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批判ものともせず、「敵」のリベラル紙に書く保守コラム

群像アメリカ人~分断時代を生きる人たち~
「共和党じゃない。トランプを支持しているんだ」と話すゲーリー・アバナシー。彼が編集長を務めるタイムズ・ガゼットは米国でも珍しい「トランプ支持」を打ち出した新聞だ=沢村亙撮影

オハイオ州の州都コロンバスから一般道を車で1時間。大豆やトウモロコシの畑が点在するなだらかな丘陵地帯に、人口6600の町ヒルズボロはある。文字どおり「丘(ヒル)」を名の由来とするその町は、両海岸から遠く離れたアメリカ深奥部という意味で〝ハートランド〟とも呼ばれる広大な中西部に散らばる無数の市町村のひとつである。
記者がヒルズボロを訪れた初春のある日、地元紙「タイムズ・ガゼット」のトップニュースは「女性受刑者、郡の刑務所から脱走未遂」。5人の記者が、事件・事故、役場の人事から高校スポーツまで、町のニュースを週に5日、こまめに伝える。こちらも、アメリカの津々浦々にある地方新聞のひとつだ。

アバナシーが編集長を務めるタイムズ・ガゼット紙の社屋はヒルズボロの町中心部にある(左側の平屋の建物)。右は裁判所。町には高層ビルはなく、高速道路も走っていない=沢村亙撮影

とりたてて変哲のない町の、変哲のない地方紙が全国の注目を集めたのは2年前の晩秋のことだ。
アメリカでは選挙の直前に新聞がどの候補を支持するかを社説で表明することが通例だ。2016年の大統領選では、全米のほとんどの新聞が「ヒラリー・クリントン支持」を掲げた。「トランプを支持した日刊紙は、わずか6紙」と報じたメディアもある。
そしてタイムズ・ガゼットは、そのトランプを支持した数少ない新聞の一つだった。

それから7カ月後の2017年6月、ワシントン・ポスト紙に、挑戦的な見出しのコラムが載った。
「わが新聞はトランプ氏を支持してバカにされた」
筆者はタイムズ・ガゼット紙の編集長ゲーリー・アバナシー(62)だった。
トランプを支持したことで、まるで町の住民たちが、人種差別的で、イスラム・同性愛者嫌いで、狭量な考えの持ち主で、民度の低い頑迷な人間であるかのように見られるのが、腹立たしくてならない――。町の裁判所の向かいにある小さな社屋の編集長室で、アバナシーはまくしたてた。
たしかに、もともと保守的な土地柄であることは疑いない。住民の大半が「エバンジェリカル」(福音派)と呼ばれる、伝統的な価値観を重んじるキリスト教の宗派に属する。妊娠中絶や銃規制に反対する考え方も根を張っている。
住民が共和党の大統領候補を支持するのは、ある意味で自然の成り行きとはいえる。しかし、ヒルズボロを含むハイランド郡では、2012年大統領選で共和党のロムニー候補が得た64%をはるかに上回る76%もの得票をトランプは記録した。
「なぜ僕たちがトランプを支持したかって? 彼がアメリカ政治にどっぷりつかった人間ではなかったからだよ。選挙運動をするのに大口の寄付者の顔色をうかがう必要はない。政界の旧弊やタブーにもしばられない。トランプは考えを率直に語ることができる」
自分たちは惰性に流されて投票したのではない。「チェンジ」を求めて、今までの共和党候補とは違う人物を主体的に選び取ったのだ――そんな自負がにじむ口ぶりである。

「ジャーナリズムの使命は読者になりかわって質問を投げかけること。読者の考え方に外科手術を施すことではない」と話すアバナシー。新聞社らしく、編集長室の机上には新聞や資料が雑然と置かれ、応接セットはない=沢村亙撮影

これまでのアメリカ政治の何に不満だったのか。
「長年、自分たちの存在が顧みられてこなかった」という思いに尽きる。
ペンシルベニア州やオハイオ州など、鉄鋼・自動車産業や炭鉱でかつて繁栄したものの、経済のグローバル化に伴い衰退した「ラストベルト」(さびついた工業地帯)の労働者たちが、前回の大統領選でなだれを打ってトランプを支持したのはよく知られている。
こうした苦境は農業地帯にも当てはまる。いや、むしろもっと深刻かもしれない。国際競争で農産物価格は低く抑えられ、収益は天候に加えて相場の直撃を受けやすい。職業訓練を受けて他の業種にくら替えするのは製造業の労働者よりもはるかに困難だ。
アメリカ疾病対策センター(CDC)の2年前の調査によると、農業従事者の自殺率は他業種より飛び抜けて高く、平均の5倍に達する州も少なからずあった。
クリントン、オバマの民主党政権は、移民や人種的少数者(マイノリティー)、LGBTの権利向上には熱心だったが、こうした「忘れられた層」には目もくれなかった。ブッシュ父子の共和党政権もまた、大都市に拠点を置く大企業や富裕層の利害ばかりに目を向け、自由貿易の旗を熱心に振ってきた――少なくとも彼らはそう受け止めてきた。
「たしかに自由貿易は重要だ。しかし他の国がしているように、アメリカだって自国の利益を追求する権利はあるはずだ。それこそがトランプの言うフェアネス(公正)。この言葉に僕らはとてもひかれる」

