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制裁下でも北朝鮮と貿易はできる それがビジネスのリアル

World Now 更新日: 公開日:
2016年7月に中国・遼寧省大連で開かれた電子商取引には、北朝鮮貿易会社も展示ブースを出していた=平賀拓哉撮影

2000年代に入ってから北朝鮮を10回訪問したオランダのコンサルタントが、北朝鮮のビジネスの実態を語る。

IT業界で仕事をしてきて、1995年にITのアウトソーシング(外注)のコンサルタントを始めた。インドがアウトソーシングの場所として世界的に注目されていたころで、私はインド以外の国の可能性を探ろうと様々な国のリサーチを始め、その一つが北朝鮮だった。当時から北朝鮮の人とはやりとりしていたが、現地を訪れたのは2000年代に入ってから。計10回ほど訪問した。

北朝鮮にも商工会議所があるが、彼らは欧州からのビジネス受け入れにとても熱心だ。例えば、彼らは海外との貿易のためにパンフレットを作っているが、そこには医薬品から航空ショーのイベント、観光からはちみつまで、実に多様なものが載っている。

北朝鮮の人材はとても技術的な能力が高い。そのうえ賃金は他のアジア地域よりも低い。高い品質と安いコストで競争力がある。衣料の分野では中国の人件費が上がっており、中国企業は北朝鮮にアウトソースを始めている。中国の場合、地理的に近いのも有利だ。調べてみると、オランダ企業が北朝鮮から衣料品を輸入したのが1975年までさかのぼる。つまり、すでにそのころから北朝鮮を衣料品の供給元の一つに選んでいたわけだ。ただ、その北朝鮮にしても、人件費の面ではベトナムやカンボジアとの競争にさらされている。

アメリカのアニメもつくる北朝鮮

ITでも、北朝鮮には優秀な大学を出て高い技術を数多く抱える企業がいくつかある。いくつかの企業は規模が大きく、それぞれ人材を1000人以上抱えていた。この分野でも、インドや中国よりもコストが低い。韓国のサムスン電子の携帯電話のアプリの一部が、北朝鮮でつくられたと聞いたこともある。

オランダではIT人材が不足している。ITのアウトソーシングは、インターネットだけで、北朝鮮とやりとりできるのも強み。

互いを知る最善の方法は、一緒に働くことではないか。衣料品のアウトソーシングだと、あまり多くのやりとりが発生しないが、IT分野、例えばソフトウェアの開発はとても複雑で、多くのコミュニケーションを必要とする。それは北朝鮮の場合も同じで、私はそのやりとりがとても好きだ。

アニメ分野も外注先の一つだ。例えば、アメリカのディズニーはアニメ製作をフィリピンの企業にアウトソースしているが、その企業がさらに北朝鮮にアウトソースしているという。ディズニーからすれば、最終的な外注先は分からないが、間接的にアメリカのアニメが北朝鮮でつくられているわけだ。衣料品でも同じことが起きている。欧州企業は中国製だと思って輸入していても、一部の工程が北朝鮮で行われていることもある。これが経済のグローバル化であり、閉鎖的な北朝鮮もであっても、その一部だといえる。

インタビューに答えるオランダのコンサルタント、ポール・チア=神谷毅撮影

外貨を稼ぐために積極アプローチ

北朝鮮とオランダは昔からビジネス関係がある。北朝鮮の企業を訪れると、回転ドアなどはオランダの電機大手フィリップ製。ファストフードのチキンやジャガイモもオランダから輸出している。ビールのハイネケンもある。花の種もオランダから輸出されているものが多い。平壌の郊外で、ハウス栽培の様子を見たことがあるが、このハウスもオランダ企業が建てたと聞いた。ただ、制裁もあって今は状況が厳しくなっているのも事実。特に衣料品は制裁で禁止されている。

ただ、それでも禁止されていない分野はまだ多い。ITやアニメ製作もそうだし、ビールの輸出もそうだ。オランダでは5つの旅行代理店が北朝鮮旅行を扱っているように、観光もビジネスとして定着している。

北朝鮮の企業に限ったことではないが、企業が海外の企業とビジネスをする場合、最も大事なのが、その企業が信頼できるかどうか見極めること。その点でも北朝鮮はとても積極的にアプローチしてくる。外貨を稼げるからだ。

もちろん、北朝鮮とのビジネスで失敗したケースもあると思う。ただ、そういった企業はあまり外に向かって話さないので、把握するのが難しい。ただ、オランダからみると、そこまで大きな失敗を見聞きしたことはない。あまりにリスキーなビジネスなら、そもそも始めないからだ。

制裁はもちろん考慮しなければいけないが、貿易自体は許されている。問題は、北朝鮮とのビジネスの機会が外に広く知られていないことではないか。

北朝鮮は閉ざされていない

北朝鮮は皆が考えているほど閉ざされてはいない。私が以前、平壌のレストランに行った時、他のヨーロッパ人とみられる3人の観光客が入ってきた。聞くと、オランダ人だった。オランダ人の私が、見知らぬオランダ人と平壌のレストランで会話する。世界は狭い。

学生も短期のコースなら北朝鮮に行ける。北朝鮮の方もヨーロッパに学生を留学させたがっている。特に大学間の共同研究に北朝鮮は熱心だ。北朝鮮でジャガイモの病気が流行ったことがあるが、その際は北朝鮮がオランダの大学に人材を送り、病気のことを学ばせたこともある。

報道写真家の石川文洋氏が朝日新聞社時代に撮影した北朝鮮での一コマ1983年夏、平壌の千里馬通りの衣料品店。どの店でも商品は整然と並んでいたという

ビジネスが広がれば変化もありえる

オランダや欧州の企業は、まずビジネスの機会を考える。そこに政治はない。ビジネスのリアルだけがある。日本の場合は、政治がいつも背景にあるのではないか。アメリカも韓国もそうだろう。そういった背景はオランダにはない。

北朝鮮には潜在力がある。貿易が増えれば、国際的な緊張はもっと解けていき、様々な関係が積み上がっていく。それが政治の緊張の低下にもつながっていくのではないか。ビジネスには、ビジネスの側面だけではなく、社会的な側面もある。雇用や賃金があれば、それは北朝鮮にとってもいいことだ。北朝鮮がビジネスに肯定的な面を読み取れば、もっとビジネスを広げる方向に舵を切るのではないか。変化もありえるのではないか。(聞き手・神谷毅)