言を額面通り信じるという立場を示した。なお翌日にはロシアの介入があったとする情報機関の分析を信じると言い、記者会見での発言は「言い間違えだった」として修正しようとしたが、それでも「選挙介入をする可能性がある主体はロシア以外にも多数いる」と述べ、発言はブレたままである。

 興味深いことに、同じ共同記者会見の中で、プーチン大統領は「トランプ氏に勝って欲しかったか?彼を勝たせるよう部下に指示したか?」という質問に対し、「イエス。彼は米ロ関係を正常化してくれると考えたからだ」と介入を認めるかのような表現で答えた。トランプ大統領が介入を否定するような発言をした一方で、プーチン大統領が介入を認めるかのような発言をする、両者の話が合致しない奇妙な共同記者会見であった。

はげ落ちた「アメリカ・ファースト」の看板

今回の米ロ首脳会談は具体的な中身は乏しく、クリミア半島併合問題も対ロ制裁解除も結論を得ず、その他の課題であるシリア問題や新STARTの延長などについても何も合意を得ることなく終わった。そんな中で一つだけはっきりとした結論が出たのは、ロシアがアメリカ大統領選挙に介入したことを認め、それに対してトランプ大統領は抗議するどころか、それを受容したということである。

言い換えれば、トランプ大統領は、アメリカ政府(司法省やその下にあるFBIを含む各種情報機関)よりもプーチン大統領を信じると宣言したことであり、自らの政府をも裏切る大統領であることを白日の下にさらしたのである。

つまり、トランプ大統領は、自らの金看板である「アメリカ・ファースト」を捨て、「自分を選挙で勝たせてくれた人は誰でもファースト」ということを明らかにした、ということである。折しも米中貿易戦争の中で、中国で製造されているMake America Great Againの帽子にも関税がかかり、大幅な値上げが不可避となっているように、トランプ大統領の「アメリカ・ファースト」は見かけ倒しであり、その実態は「トランプ・ファースト」であることを宣言した、というのが今回の米ロ首脳会談の最大の成果なのである。