ワシントンで日々、アメリカ政治をウォッチしていると、トランプ政権の混乱ぶりばかりが目につく。その原因のほとんどが、トランプ自身だ。
自らの就任式が「(聴衆で)超満員だった」に始まるウソの数々、自分を批判する人に対する執拗で口汚いツイッター攻撃――。だが、アバナシーは意に介さない。「どれほど深刻なウソだというのか。大言壮語がトランプの性格のひとつであるのはだれもが知っていること」という。
過激なツイートについては、「もう少し控えても」と思う時もある。だが、あえて人を激高させるツイートや発言で耳目を集め、その日のニュースを支配するのもトランプ流の戦略だ。「ショーマンに徹して、政治家に染まらないのがいい。そもそも、発言がおとなしくなればトランプではなくなってしまう」

だが、そんなアバナシーでも、アメリカの至るところで〝親トランプ〟と〝反トランプ〟の分断が深まる現状には危機意識を感じ始めている。彼に言わせると、メディアに大きな責任があるという。とりわけ重いのが「ケーブル・ニュース局の罪」だという。
かつてのテレビはウォルター・クロンカイトに代表される、経験を積んだジャーナリストやキャスターが、起きた事態を丁寧にかみ砕き、バランスと良識を重視してニュースを伝えた。だがCNNをはじめとする24時間ニュース専門局が誕生してメディア状況が変わった。
「なんでもかんでもブレーキングニュースばかり。視聴率競争を制しようと、極端で一方的な見方ばかりをセンセーショナルに伝える。今では反トランプのCNNやMSNBCと、親トランプのFOXがニュースを独占し、中間がない」。前者はトランプ支持者に「差別主義者」「無知」のレッテルを張り、後者はトランプを批判する者を「反愛国的」と決めつける。

だからこそ、新聞、とりわけ読者に密着した地方紙が踏ん張らなければ、と思う。
アバナシーはヒルズボロ郊外の農家に生まれ、27歳の時に前身のヒルズボロ・プレス・ガゼット紙で記者としてのスタートを切った。子供の頃から新聞を隅々まで読むのが好きだった。特にスポーツ欄とオピニオン欄がお気に入りだったという。
複数の新聞社で働いた後、共和党の下院議員のスタッフや、オハイオ州や隣のウェストバージニア州で共和党スタッフを歴任。2011年に発行人兼編集長として古巣のタイムズ・ガゼットに戻るまでの15年間、政治の世界に身を置いた。
午前10時に編集長室に姿を見せ、午後1時から記者たちと、その日に起きたこと、起きそうなことを話し合って、翌日の紙面を決めるのが日課だ。
そして週に一度、社説を書く。

編集会議で5人いる記者たちと翌日の紙面を考える。町の議会、教育委員会の集まり、裁判、学校スポーツの試合……。「この小さな町にも日々、取材すべき話が毎日起きている」。警察や消防が出動すれば、現場にも駆け付ける=沢村亙撮影

ジャーナリズムと政治の両方の世界で経験を積み、胸に刻みつけたことがある。
新聞の記事では〝ファクト〟と中立性を重んじ、政治的な意見は社説やコラムで思い切り主張する。それから、政治は「妥協のアート(芸術)」ということ。
ひら場で口から泡を飛ばしてののしり合うだけが政治ではない。時には水面下で「取引」し、落としどころを探り合う。
その点でトランプには不満もある。ビジネスマンで「ディール(取引)」の荒業を積み重ねてきたトランプであれば、連邦議会や野党の民主党とも、もっとうまくやって政策を前に進めることができるはずだ。だから、就任1年の実績は「B、いやBマイナスかな」と辛めに採点している。
一方で、「ケーブル・ニュースは、そうしたプロセスまで細かくほじくり返すようになってしまった。これではろくな駆け引きもできなくなってしまった」。

トランプ政権の誕生後、アバナシーには新たな仕事が舞い込んできた。
ワシントン・ポスト紙での月2回の定期コラムである。
ポスト紙といえば、リベラルな論調、そして最近はトランプへの舌鋒鋭い批判が際立っている。ちかごろ、トランプがツイッターでやたらアマゾン批判を繰り広げているのも、アマゾンCEOのジェフ・ベゾスがオーナーであるポスト紙への牽制のねらいがあると指摘されるほどだ。
「なんで〝敵〟の新聞に書くのか」と地元の読者からは不満の声を聞く。一方、その親トランプの論調に対し、ポスト紙の読者からは厳しい非難の声が浴びせられる。
何事にも豪快なアバナシーは、さほど気にかける様子はない。
「まず、この町の人々の声を、トランプを支持する自分たちの思いをワシントンに届けること。それが僕の使命」
そして、こう続ける。
「今のアメリカには決定的に対話が欠けている。意見や政治信条は違っても、同じ空気を吸っている同じアメリカ人なんだ。異なる考えでも真摯に耳を傾けるリスペクトを失ってしまえば、本当にこの国はおかしなことになる」
 異論に紙面を提供する。そんな新聞があるだけでも、まだアメリカは捨てたものではないとも思う。



トランプ政権を取材して不思議に思うのは、白人労働者や農家などコア支持層の利益につながる政策を必ずしもとっているわけでもないのに、彼らの熱い支持を受け続けるというパラドックスである。富裕層向けの減税しかり、中国などとの貿易摩擦しかり。女性がらみのスキャンダルはキリスト教保守層との価値観とも相いれないはずだ。それでもトランプが「あなたたちを忘れられた存在にしない」と叫ぶだけで、彼らは大きな歓呼で応える。

トランプ支持の発信を続けるアバナシーも、「自分はトランプを選んだこの町の人々の声を米国中に伝える使命を負っている」という。

「忘れられる恐怖」。それは「“白人中間層”という存在がアメリカ社会でマイノリティー化しつつある恐怖」といえるかもしれない。いいかえれば、そうでない別のだれかが「アメリカ」を体現しつつあるということになる。“トランプ支持”と対極にあるアメリカとは何か。それを探しに、旅を続けてみることにする。

(敬称略)