――史上初めての米朝首脳会談、どう見ましたか。
金正恩氏にとっては大成功でした。中国による経済制裁の緩和に直結する成果と、核保有国として米大統領と向き合う栄誉も得ました。共同声明には過去の米朝対話以上のものは何もありません。「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」(CVID)という具体的な目標には触れず、非核化に「向けて」努力するといっただけ。対象も北朝鮮ではなく、米国側の行動にも含意を持たせた「朝鮮半島」です。この二つの表現で、非核化の約束は重みのないものになりました。
――異例づくしの会談でした。
私が一番驚いたのは、トランプ氏が脅しをかけて相手を揺さぶろうとする、かの悪名高い手法をとらず、「愛情攻勢」をかけたことです。会談の誘いに応じて、金氏をほめたたえ、北朝鮮の経済発展の将来性を喧伝し、米韓合同軍事演習の中止という大きな譲歩もしました。北朝鮮の宣伝文句を借りて、自国の軍隊の演習を「挑発的」とまで言いました。
いずれ核兵器やミサイルを廃棄することで報いてくれるだろうと期待してのことですが、金氏がそんなことをすることはまずあり得ないので、トランプ氏は裏切られて失恋することになるでしょう。
――トランプ氏は北朝鮮に「安全の保証を与える」とも約束しました。
在韓米軍の撤退や在日米軍の削減まで意味するのであれば、北東アジアの安全保障における衝撃は甚大です。パワーバランスは、圧倒的に中国優位にシフトするでしょう。しかし、トランプ氏が大統領を務める最大で今後6年間のうちに、そんなことが起きるとは思えません。
――トランプ氏が掲げる「アメリカ・ファースト」にはなじみそうですが。
トランプ氏が他国に防衛費用の負担増を求めているのは確かで、東アジアからの米軍撤退はそれに沿うものでしょう。一方でトランプ氏は、米軍が絶対的で揺るぎない優位性を取り戻すことも求めています。彼の「アメリカ・ファースト」は矛盾と混乱に満ちています。
今後どのような構造的変化が起きるかはまだ分かりませんが、はっきりとわかっていることが二つあります。米国は同盟国の尊敬を失い、信頼できないパートナーと思われていること。そして中国がより自由に軍事行動をできるようになっていることです。大きな構造的変化が起きているのは、世界における米国の役割というよりむしろ、中国の役割です。
――勝ち組は中国ということですか。
会談は中国にとっても大勝利でした。戦争の脅威が当面は取り除かれ、中朝間に緊密な関係を再構築でき、経済制裁を緩和する機会も得ました。中国は米国に対して用心深く慎重なアプローチを続けるでしょうが、通商問題における米国の敵意を考えれば、取り立てて協力的である理由はないとも感じるでしょう。
――カナダでのG7サミットで同盟国と激しくやり合った直後、独裁体制を敷く北朝鮮の指導者を褒めたたえる、めまぐるしい「トランプ劇場」でした。
トランプ氏やその支持者は、欧州やカナダ、日本という伝統的な同盟国をそれほど気にかけておらず、むしろ通商問題で頭がいっぱいです。同盟国へのドラマチックなまでの敵意は、国内の支持者を喜ばせる芝居の一場面なのです。しかし、トランプ氏は今や同盟国や中国と長期にわたる貿易戦争に入ろうとしており、世界貿易機関(WTO)を永久に破壊してしまう可能性があります。(聞き手・村山祐介)