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「ミスター普通」のFRB新議長、「異端」トランプ氏とどう向き合う

World Now 更新日: 公開日:
ホワイトハウスで次期FRB議長を発表した記者会見での、トランプ大統領とパウエルFRB新議長=2017年11月2日 photo : Reuters

トランプ大統領がつけた「自分の印」

白亜の大理石造りの建物の中は、厳粛な空気が張り詰めていた。階段を上がると、広々とした理事会室がある。約30人が座れる長いテーブルの中央のいすからは、右の壁に米国の巨大な地図。左の壁にワシをあしらった紋章がみえる。

2月4日に65歳の誕生日を迎えるジェローム・パウエルが、前日に任期を終えるイエレンに代わって、FRB(連邦準備制度理事会)の第16代議長としてこのいすの新たな「主」になる。

「彼は幅広い民間での経験と実社会の見方をもたらしてくれる。経済成長に何が必要か理解している」。昨年11月、次期FRB議長発表の記者会見。トランプ大統領はパウエルをそう評した。身ぶり手ぶりで話すトランプと、低い声で淡々と話すパウエル。二人の対照的なスタイルが印象的だった。

FRBの理事であるパウエルは、元々ウォール街での経験が長い。ビジネスマンのトランプは、パウエルの民間での経験を重視したとされる。前任のイエレンやバーナンキが著名な経済学者だったのに対し、経済学の博士号を持たない議長はおよそ40年ぶりだ。

「ミスター・オーディナリー(普通)」。米ウォールストリート・ジャーナル紙はパウエルをそう呼ぶ。現実的で、合意形成を重視するとも評される。理事時代、反対票を投じたことは一度もない。「規制緩和を支持し、金融政策はさほど引き締め派でもない。いいスーツを着て、議長らしい風格もある」。米政府関係者はそう話す。「地味な印象だが、トランプは評価している」

首都ワシントンで生まれ、メリーランド州の高級住宅街に住むパウエル。ゴルフの腕も定評があり、政治の街ワシントンの人脈も幅広い。

「パウエルは、イエレンとバーナンキ元議長が12年間で会ったより多くの議員と食事や野球観戦をしていると思う。FRBが大統領の標的になった時、彼の人脈は役に立つ」。長年FRBを取材した元ウォールストリート・ジャーナル紙記者で、ブルッキングス研究所のデビッド・ウェッセルはそう話す。「一方で、経済の洞察力が必要な大きな決断を迫られた時、前任者ほどの知見はない。その時に試される」

FRB議長は、大統領が代わっても再任されるのが通例だ。だが、史上初の女性議長イエレンは再任されなかった。議長が1期で退任するのは約40年ぶりだ。

「低金利が好きだ」と公言するトランプにとって、金融引き締めに慎重な「ハト派」の代表とされるイエレンの立場は近いはずだった。
トランプの過去の著書には、1973年当時のことを書いたこんなくだりがある。「ここまで状況が悪くなるとは思いもしなかった……。何年も安定していた金利が上がり始めた」。借金で不動産事業を大きくしていく本人が、金利を気にする場面だ。関係者は「トランプはイエレンの再任も考えていた」と話す。

だが、大統領に次ぐ影響力を持つと言われるFRB議長を指名する機会は4年に一度。ムニューシン財務長官ら周辺は、オバマ前大統領が選んだ民主党員のイエレンではなく、共和党員のパウエルを推した。トランプは「自分の印をつける」とパウエルを選んだ。

FRBはいま、議長以外の理事会メンバーも相次いで交代し、「トランプ色」に変わりつつある。国際金融の重鎮、フィッシャー副議長が昨年10月に退任。同月にはトランプが指名した規制緩和派のクオールズが副議長に就任した。オバマ政権下で任命された理事は、パウエルを除くとただ一人。定員7人の理事会で6人が「トランプ人事」となりうる。

パウエルは金融政策で「中立派」とされ、イエレンの緩やかな利上げ路線を引き継ぐとの見方が多い。ただ、他の高官の人選次第では変化が出る可能性もある。元FRB副議長のアラン・ブラインダーは「理事候補の一部には(金融引き締めに積極的な)かなりのタカ派もいる。一方で、地区連銀総裁はかつてより(引き締めに慎重な)ハト派に傾いている。パウエルのFRBは、この二つの要素が影響する」と話す。

大統領の圧力、かわせるか

政治の意向に左右されず金融政策を行うため、FRBには高い独立性が与えられている。だが、正副議長と理事を任命するのは大統領だ。政権が影響力を行使しようとしたことは、過去にもあった。

その典型例が、インフレ退治のため利上げを進めたボルカー議長(当時)への強い政治圧力だ。1980年の大統領選直前に利上げに踏み切ったボルカーを、敗れたカーター大統領は責めた。FRBはこの年、政策金利の誘導目標を史上最高の20%にまで引き上げる。次のレーガン政権が送り込んだインフレ容認派の理事らにより、ボルカーの意見が否決され、3期目の再任の断念に追い込まれた。

金融危機から10年。世界に衝撃を与えたトランプ政権の誕生から1年たったが、経済は堅調だ。緩和からの出口を目指すFRB15年以来の緩やかな利上げを続け、今年3回の利上げを見込む。トランプ政権が実現した減税で景気が過熱し、利上げを加速せざるを得なくなるおそれも出てきた。

大統領就任後も「ドルは強すぎる」とためらいもなく語るトランプ。利上げをすればドルは上がりやすいため、「FRBの利上げに注文をつける可能性は十分ある」(政権関係者)。そのとき、パウエルはトランプの圧力をかわせるのか。

昨年11月の議会公聴会。民主党議員がその点を問いただすと、パウエルはすかさず答えた。

「私は独立したFRBのために全力を尽くしている。政権のどんな人物との会話も、その懸念を抱かせるものはない」

保養地の島で練られたFRB構想

FRB photo : Yuko Lanham

大西洋に面した米南部ジョージア州の保養地ジキル島に、緑に囲まれた古い洋館がある。

1907年に起きた金融危機から間もない1910年、6人の政治家や銀行家がここに集まり、連邦準備制度の構想を話し合った。この会議はその後20年以上秘密にされる。「ウォール街の資本家の集まり」との世論の批判を恐れたためだ。このエピソードは、米国で本格的な中央銀行が作られるまで長い時間がかかった歴史を物語る。

米国では建国以来、インフレから資産を守りたい北東部の資本家が中央銀行を求める一方、西部や南部の農村部では、都市に富を集中させる存在として反発が強かった。

ジキル島の秘密会合の後に中央銀行制度の議論が本格化し、1913年に連邦準備法が成立、FRB設立が決まった。政治的な対立への配慮から、ワシントンの連邦準備制度理事会と全米12の地区連邦準備銀行をつくり、分権化させた。

だが、FRBはその後の世界恐慌を防げず、議会は1935年に銀行法を成立させ、FRBの連邦政府からの独立性を高めた。それまで議長だった財務長官を外すなどし、現行制度に改められた。