おおかたの日本人にとって、サウジアラビアといえば世界最大級の産油国で、とんでもないお金持ち、といった印象だろう。
2016年3月にサルマン国王が来日したときも、1000人の随行団が10機の飛行機に乗ってきたとか、80歳を過ぎた高齢の国王のためエスカレーター付きのタラップを運んできたとか、高級ホテル1000室を占領して500台のハイヤーをチャーターしたとか、その富豪ぶりが面白おかしく報じられた。
ところが、実はサウジはそこまで裕福ではなくなっている。1980年に3万6000ドルを超えていた一人当たり実質GDPは、2017年では2万ドル強にまで下がった。
理由は人口の増加だ。80年の930万がいまや3300万と3倍以上になった。その6割以上が34歳以下の若い世代だ。
膨大な石油収入やその資産を投資することで国家が運営できるから、産業を育ててこなかった。そもそも、サウジ人は働かず、労働はもっぱら外国人労働者に頼ってきた。
いまも歳入の7割以上を石油に頼っている。原油価格に大きく左右される経済のままでは、将来世代に豊かな生活を保障できなくなる。そんな「不都合な真実」を正面から受け止め、改革に乗り出したのが33歳のムハンマド・ビン・サルマン皇太子だ。名前の頭文字からMBSの通称で知られ、実質的にサウジの政治を取り仕切っている。
掲げたのが「サウジ・ビジョン2030」。石油依存体質から抜け出し経済の多角化を進め、国営企業の民営化を進め、といった野心的な計画である。
さらに、「イスラム教の戒律に厳格な、閉ざされた国」というイメージからの脱却も図った。
偶像崇拝を禁じる教義から禁止されていた映画館を解禁した。女性には許されなかった自動車の運転も認めた。
このためサウジ国内では若者の間で絶大な人気を誇り、インタビューした米国の著名ジャーナリストは改革の旗手と持ち上げた。
今回失踪し、殺害が疑われているジャマル・カショギ記者は、そんなMBSのやり方を性急で強引すぎると批判していた。このため、事件の背後にはMBSがいて、口封じされたのでは、と取りざたされているのだ。
■「開明派」にはもう一つの顔がある
開明派とされるMBSだが、一方で強権的な体質でも知られる。
一つは中東地域での強硬な外交姿勢である。イエメン内戦に介入し、イランやカタールとの断交を主導したとされる。さらに、イランに融和的な姿勢を見せたレバノンの首相をサウジに呼びよせ、そこから本国向けに「辞任」を発表させた。
もう一つは国内での有無を言わせぬ権力固めだ。汚職対策を理由に数十人の王族や企業家らを拘束した。確かに王族が握るさまざまな利権に切り込まなければ改革が進まない側面もあろう。しかし、政敵を排除する目的があったことも否定はできない。
海外の投資家らの間には以前から、こうした動きに見られるMBSの強権体質を懸念する声が上がっていた。サウジの豊富な資金への期待の陰に隠れていたのだが、今回の記者失踪を機に、MBS自身の持つ「不都合な真実」が、一気に噴き出したと言えよう。
影響は広がっている。来週、首都リヤドで開かれる「未来投資イニシアティブ(FII)」は、「砂漠のダボス会議」とも言われ、JPモルガン・チェース、フォード、ウーバーなど世界の名だたる企業のトップやムニューシン米財務長官、ラガルドIMF専務理事らが参加を予定していたが、キャンセルが相次いでいる。
サウジへの投資に力を入れていたソフトバンクの株価は下落。孫正義会長が今年3月にニューヨークでMBSとともに世界最大級の太陽光発電事業を共同発表していたことが響いているともいわれる。
■付き合い方が問われる日本
そんな中でMBSを守る姿勢が際立つのトランプ米大統領だ。欧州などが「重大な懸念」を表明したのに対し、「推定有罪のようで、好きではない」と反論。MBSと電話で話した後には「彼は総領事館で起きたことを全く知らなかったと言った」と述べた。
トランプ氏は大統領就任後の最初の外遊先にサウジを選んだ。そこで、米国史上最大規模の約1100億ドルの武器売却契約を結んだ。さらに、トランプ氏が進めるイラン封じ込めにはサウジの協力が欠かせない。
加えて米メディアは、個人的なビジネスの結びつきも指摘する。トランプ氏が困ったときにサウジ王室が彼の所有するクルーザーやホテルなどを買ってくれたのだという。
日本も、サウジとどう付き合っていくのかが問われている。
日本にとってサウジは輸入原油の4割を占める最大の調達先だ。二国間協力の方向性と具体的なプロジェクトを定めた「日・サウジ・ビジョン2030」を公表し、日本アニメも好きだというMBSの改革を後押しする姿勢を示している。
事件の真相は今のところ分からない。「MBSら上層部の知らないところで、下っ端が勝手にやったこと」という幕引きのシナリオもうわさされる。だが、国際的に失墜したサウジの信用が持ち直すかどうかは予断を許さない。
もとより報道の自由度は世界最低ランクで、死刑の数も上位3位に入る国である。日本が何事もなかったかのようにサウジとの経済関係を続けていけば、国際社会の厳しい視線は日本にも向けられよう。