「中東を理解する魔法」はないけれど
とんでもないお金持ちの国と最貧国が隣り合わせに存在する。一つの国の中にさまざまな民族が住んでいるかと思えば、同じ言葉を話す人々がたくさんの国に暮らす。国のリーダーも国王だったり首長だったり大統領だったり。おまけに宗教が、それも日本人になじみのないイスラムが政治や社会に深くかかわっている――。
これさえ分かれば中東が理解できる。そんな魔法は存在しない。でも、絡まった糸をほぐす助けになるような補助線は示せるのではないか。それを目標にこのコラムを書いていきたい。
さて、いま中東をさらに混乱に陥れいているのがアメリカのトランプ大統領であることは言うまでもない。その特徴は「過去との断絶」である。国際社会が営々と築いてきた合意をいとも簡単に捨て去るのだ。イスラエルのアメリカ大使館を、パレスチナとの紛争の対象になっているエルサレムにあっさり移したり、国際社会が時間をかけてまとめあげたイランとの核合意からさっと離脱してみたり。
一方で北朝鮮とは突然、首脳会談に応じる姿勢を打ち出した。お得意のディール(取引)で非核化をめぐり北の妥協を引き出せれば、米国内で中間選挙にむけたアピールができるというわけだろう。
一連の動きの中で私が気づいたのが、北朝鮮とイランのある共通点だった。
「最高指導者が絶対権威」の論理
南北首脳会談に先立ち、金正恩氏はこう述べたという。「非核化が先代(金日成主席)の遺訓であることに変わりはない」。これを聞いた韓国側特使団は北の本気度を確信したというのだ。
いくら建国の祖の言葉とはいえ、「遺訓」にどれほどの意味があるのかと思ったのだが、専門家によれば、最高指導者の残した言葉には絶対的な権威があるのだという。
その解説を聞いて、かつて特派員を務めていたイランを思い出した。
北朝鮮と同じように核開発を進めて国際社会から孤立していた15年前のころだ。最高指導者ハメネイ師は、繰り返しこう強調していた。
非人道的な核兵器はイスラムに反する。だから核兵器を持つことはありえない。イランの核開発はあくまで平和利用を目的としたものだ。
欧米は、この主張をまともに受け止めはしなかった。しかし、知り合いのイラン専門家は私に、この言葉には一定の説得力があると説明してくれた。
それには、イランのユニークな政治体制が関係する。
1979年の革命をへて、イランは「イスラム共和国」という看板を掲げた。細部をはしょって言えば、イスラムの理念に基づいた政治を行う国家ということになろう。
選挙で国民に選ばれる大統領や議会といった民主的な仕組みはある。だが、議会の通した法律はイスラム法学者によって正しいかどうか吟味される。大統領は行政府の長にすぎず、国の行方の最終的な判断は、イスラム法学の権威である最高指導者が行う。これは、革命指導者ホメイニ師の唱えた考え方に基づいている。
ホメイニ師の後を継いだハメネイ師は、国際社会の懸念への反論としてだけでなく、国内向けにも「イスラムに反する核兵器を持たない」と発言してきた。もしその言葉に反するようなら、体制の正統性を揺るがすことになる、というのが専門家の見立てなのだ。
北朝鮮にせよイランにせよ、私たちには思いもよらないロジックで動く国があるのだ。
もっとも、「思いもよらない」という意味では、アメリカもその仲間入りをしたような気もする。
※月1回、原則として上旬に掲載します。