売れるのは「ビックリ価格」の商品ばかり
私はアルバイトを2つしている。ひとつは小さな出版社で資料の整理や校正をする仕事。時給は1050円だ。もうひとつは地元、埼玉のドラッグストアでレジ打ち、品出し、掃除など何でもやる仕事。こちらの時給は、昼間は800円台、16時以降は900円台だ。
好景気で労働市場の人手不足が進めば賃金が上がり、買い物をしたい人が増えて物価も上がるはず。そうなれば、日銀がデフレ脱却のために掲げる2%の物価上昇率という目標も、いずれ達成できるはずだ。非正規雇用の賃金は上昇傾向にあるというが、私が働くドラッグストアの時給は少なくともここ8ヶ月は少しも上がらない。
平日の夜は大型店舗を店長とアルバイト2名で回すこともある。アルバイトの募集はしているが、応募自体が少ないのか、人は増えない。埼玉のベッドタウン、電車に乗って東京に出れば、もっと高い時給のアルバイトはたくさんある。
人が足りなければ、出勤している人の仕事を増やす。当然だが、時給はそのままだ。安い賃金でたくさん働く。求められているのは、「安くてよく働く労働力」だ。それでも、辞めようとは思わない。周囲のスーパーやコンビニを見ても、同じような時給が並んでいるからだ。
ドラッグストアでは「ビックリ価格」と銘打って目玉商品を用意している。うどん1玉8円、豆腐1丁15円、納豆3パック36円。目玉商品を赤字覚悟で安く用意して、ついでに他の商品も買ってもらおう、という狙いだ。
しかし、実際にレジを打っていると、買い物かごの中身はビックリ価格の商品だけ、なんてことはザラにある。安くなければ買ってもらえない。そうなると値上げはできない。売るほうも買うほうも、価格にはシビアだ。
景気は拡大しているというが、その恩恵はアルバイト店員まで届いていない。アルバイト先の会社にも届いていないから、賃金を上げる余裕がないのかもしれない。ドラッグストアにくるお客さんたちも同じなのかもしれない。日本全体がデフレから脱却する道を模索していることもわかるが、誰もが自分の生活に手いっぱいだ。
「とにかく安く」の背景には
自分も消費者の立場になれば、やっぱり「安い」ものばかり買ってしまう。
1月4日、新宿のルミネに行った。初売りセールで洋服を買うためだ。セーターとスカート、パンツ。冬物3点で8000円と少しだった。
店内にはここぞとばかりに洋服を物色する女の子でいっぱいだ。みんな、安くてかわいいものを求めてやってくる。服はファストファッションの店で、セールの時に買うことが多い。
買い物の時についつい考えてしまうことは「アルバイトの時給、何時間分だろうか」ということだ。初売りセールで買った洋服たちは「アルバイトの時給9、10時間分」。月に50時間働くとしたら、なかなか大きな出費だ。
大学でも、ハイブランドの服やカバンを身につけている人はほとんど見かけない。ハイブランドの服を着ている人を「え~○○の服とか高いじゃん、すごいなまじか」とからかっている場面に出くわしたこともある。
若者が消費をしなくなったとよく言われるが、洋服にもお金を使わなくなっていることが明らかになっている。総務省の「平成29年版 情報通信白書」は、20代の洋服の消費額について、2005年には月平均5111円だったものが、2016年には月平均4190円にまで下がったと報告している。
先日、友人と「限界コスメ」の話をしていた。これは、いかに「限界」までお金をかけずにそれなりのメイクを完成させられるかという話だ。価格が高いものを買いたいときには、ネット上のフリーマーケット、メルカリをよくチェックしている。
とにかく、安く。なるべく安くて良いものが欲しい。
しかし、よく考えれば、私がアルバイトで不満に思っていた「安くてよく働く労働力」がこれらの商品の裏側にはあるのかもしれない。日本全体が「なるべく安くて良い」という無理難題な要求を押し付け合い、抜け出せなくなっているように思う。
未来への不安、変わらない私の生活
このままでは、これからも私は疑問に思いながらも、安い賃金でたくさん働き、安くて良いものを探して買い物をすると思う。アルバイト代の貯金もしている。
何のために貯金しているのかという明確な目的があるわけではない。ただ、無いと何か困ることが起きるのではないかという漠然とした不安があるだけなのだ。
第一生命経済研究所発行のニュースリリース「20代の『買えるのに買わない』理由を探る」では、20代の学生の安定志向や将来不安の意識が高いと指摘する。約6割が「将来のことを考えると、今、お金を使うこと全般に積極的になれない」という質問にイエスと回答している。
就職活動、結婚や出産。子育てに親の介護。家を買うこともあるかもしれない。若者だからこそ、これから先の人生は長い。日本経済も、自分の人生も先行きも不透明。「買えるのに買わない」というよりも、「買えるけど怖くて買えない」なのかもしれない。
(GLOBEインターン 片山晏友子)