――日本では妊娠の兆候があると向かう先は病院ですが、フィンランドでは「ネウボラ」だそうですね。
ネウボラは、フィンランド語で「助言の場」を意味します。母親の妊娠期から子供の小学校入学まで、担当の保健師が子育てに関するあらゆる相談にワンストップで応じる仕組みです。妊娠中に約10回、産後に15回程度の定期健診や発達相談を受けます。父親やきょうだいが受けるものも含まれます。
乳幼児や周産期妊婦の死亡率が高かった1920年代、小児科医や看護師らが始めたのがきっかけです。44年に法制化され、今では国民皆保険のサービスとして、年齢層や社会的経済的地位に関係なく全家庭に無料で提供されています。利用率はほぼ100%です。
――1人の保健師が継続して支援することの利点は。
ネウボラの目的は二つあります。家族の健康と福祉を促進すること、なるべく早い段階でニーズを特定して各家庭に必要な支援を提供し、適切な検査や治療を受けられるようにすることです。
そのためには、一つの家族を同じ保健師が担当し、対話を重ねて気軽に相談できる関係を作ることが大切だと考えています。ネウボラは全市町村にあり、約850カ所に6千人の保健師が従事しています。家族のことや子どもの成育で悩んだときはネウボラに行けば、担当の保健師が必要な機関につないでくれます。
――虐待を予防する効果もあるのでしょうか。
例えば、家族を対象とした健診では、両親に子ども時代の過ごし方や家事の分担、失業の不安など、約50項目の質問に答えてもらいます。このような聞き取りで、貧困や虐待などの問題が顕在化することが多々あります。担当保健師が一つの家族を継続して支援することで、ささいな変化にも対応できるのも大きいです。
――コスト削減にもつながるそうですね。
ある自治体で、ネウボラによる予防と、課題のある子どもたちの保護や治療などの事後ケアのどちらに投資したほうがより効果的かを調べました。予防に倍額の予算を投じたところ、その自治体の総支出が減りました。
――日本でも、ネウボラをモデルにする自治体が増えていますが、課題は何だと思いますか。
日本は、妊娠から子育てまで一括して支援する拠点「子育て世代包括支援センター」を2020年度までに全市町村に設置することを目指しています。一番の問題は、日本の保健師は異動があることです。同じ保健師が継続的に家族を支援することがシステムの中核ですから、工夫が必要だと感じています。
日本で保健師が関わるのは、母子やハイリスクの妊婦が中心ですが、産後の母親や家族のケアも大切です。最近は、来日するたびに自治体の取り組みにも変化がみられるようになりました。
――具体的にはどのような取り組みでしょうか。
2010年から大阪市立大大学院の横山美江教授と、フィンランドと日本の母親の心身の健康について比較研究をしています。それらのデータを参考に、大阪市港区は横山教授と区長の合意のもと、母子保健システムを再構築し、乳幼児検診で父親の参加を呼びかけるなどしています。また、福島県伊達市では、ネウボラ保健師が携帯電話を持ち歩き、すぐに対応できるようにしています。
フィンランドでは、私たちの機関がネウボラの実施主体となっている地方自治体の提供状況を定期的にモニタリングし、基準に満たない場合は監督局が行政処分を科します。質の高いサービスを均一に提供するためです。家族全員の健診も11年に始まりました。私たちも試行錯誤を重ねてきているように、日本でも時間はかかっても行政や医療機関が連携を強化して欲しいです。
トゥオヴィ・ハクリネン Tuovi Hakulinen
「ネウボラ」の専門家。フィンランド国立健康福祉研究所でネウボラの政策立案や全国のモニタリング、人材育成などにあたっている。横山美江・大阪市立大大学院看護学研究科教授との共著「フィンランドのネウボラに学ぶ母子保健のメソッド」などの著書がある。