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米朝首脳会談に思う、トランプ大統領が牽引する「戦国時代劇」的な国際秩序の危うさ

ヨーロッパから見る今どきの世界 更新日: 公開日:
シンガポールで12日開かれた米朝首脳会談で共同文書に署名後、握手するトランプ氏と金正恩氏=ロイター

「老いぼれ」と「ロケットマン」が握手した 

「最後に残った冷戦」といわれた北東アジアの急速な変化を、数カ月前に誰が予想したでしょうか。山の中を走っていたのに、ふと顔を上げると車窓に海が広がっている。シンガポールで12日に開かれた初の米朝首脳会談に、そんな感が拭えません。

まだ長い交渉の始まりに過ぎず、北朝鮮の非核化までには曲折もあるでしょう。にもかかわらず、北朝鮮が核実験やミサイル発射で恐怖をばらまいていた日は遠ざかり、「老いぼれ」「ロケットマン」と非難し合った2人が笑顔で握手をし、北朝鮮の国際社会復帰への道筋さえうっすらと浮かんでいる。それだけでも、すでに世界は違う局面に移ったといえるでしょう。

緊張の壁に風穴を開けたのは何より韓国の文在寅(ムンジェイン)大統領の功績ですし、呼びかけに応じて表の世界へのデビューを果たした北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長の度胸も評価されていいでしょう。同様に、トランプ米大統領が果たした役割も、過小評価するわけにはいきません。彼の明確な判断と素早い行動がなければ、物事はここまで進まなかったと推測できるからです。独断専行、トップダウンの指導者ならでは。国民のコンセンサス形成や関係者の説得に手間をかける大統領だったら、チャンスを逃したかもしれません。

韓国の夕刊紙は12日、1面にトランプ大統領と金正恩・朝鮮労働党委員長が握手する写真を大きく掲げた=ソウル、桜井泉撮影

今のところ、事態は順調に見えます。むしろ、状況の変化に私たちの意識がついて行けず、成り行きを茫然と眺めているのが実際です。

でも手放しで喜べない、その理由

ただ、今後の世界を考えると、あまり喜んでもいられません。

外交とは、基本的に地道な取り組みです。これまでの結びつきを整理し、国際法のルールに基づいて交渉や調整を繰り返し、時には威嚇や譲歩も含めて駆け引きを展開します。その積み重ねが各国間の関係を築き、互いの国益や市民生活の安定を生み出し、危機を回避してきました。もちろん、進むか退くか、手を握るか決裂するか、物事を動かす時に政治判断は欠かせませんが、それは国家の外交方針に基づいてのことです。

判断の根拠と理由を国民に説明するよう求められる民主国家には、国民の多くに共有された外交の原則と判断基準が不可欠です。だからこそ、そのような国の外交は大崩れしないし、行き当たりばったりにもなりません。

ワーキングランチの後、会談の会場になったシンガポールのホテルの敷地を並んで歩くトランプ氏と金正恩氏=ロイター

しかし、トランプ大統領をはじめとするポピュリスト政治家の発想は、全く異なります。彼らは多様性や異論を認めず、国も国際社会も一存で動かそうとします。外交上の慣例やしきたりに縛られず、国民への説明責任なども気にしない。ポピュリストにとっては、自らの判断に従う人だけが「正しい国民」であり、そうでない人は「民衆の敵」「腐敗したエリート」なのですから。

北朝鮮との大胆な取引への道を踏み出したトランプ大統領の選択も、ポピュリストならではの行動です。その効率性と即応性は今回、大きな効果を発揮しました。

では、何が問題なのか。

原則なき劇場型外交は危うい

ポピュリストで困るのは、その振る舞いに原則がないことです。あるいは、原則があっても属人的すぎて、普通の人に理解できないこと。その結果、予想もつかない接近や対立、合従連衡を突然巻き起こしかねません。

時代劇で織田信長が一喝したり、武田信玄が策謀を張り巡らしたりするがごとく、彼らは自由闊達に判断を下し、戦略的に手を結び、相手を糾弾し、対立をあおります。はたから見るとわくわくするし、地味でスノッブな外交劇よりもよほど親しみを持てるかもしれません。しかし、その影響はいつか、国民自身の安全や暮らしにはね返ります。

指導者が個人で牽引するパフォーマンス外交は、状況と気分次第で大いにぶれる外交です。今回はいい方にぶれたからよかったものの、逆の場合も十分考えられる。いや、マイナスの大ぶれがすでに生じているのは、トランプ大統領がイラン核合意からの離脱を一方的に表明して混乱と困惑を巻き起こしたのを見ても明らかです。なぜ北朝鮮に歩み寄って、イランには牙をむくのか。単に前任者の業績が気に食わないからではないか。そこに原則は見えません。米国が鉄鋼・アルミ製品に高関税をかけ、つい先日の主要7カ国首脳会議(G7サミット)で他の6カ国と対立したのも、同じ思考回路から生じています。

振り返ると、世界は今、トランプのような独断型、ポピュリスト型政治家であふれています。ロシアのプーチン大統領やトルコのエルドアン大統領、インドのモディ首相といった人物も、慣例やルールに縛られない大胆な行動で周囲を振り回します。原則がどこかに消えて、弱肉強食の世界。それで世界は安定するでしょうか。

これがもし冷戦時代なら、問題は比較的簡単でした。右か左か、西か東かで敵味方がはっきりしていたからです。どちらの味方をすればいいか、悩む必要はあまりありませんでした。

しかし今や、誰が味方で誰が敵か、見当が付きません。中国の習近平国家主席が昨年の世界経済フォーラム(WEF)年次総会(ダボス会議)で自由貿易を訴えて米国を牽制したり、長年対立していたイスラエルとアラブ諸国が対イランで接近したりと、あちこちで奇妙なねじれ現象も起きています。その結果、再びふと気づいたら目の前に殺伐とした荒野が広がっていた、とならないでしょうか。

ポピュリズム全盛時代の国際秩序は、そのような危機をはらんでいるのです。