先日、家族のしがらみについて書いた際に日本と欧州の共通点について書きましたが、家族という共同体を通して欧州と日本を比較する際、総合的にはやはり「違い」が目立ちます。夫婦のあり方など色んな違いがあるのですが、一番の違いはやはり「子供とのかかわり方」だと思います。もっというと「子供を持つ夫婦が離婚となった場合の『その後』の子供とのかかわり方」が一番の違いかもしれません。
日本では当たり前とされている単独親権
親権を持たない親や、子供との交流が遮断されてしまった親が家裁への審判・調停を申し立て、子供の引き渡しや面会を求めるケースが日本では増加しています。民法第766条は親の離婚時に「子の利益を最も優先して考慮しなければならない」としています。
ところが日本は単独親権が主流であるため、たとえ離婚時に子との面会交流の取り決めが交わされても、親権を持った側の親(多くの場合、それは母親)が、親権を持たない親(多くの場合、それは父親)に後に面会をさせないケースも目立ちます。「面会をさせないこと」について明確な罰則はありません。それどころか詳しくは後述しますが、国内における「子の連れ去り」に関しても罰則はないのです。
日本は2014年にハーグ条約に加盟していますが、この条約は「子供は両方の親とかかわりを持つことが望ましい」という考え方を基盤としているため、ハーグ条約と日本の国内法の間に矛盾が生じています。世界の先進国は基本的に共同親権である国がほとんどであるのに対し、なぜ日本では単独親権のままなのでしょうか。
単独親権の根本にある「家」という考え方
日本では結婚を考える際、または子供を持つか持たないかを考える際に、欧米よりも「家」を優先した考え方が目立ちます。たとえば、ヨーロッパだと子供を持つか持たないかは完全に女性個人、またはカップルで決めますが、日本だと親の「孫の顔が見たい」という気持ちを汲み取ったり、「自分が一人っ子だから、自分が子を持たないと家が途絶えてしまう」「子供を持たないと、名前が引き継がれない(名前が途絶えてしまう)」といった具合に、「子」を前にすると「個人」や「カップル」に対する「家」の影響も大きいのでした。
そして「家」の影響は、離婚の際も大きいです。欧州では、子供は、父親と母親の二人から生まれた個人だという共通認識があるため、親が離婚をしても「子供が両方の親と接点を持つこと」が認められています。暴力などの問題がない場合、離婚後の共同親権も多く見られます。
ところが日本の社会では、子供は夫婦が結婚している間こそ「父と母、そして『両家』の所有物」だととらえられていますが、離婚となると、親権を持った側の親、そして現状では多くの場合それは母親であるため、離婚後に子供は「母の『家』に入り、母の『家』の所有物」というふうに見られる傾向があります。日本ではよく「離婚したのだから、もう片方の親とは成人までは会えなくても仕方ない」というような声を耳にしますが、このように「仕方ない」と考えるのは、世間に「離婚の際にはもう一つの『家』とは縁が切れるのが当たり前」だという前提があるからではないでしょうか。
「連れ去り勝ち」という問題
その結果、日本で起きているのが「連れ去り勝ち」という問題です。つまり子供を連れ去った側の親が子供と二人で生活を始めてしまえば、後に連れ去られた側の親が裁判時に親権を求めても、「継続性の原則」で連れ去った側の親に有利になってしまうことが少なくありません。
先月12月20日に日本外国特派員協会(FCCJ)で行われた子の連れ去りに関する会見で、この問題に詳しい上野晃弁護士(弁護士法人日本橋さくら法律事務所)は「夫婦が別居すると、子供は別の家の所有物になり、侵害できなくなる」と話し、いったん配偶者に子供を連れ去られてしまうと、後に子供を取り戻すことがほぼ不可能となってしまっている現実について語りました。
上野弁護士の説明によると「片方の親が子供を連れて家を出て別居をする」という段階までは、法律はそれを「家庭内の問題」としてみなしますが、その後、もう片方の親が子供を取り戻そうと別居中のパートナーの元を訪れると、法律の上では「別の家の平穏な空間を害した」という判断をされてしまうのだそうです。つまり先に「連れ去ったほう」は違法にならないのに対し、子供を「取り戻そう」と家に行くなど行動を起こした側は逮捕される可能性もあります。
子を連れ去られた外国人男性の記者会見
連れ去りが問題になっているのは日本人同士の夫婦に限らず、片方が日本人で片方が外国人のいわゆる国際結婚の家庭における連れ去りも近年問題になっています。FCCJの会見では、日本人の妻に子供を連れ去られたとして、イタリア人のトッマーソ・ペリナさんとフランス人のヴァンソン・フィショさんらも、日本の連れ去りの現状、及び日本での面会交流のむずかしさについて話しました。
両方とも日本在住の国際結婚の夫婦で、離婚していないにもかかわらず、日本国内で配偶者に子供を連れ去られ、希望しているにもかかわらず面会が中々かなわないと語りました。ヴァンソン・フィショさんが、3歳と1歳の子供たちに最後に会えたのは4か月前、トッマーソ・ペリナさんに関しては、2年前に妻が子供を連れて家を出てから同氏は子供に3回(合計5時間)しか会えていないと語り、日本のこの現状を広く知ってほしいと訴えました。
国連の条約と矛盾する日本の法律
日本は2014年にハーグ条約に加盟しましたが、そもそも、その前の1994年、日本も国際条約「児童の権利に関する条約」(通称「子どもの権利条約」英語 United Nations Convention on the Rights of the Child)に批准しました。同条約の第9条「父母からの分離の防止」は子供には両方の親との交流を持つ権利があるとしていますが、残念ながら、この条約が日本の裁判に生かされているとは言いがたく、条約と日本国内の現状に大きな矛盾が生じています。
日本では裁判で親権が決定すると、親権を持つ側の親がそうでない側の片方の親に対して子への面会を拒否することが実質許されているのが現状であり、上野弁護士は「日本は実質子と親の引き離しを容認している」とし、「条約に基づいた国内の法律を国会で作ることが重要だ」と語りました。
「ある日突然、親が自分の人生からいなくなる」
連れ去りは、当事者の子供にとっても心理的な負担であり、同会見で心理学博士の小田切紀子氏は、「心理学の面から見ても、子供は両方の親とかかわることが望ましく、子供がある日突然親と会えなくなるのは、子供にとってストレスである。心理的な側面からみると、子供の離婚時の連れ去りは虐待だといえる(ただし日本の法の上では児童の連れ去りは児童虐待にあたらない)」と語りました。小田切氏によると、親が突如自分の人生からいなくなることで、それがトラウマとなったり、人を信用できなくなるなどの悪影響があるとしています。
日本では「離婚をしたら、子供がかわいそう」という発言をよく聞きますが、ヨーロッパでは離婚を躊躇しない代わりに、親の離婚後も子は両親と交流を保ちます。平日は母親の家で過ごし、週末は父親の家で過ごすケース(もちろん逆も)もあり、親の恋愛問題に伴う「別れ」を子供にも共有させるのは間違っているという考えが主流です。
このように離婚後の子へのかかわり方については、文化的にも法の面でも、日本と他の先進国の間にはかなりの「温度差」があります。筆者は、基本的に夫婦やカップルの不仲は子供には関係がないので、親同士の不仲によって子が片方の親にアクセスできなくなることは避けるべきだと考えます。子供に会えない親、そして何よりも子供本人のためにも、早い解決が待たれます。